「舐めた事してくれやがるなぁオイ」


 宿良は若者を組み敷いた。帯で若者の両手を縛ると、鼻すれすれの距離で話す


「何企んでやがんだ?オイ」

「くっ…俺はただ……頼まれただけなんだよ」

「誰にだよ」

「ちっ…話すか阿呆が」


 宿良は若者の胸倉を肘で押し込む。息が苦しいと喘ぐ若者。


「お前さんの絵はよくわかったさ。問題は誰に頼まれたのかって話だよ」

「…くっ……鍋島屋の、番頭だよ」

「あン?」

「あいつぁ、鍋島屋に入ったが、実は元やくざだ。みかじめを払いやがらねぇから、鍋島屋の品位を下げようとしてやがんだよ」

「まぁ、目つきが悪い野郎だなとは思ったがよ」

「おい、手前ェ」


 薮から出てきた陣内が訊いた。


「するってぇとよ。あの鍋島屋の丁稚奉公のガキを手打ちにしやがったのは、まさかあの番頭か?」

「あぁそうだよ」

「呆れた。何が用心棒だ」

「俺は奴から金を貰って、ただでっちあげの記事を書いてただけだよ」

「ってぇと、あの餓鬼共は…」

「ちっと小遣いをはずみゃ、ちょろいもん……」


 陣内は若者の眉間に拳を叩き込む。


「……しょっべぇ奴だな」

「おい、陣内先生よ」

「…?」

「俺ァちょっと、厭な予感がしやがんだ」



 その日の夕刻、薮の中にひっそりと佇む地獄堂。ひぐらしがカナカナと啼いている中、足をふらふらとふらつかせながら一人の子供が歩いて来た。

 何も口にしていないのか、まるで鶏ガラのように痩せている。手には小さな袋を持っている。その様子を御堂の中から密かに見ていたのは……


「利助…」


 その痩せた身体には幾つかのアザができている。その様子を見ながら声を低くして陣内が言った。


「おっと、振り返るんじゃァねぇぞ」

「……」

「お前ェさん、わかってんだろうな?【鴉】に仕事を頼むってこたァ、お前ェも地獄に堕ちるんだ。それでも良いのか?」

「…わかって…ます……」


 利助のまなざしは斜め下を向いている。満身創痍のようだ。陣内は駆け寄りたい気持ちを抑えて低い声で訊いた。


「誰を、殺るんだ?」

「…な、鍋島屋の番頭……千太郎…」


 だろうな。と小さく呟く陣内。その隣にそっと寄り添い様子を見ているのは簪屋のお翠だ。


「鍋島屋の旦那は…何も知らねぇんです…あいつは、ヤクザで、鍋島屋の評判を落とす為に…丁稚を……」


 陣内はお翠に耳打ちをする。


(丁稚に小遣いを弾んで、評判を落とすような真似をさせた。逆らったら、手打ちだ)

(…なぁるほどね)

(こいつも可哀想にな、あの番頭にやられたんだろ)


「お願いです……佐吉の、仇を…」


 陣内が身体を前に乗り出すのを、お翠が制する。


「もう、だめだよ」

「……」


 陣内が近寄り、かっと目を開いて事切れている利助の目を瞑らせた。手に握った小袋を広い上げると、中にある金を確かめる。


「…」

「…医者の、先生…」

「今日よぉ、首のねぇ餓鬼の死体があがったんだよ」

「…」

「ありゃ、佐吉だったんだな。なぁ反物屋」


 地獄堂の閻魔大王の足下からひょっこりと宿良が姿を現した。


「だろうな、と思ったぜ」

「因果なもんだぜ、簪屋よ」

「…」

「こんな状況だってのによ、しっかりと銭を握りしめてよ。この餓鬼が必死こいて集めた銭を…」

「莫迦が、俺たちゃ人でなしだろうが」


 宿良は言った。


「人でなしを地獄に送れるのは、人でなしでしかねぇんだ。行くぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る