四
巳之助とお若はおみつが逃げたであろう道を追いかけるように駆けた。月も出ていない薄暗い闇夜だ。視界もなくただがさがさと茅がざわめく音がするだけ。呼吸を荒くするやくざの罵声を追うと、不意に悲鳴が聞こえた。
「あっ!」
「お坊さん、しっ!」
藪に身を隠すと、やくざがわらわらと去って行くのが見えた。巳之助とお若はその先に向かう。
川の手前にがっくりと倒れる着物姿の娘が見えた。さっと近付くと、巳之助はその頭を抱えた。
「あっ……あぁ」
おみつはやくざから匕首を刺されたらしい。虫の息だ。元々白い肌は白粉で塗られきらきらと光っている。
「しっかり!」
「あっ、お琴のお姉さんだ……」
「喋るんじゃないよ!お医者さんのとこに連れてってやるから!」
おみつは左右に頭を振ると、がたがた震える手で1個の包みを取り出した。
「じっ、【地獄堂】の【鴉】に……お父っつぁんと、あっ、あたしの……恨みを……」
「おみっちゃん……」
「あたしは、おっ、お父っつぁんのとこに、行けなくても……いいから…………」
おみつはがくりと手を下に落とす。巳之助は合掌し経を唱えた。
「大丈夫。君はお金を、持ってきただけ。拙僧が、依頼をするから……だからおみっちゃんは……」
お若は涙をのみ、すっくと立ち上がった。
「決まりだ」
†
地獄堂の裏手にある小屋は【鴉】の集まる場所。普段は鬱蒼と茂った藪の中に紛れ不気味な雰囲気を醸し出している。勿論、誰も近寄ることはない。小屋の脇に置いた木箱に腰掛けるのは元締めである和尚。和尚の両脇に置いた燭台には日本の蝋燭が立てられ、その灯りはゆらゆらと【鴉】の面々を照らす。
「ハッ、なんだ坊主が。娘の代わりに依頼ってか。お前ェらしいっていやぁ、お前らしいが……」
「まぁいいじゃないか宿良。今回の的は五郎兵衛一味の連中だ。請ける奴は取り分を取ってってくんないか?」
和尚は言った。真っ先に金を掠め取ったのはお若である。
「是非もないね」
「ふぅ、奴等にゃ、ほとほと呆れてたとこだ」
陣内も金を手にした。すぐに掠め取るように受け取る宿良とお翠。巳之助は少しの金を拾うように手にした。
「あら巳之助さんったら、そんなんでいいのかい?」
「えぇ、構いません」
巳之助は錫杖を手にするとすっくと立ち上がる。目をあわせると先陣を切るように出て行ったお翠の後を追うようにして出て行く。
「さぁて、わしもずらかるとするか」
和尚は蝋燭の火を吹き消す。辺りは真っ暗な闇に包まれた。
†
花街で酒を食らうと、千鳥足のままふらふらと賭場に向かう五郎兵衛は、手下の肩を掴み、怒鳴りながら吐き散らす。
「オイ!あのアマ、仕留めたんだろうな!?」
「へい、勿論です」
「がははは!この俺様に歯向かうとどうなるか……」
「別に歯向かった訳じゃ……」
「あぁ!?」
「いっ、いえ!」
最前列を歩いていた手下が言った。
「あ?行き止まりらしいですぜ」
「んだとぉ?」
「川沿いしかねぇですね。遠回りですが……」
五郎兵衛一味は行き止まりから川沿いの道を歩く。最後尾を歩くやくざは酔っているせいかふらふらと歩いている。
川の渡し船に乗り、宿良は黒い反物を水に浸し、しごくように絞った。渡し船から川辺に上がると、宿良は左手に巻き付けるようにして最後尾のやくざに近付いた。
「ちょっと、旦那」
「んぁ?」
振り向いたやくざの顔に向けて、宿良が反物を鞭のように打ち付けた。破裂音とともにやくざの顔があらぬ方向に曲がる。
「ちっと、頭冷やしてみればどうですかね?」
やくざが川に落ちると、宿良は隠れるように渡し船にまた戻った。前を歩く五郎兵衛はそれに気付いていない。
「ちょっと、旦那さん」
「あ?なんだ?」
小さな声で陣内は取り巻きのやくざに声をかけた。
「あ?医者の先生かい」
「おいらもそこでちょいと吞んでましてね」
「あ?」
「ほら」
陣内は取り巻きのやくざを路地裏に引っ張り込んだ。口を押さえたまま、陣内は壁にやくざを押さえつける。
「なっ……!」
「酒、抜くにはこれがいいらしいんですよ」
陣内は頭を掴んだまま、一気に押しつけた。やくざの首の骨がぼきりと折れる。その場に正座させると、陣内は合掌する。
「さぁて、あとは任せたぜ」
五郎兵衛が賭場にふらふら歩いて行く。五郎兵衛の脇を押さえていたやくざが賭場の入り口で首を鳴らしながら振り向く。
「あいつら、どうしたんだ?」
二人程手下がいない。怪訝に思いながらも、大欠伸をする。
すぐ後ろにはお翠が口に簪を銜えて立っている。お翠はやくざの肩をトントンと叩くと、簪を構える。
「あ?」
「簪、いかがかい?」
お翠は簪をやくざの盆の窪に突き刺した。お翠はトンボ玉の簪は真っ黒に仕上げている。
「地獄に、持っていきな」
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