一方、顔傷の男は仕事を終え、芸者遊びに興じていた。賭場に向かった五郎兵衛と取り巻きを二階で眺めながら、1人で座敷で酒を傾ける。


「失礼します」


 座敷の襖がゆっくりと開き、向こうから琴を持ったお若が入ってきた。


「何だぁ手前ェは」

「やだわぁ、お琴でもどうかしらと思って」

「あぁ、呼んだかなぁ。まぁいいや、近う寄れ」

「はい、失礼します」


 そそと近付く。呟くように顔傷の男に言った。


「さっき、とっても良い話を聞いたのよ。さ、そんなところじゃ聞こえないじゃない。ほら」

「?」


 顔傷の男は顔を近付けた。


「おみっちゃんの仇よ」

「あぁ?」


 お若は顔傷の男の首筋に琴を爪弾く爪で傷をつける。


「なっ!」

「地獄で待ってるんだね」


 お若は顔傷の男の動脈を掻き切った。座敷に座らせると、軽く顔傷の男を蹴飛ばす。


 一方、五郎兵衛は賭場の入り口で立ったまま小便をしていた。千鳥足でふらつきながら、しゃっくりをする。


しゃん


 錫杖の音がした。振り向くと、そこには一人の坊主が立っていた。


「何だこの坊主」

「おや、やくざの親分さんで」

「だったらどうだってんだ?」

「いえいえ、拙僧はただの通りすがりの托鉢僧であります」

「手前ぇ、どけよ」

「左様で御座いますか」


 五郎兵衛は巳之助の脇を擦り抜けるようにして賭場の入り口に向かう。


「あぁ、旦那」

「なんだ?」

「夜道には、お気をつけ下さいませ」

「あ?」

「どちらに向かわれるかは、御自分でわかってらっしゃるでしょう」


 巳之助は錫杖の頭を握ると、錫杖に仕込んだ刀を抜いて下から上に五郎兵衛を斬りつけた。


「はひっ……」

「地獄への道は、暗いからね」


 五郎兵衛はばたりと倒れた。刀についた血糊を一振りして血切りをすると、巳之助は合掌した。


「南無三……」



 翌朝、北町の瓦版は五郎兵衛一味殲滅の話題で持ちきりだった。誰一人、哀しむ者は居なかったという。


「おみっちゃん……」


 南町の川沿いに親子の墓を立てると、お若は合掌して呟いた。


「あの世でおとっつぁんに会えるといいね」

「えぇ」


 巳之助は墓に跪き、経をあげる。優しくも厳かな声が夕焼けの川沿いに響く。


「さぁて、ヤブ医者でも誘って吞むかな」

「誰がヤブだと誰が?」

「あら、自分だと思ったのかい?佐凪の旦那ったら」

 

 巳之助はくすりと笑った。夕焼けの南町をあとにすると、和尚の顔を思い浮かべた。


「和尚様、拙僧は後悔などしておりませんから」

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