伍
「ふふふ……あはははっ」
旅籠屋の最上階で、ちびちびと酒を傾ける伊作。全ては順調だ。あとはあのおせいの土左衛門と会った時の演技さえすれば良い。女なら、掃いて棄てるほどいる。
「失礼します」
「はい……っ?」
「あら、伊作さんじゃないかい?」
そこにいたのはお翠だった。お翠の姿を認めると、伊作は柔らかい笑顔を浮かべた。
「簪屋さん……」
「お酒かい?あたしにも、ちょいとくんないかい?」
「あ、あぁ……どうぞ」
お翠は窓際の桟に腰を掛けて言った。
「そうだ、あんたに渡したいもんがあんだよ」
「と、言いますと?」
「これさ」
お翠は伊作の肩に手を置いて、目の前にトンボ玉の簪を差し出した。
「これを、あんたに返したくてね」
「何を……言って……!」
伊作は立てない。肩を押さえられて立てないのだ。
「手前ェ?」
「あの世できっちり、みそいできな」
お翠は伊作の延髄に簪を突き刺した。声も出せないまま、伊作はかっと目を見開いて絶命した。
「……南無三」
†
「うわぁ!あの伊作さんが?」
「旅籠屋の最上階で亡くなってたってよ」
「米屋の手代が皆吐きやがったぜ」
「でも、誰がやったんだろうな……」
街は押し込みの下手人が悉く死んだ話題で持ちきりだった。巳之助はいつものように街道で托鉢をしている。
隣に立っていたのはお翠だ。真っ青な顔をしている。
「……巳之助」
「……」
「人は、皆信用しちゃいけないのかね」
「……拙僧には……でも……」
「?」
「信じることは、決して悪ではない」
「……巳之助」
「あ~、楽しかったわぁ、また来たいわ江戸!」
「せやな。おや、見てみ。あそこに坊さんがおるで」
旅芸人の雪乃丞が言った。
「こないだ、芝居観てくれてた人や」
「何故……それを」
「この稼業長いねん。わいら。どないな格好してようが客の顔は見てる」
雪乃丞はにやりと濃い顔を歪めて言った。
「また、来るで」
旅芸人は街道を去って行った。巳之助はそれをいつまでも眺めていた。
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