参
「御免下さいまし」
お翠の店に珍しく男の客がやって来た。細身で人当たりのよさそうなニコニコした顔をしている旅籠屋の番頭の倅の伊作だった。
「あら、おせいちゃんの」
「あはは、あの時はどうも」
「何か捜しに来たのかい?」
「えぇ、おせいちゃんはこのお店の簪がえらく気に入ってますから」
伊作は簪の中から紅葉の画が描いてあるトンボ玉の簪を手にした。
「これ、ください」
「あら、おせいちゃんに贈り物でもすんのかい?優しいねぇ」
伊作は恥ずかしそうに頬を掻くと、顔を赤らめた。
「またいらしてね?今度は二人で」
「えぇ、是非。あ、あのお坊さんにもよろしく」
伊作は深々と頭を下げて店をあとにした。そのすぐ後にそっと入ってきたのは、反物屋の宿良であった。
「邪魔するぜ」
「あら、あんたもいい娘ができたのかい?」
「何の話だ?」
「あら、違うのかい?てっきり惚れたおなごでもいるのかと」
「お前ぇじゃあるめぇしよ。今回はちと、あっち絡みの話さ」
「ほぅ」
宿良は真顔で口を開いた。
「また昨晩もだよ。押し込み」
「何だって?」
「今度は家具屋だとよ」
同じく一家皆殺しだという。
「一体どうしたんだろうねぇ?」
「噂によりゃあよ。あそこの手代がたちの悪い金貸しに金を借りちまったんだと」
「え?」
「そんだけじゃねぇ、こないだの押し込みにあった薬屋も、旦那が博打に溺れちまったらしいんだよ」
「するってぇとあれかい?内通者ってのは」
「これまで言えば、もう分かるだろうよ?」
宿良とお翠は顔を見合わせた。
「借金のカタに世話になってる主人を売るたぁ、とんでもない奴だけど……」
「問題は、その押し込みの手引きをした奴だよな」
†
瑠璃谷巳之助は賭場のあたりに立ち、托鉢をすることにした。錫杖を手に、足下には古い茶碗を置いている。
托鉢をしている間も、がらの良くない連中がこちらをジロジロと見ている。巳之助は大して気にせずに錫杖をたまに鳴らす。
「?」
賭場にあまり馴染んでいないような男がやって来た。彼は場違いな小綺麗な格好をしている。そして困ったような顔の男に何かを囁くように話している。
「あれは……」
二言三言話をすると、男は困ったような顔の男の肩を叩いてその場をあとにした。巳之助はその後をそれとなく尾けることにした。
「伊作さん」
「ただいま、おせいちゃん」
おせいは旅籠屋からひょっこりと姿を現した。伊作は何かを手にしているようだ。
「あらっ、これは……」
「おせいちゃんが欲しがってた、簪だよ」
「でも、結構高いんじゃ?」
「気にしないでいいんだよ」
伊作はおせいの髪に簪を差した。二言三言言葉を交わすと、伊作はその場から去って行く。
――巳之助はその後をそっと付いていくことにした。
それから伊作はぼろい神社のほうに歩いて行った。其処には数人のがらの悪い男……
――巳之助は耳をそばだてる。
「もう一押しってとこだぜ」
「さすがだな。優男」
「伊達に金貸しの手伝いなんざやってねぇよ」
「おっと、伊作よ。どうしたんだい?」
「ちっと、おせいが鬱陶しくなっちまってな」
「はぁ?何だお前さん、まさかまた……」
「なんだ、話が早ぇな。またやってくれたら、川にでも放り込んでやろうぜ」
巳之助は眉間に皺を寄せて言った。
「何て奴だ」
「ちょいと、巳之助……」
「……」
「おっかねぇ面じゃねぇかい。どうした?」
巳之助は顎をしゃくる。お若は同じく目を真ん丸にした。
「旅籠屋の伊作かい」
「えぇ」
「あいつ、ちょっと前に恋仲の娘を亡くしちまってんだよ」
「やっぱり」
「……え?」
「おせいさんが危ない」
「どういう事だい?」
「その娘、伊作に殺されています」
お若は目をまた円くする。
「世間様には誠実で優しい優男でございって面をしていながら、裏では金貸しの手伝いをしていますよ」
「なるほどね、裏の顔は真っ黒って訳かい」
「拙僧は早速、おせいさんを見張ります」
「あぁ」
†
「まさか!伊作さんに限ってそんな……」
お翠は驚きを隠せない。先刻お翠に簪を買っていった伊作に限って……
「おせいちゃんには、何て伝えるつもりなんだい?お若姐さん」
「そりゃ、そのまんまを伝えるしかないじゃないかい」
「おせいさんは伊作さんに完全にまいっちまってる。信じちゃくんないよ」
「何で分かるんだい?」
「心底惚れた男を最後まで信じる、莫迦なもんさ。あたいも、あの娘もね」
「そうかい……」
お若はおせいを見張っている巳之助を思った。
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