鴉が来たりて悪を斬る
壱
「号外!号外!」
音路町北町のかわら版が出されたのは、その翌日の事。悪名高い金貸しの松蔵がお堀に入水したという。
料理屋の【おとみち屋】のかけ蕎麦を平らげた後、琴弾きのお若は大根煮を頼み冷や酒を傾ける。
「かぁ、美味いね旦那!」
「相変わらず食いっぷりがいいね姐さん」
「でしょ?ったく食わないとやってらんないっての!」
「がはは、どこのうわばみかと思えば、お若じゃねぇか?昼間っから酒食らって、随分なもんだねぇ」
町医者の
「アンタも大して変わりゃしないじゃないの?ヤブ医者」
「黙ってりゃいい女なのによぉ」
「余計なお世話だね」
主人が陣内の燗酒とあなごの白焼きを持ってきた。膳に置かれるや、陣内は串を手にして美味そうに白焼きを頬張る。
「あんたの仕事だろ?」
「何の話だ?」
「とぼけんじゃないよ。和尚に訊いてもかまいやしないんだよ?」
「だから何の……」
「傷もない。あんな業突く張りの己と金を何より愛する守銭奴の松蔵が入水なんて、信じられるかい」
「へっ、何だお若。分け前が欲しいのか?」
「莫迦言うんじゃないよ」
けらけらと二人は笑い合った。
†
音路町の北町と南町の境目には、海に注ぐ河がある。河川敷に近いところにある寺。【海臨寺】。托鉢から帰ってきた
「和尚様、只今戻りまして御座います」
「おぉ、巳之助。御苦労だったな」
柔和な笑顔を浮かべ、くしゃっと顔をさせると、和尚は巳之助に体を向けた。巳之助は傘を取り、合掌した。
「どうじゃったか?市井は……」
「今のところ、変わりなく……」
「そうかそうか、座りなさい」
巳之助は正座をする。真っ直ぐ見詰める和尚の顔は相も変わらず柔和な表情だ。
「すまぬな、巳之助」
「はて、何を?」
「お主をこの道に引きずり込んだ事じゃよ」
巳之助は元々音路町の北町で手広く商いを行っていた【瑠璃屋】の息子であったが、押し込み強盗に両親を斬殺された。巳之助を救い出したのはまだ若い海臨寺の僧であった。
押し込み強盗の下手人はもう既に目星は付いていたが、奉行所は一向に動こうとはしなかった為、【地獄堂】に依頼があり、押し込み強盗一味を【鴉】と呼ばれる始末屋が始末した。
――その【鴉】の一員がこの僧であり、元締めが和尚であった。若き僧はその後流行り病で他界し、その後釜に入ったのが巳之助であった。
「これは、拙僧が望んだ事であります。堕ちる先がたとえ地獄道であろうと、拙僧と同じ思いをする者が増える事のほうが、耐えられないことであります」
「……そうか」
「和尚様、ところで……」
「うむ」
和尚は口を開いた。
「ちと、調べて欲しい事があるのじゃが」
「と、申しますと?」
「話はつけてある。これから
「……御意。しかし何故に?」
「行けばわかる」
――宿良。北町で反物屋を営む若頭である。歳のころは一つ二つ巳之助よりも上である。
「なんだよ、これから来るっつったのに、いつまで経っても来やしねぇじゃねぇかよ坊主」
「……宿良さん」
「せっかちじゃのう」
「夕刻になっても来ないってこたぁよ、こっちから行かなきゃ来ないってこった」
切れ長の目に、色白の肌をした反物屋の若頭、宿良は一見爽やかな役者のように端整な顔立ちをしており、普段は寡黙なのだが口を開けば口が悪い。
「あのヤブ医者、昼間っからお若と酒かっ食らってやがったぜ。へっ、こないだの仕事の報酬がよかったからじゃねぇか?大層なこったぜ」
「はぁ……」
「おっと、和尚さんよ。頼まれたもんだぜ」
宿良が取り出したのは、一枚の書状であった。
「父上の仇を取ってくれとよ。それしか書いてねぇんだ」
「これが、地獄道に?」
「おうよ。多分こりゃ女だぜ」
「どうして、判るんで?」
「んなもんは文字見てりゃ判るっつうもんさ」
ぽんと膝を叩くと、宿良は立ち上がった。
「昨日今日くらいの話なら、佐凪のとこに仏さんが渡ってるかもしんねぇぞ」
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