がっしりとした顎を撫でながら、和尚は御堂の前で険しい顔をしている。鬼気迫るようなその雰囲気を感じながらも、瑠璃谷巳之助は足音をそっと立てないように近づく。木の盆の上には一膳の玄米飯と坦庵、そして巳之助の拵えたけんちん汁が載せられている。


「和尚様、出来まして御座います」

「巳之助や、すまなんだな。ほら、座れ」

「左様でありますか。それでは…」


 巳之助は背筋を伸ばしたまま、和尚の前に正座した。


「これを、見てみなさい」

「はい」


 巳之助は和尚から手渡された号外の瓦版に目を落とす。


「ここ最近、かのような話を市井でよく聞きます。胡乱な輩は後を断ちません」

「左様。しかもいずれも、年端もゆかぬ子供だというから始末が悪い」

「子供でありますからな。それに事実、誰も怪我をしてはおりませぬ。迷惑なだけで」

「しかしのぉ、今回の一件では手打ちがあったそうなのじゃ」

「ほぉ…」


 和尚は話しながらも器用に箸を動かし、玄米飯とけんちんを美味そうに食べる。


「子供相手に…一体誰が…」

「油問屋、鍋島屋の用心棒だそうじゃよ」

「しかし、この一件、事件があったのは薬屋でありましょう?何故に、油問屋の用心棒が…」

「そこじゃよ。それに、もう一つ気になるのじゃが…」

「この瓦版を書いた者でしょう?」

「鋭いな、巳之助」


 何れも瓦版を書いたのは、絵師、猫柳となっている。


「瓦版には、普通名前を記さない筈…」

「そうじゃろう。この瓦版の絵を描いたのが、この猫柳たる絵師じゃろうが…」

「裏が、ありそうですな」

「左様。それでは参ります」

「話が早いのぅ、では行って参れ」



 翌日、音路町の大通りに号外!号外だぁの声が響いた。白昼の通りに人集りができている。托鉢の椀を足下に置いたまま、ちりんと法鈴を鳴らし、巳之助はそちらをちらと見る。


「今回は料理屋、おとみち屋の鰻が盗まれた!下手人はまたまた丁稚奉公の子供というから驚きだ!後を断たない悪戯に終わりはあるのか?今宵もすっぱ抜いたのは凄腕絵師の猫柳!」

(…猫柳?)

「気になる?坊さん」


 隣にはいつの間にか琴弾きのお若が立っていた。軽く白粉の香りがする。ほどなく仕事なのだろう。


「何か、裏がありそうで」

「謎の絵師、猫柳。そして…また丁稚奉公。ねぇ坊さん。ここ最近すっぱ抜かれた丁稚奉公。いずれも何処の丁稚奉公か、わかるかい?」

「え?それは?」

「油問屋の鍋島屋さ」

「今回も?」

「そ、妙じゃないかい?」

「……えぇ」


 お若と巳之助は、橋桁から向かいにある鍋島屋の看板に目を向けた。


「そっち、調べとこうかねぇ」

「えっ?お若さんが?」

「駄目かい?」

「いやっ、そういう訳では…」

「なぁに、あたしを誰だと思ってんだい?この辺の商家にゃ、ちょっとだけ顔が効くのさ」


 お若はしなを作り、下から巳之助を見上げる。巳之助は忽ち顔を赤らめた。


「可愛い坊さんだこと」

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