四
「舐めた事してくれやがるなぁオイ」
宿良は若者を組み敷いた。帯で若者の両手を縛ると、鼻すれすれの距離で話す
「何企んでやがんだ?オイ」
「くっ…俺はただ……頼まれただけなんだよ」
「誰にだよ」
「ちっ…話すか阿呆が」
宿良は若者の胸倉を肘で押し込む。息が苦しいと喘ぐ若者。
「お前さんの絵はよくわかったさ。問題は誰に頼まれたのかって話だよ」
「…くっ……鍋島屋の、番頭だよ」
「あン?」
「あいつぁ、鍋島屋に入ったが、実は元やくざだ。みかじめを払いやがらねぇから、鍋島屋の品位を下げようとしてやがんだよ」
「まぁ、目つきが悪い野郎だなとは思ったがよ」
「おい、手前ェ」
薮から出てきた陣内が訊いた。
「するってぇとよ。あの鍋島屋の丁稚奉公のガキを手打ちにしやがったのは、まさかあの番頭か?」
「あぁそうだよ」
「呆れた。何が用心棒だ」
「俺は奴から金を貰って、ただでっちあげの記事を書いてただけだよ」
「ってぇと、あの餓鬼共は…」
「ちっと小遣いをはずみゃ、ちょろいもん……」
陣内は若者の眉間に拳を叩き込む。
「……しょっべぇ奴だな」
「おい、陣内先生よ」
「…?」
「俺ァちょっと、厭な予感がしやがんだ」
†
その日の夕刻、薮の中にひっそりと佇む地獄堂。ひぐらしがカナカナと啼いている中、足をふらふらとふらつかせながら一人の子供が歩いて来た。
何も口にしていないのか、まるで鶏ガラのように痩せている。手には小さな袋を持っている。その様子を御堂の中から密かに見ていたのは……
「利助…」
その痩せた身体には幾つかのアザができている。その様子を見ながら声を低くして陣内が言った。
「おっと、振り返るんじゃァねぇぞ」
「……」
「お前ェさん、わかってんだろうな?【鴉】に仕事を頼むってこたァ、お前ェも地獄に堕ちるんだ。それでも良いのか?」
「…わかって…ます……」
利助のまなざしは斜め下を向いている。満身創痍のようだ。陣内は駆け寄りたい気持ちを抑えて低い声で訊いた。
「誰を、殺るんだ?」
「…な、鍋島屋の番頭……千太郎…」
だろうな。と小さく呟く陣内。その隣にそっと寄り添い様子を見ているのは簪屋のお翠だ。
「鍋島屋の旦那は…何も知らねぇんです…あいつは、ヤクザで、鍋島屋の評判を落とす為に…丁稚を……」
陣内はお翠に耳打ちをする。
(丁稚に小遣いを弾んで、評判を落とすような真似をさせた。逆らったら、手打ちだ)
(…なぁるほどね)
(こいつも可哀想にな、あの番頭にやられたんだろ)
「お願いです……佐吉の、仇を…」
陣内が身体を前に乗り出すのを、お翠が制する。
「もう、だめだよ」
「……」
陣内が近寄り、かっと目を開いて事切れている利助の目を瞑らせた。手に握った小袋を広い上げると、中にある金を確かめる。
「…」
「…医者の、先生…」
「今日よぉ、首のねぇ餓鬼の死体があがったんだよ」
「…」
「ありゃ、佐吉だったんだな。なぁ反物屋」
地獄堂の閻魔大王の足下からひょっこりと宿良が姿を現した。
「だろうな、と思ったぜ」
「因果なもんだぜ、簪屋よ」
「…」
「こんな状況だってのによ、しっかりと銭を握りしめてよ。この餓鬼が必死こいて集めた銭を…」
「莫迦が、俺たちゃ人でなしだろうが」
宿良は言った。
「人でなしを地獄に送れるのは、人でなしでしかねぇんだ。行くぞ」
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