第12話 闘技場にて
聖女とは、この世界に召喚された英雄たる存在のことだ。
聖女は必ず女神の加護を得る。それがワタルの編み出した聖女召喚の要だ。
聖女とは、聖なる力を振るう女性のことではない。
勇者を越える戦うための存在。女神の加護で武装する、この世界の最強者なのだ。
そんな聖女が2人、辺境都市ヴェンターの広場で向き合っていた。
元は、都市での催し物に使う大きな広場の中央に、即席の闘技場が備え付けられている。
突貫で工事を采配したのは、もちろん都市ヴェンターの領主ヴェルキンス。
いつの間にやら、出店も出ており、広場の周囲はここ数日で最高の盛り上がりを迎えていた。
「……あの、ヴェルキンス殿。これはいったいどういうことで?」
「おお、ワタル殿! 聞けば、この都市を救って下さった『鉄拳の聖女』リューコ様と、新たに召喚された『霧刃の聖女』シズク様が手合わせなさるとか。ならば、その戦いに相応しい舞台を用意するのが領主の務めではないですか!」
たった1日で闘技場が作られ、イベントとしてスケジュールまで決まっていたことに驚きを隠せないワタル。
そんなワタルに、ヴェルキンスは朗らかに言葉を重ねていく。
「……大丈夫です、戦いは盛り上げようとは思っておりますが、さすがに賭けの対象にはさせませんよ! まぁ、模擬戦闘とのことですから、勝負が付くのかどうかも分かりませんしね」
「では、どうしてわざわざ、こんな大がかりな催しを?」
「聖女様たちが
「……なるほど、聖女達の力を一般の人に見せる場を設けようということですね」
「理解が早くて助かります、勇者ワタル殿。そうです、この場はある意味では希望を知らせるための舞台なのです!」
高らかにヴェルキンスは言ってのけた。確かにその思いは真実だろう。
だが、ワタルは広場を埋め尽くす派手な飾りや、出店の数々を見て。
「……で、ヴェルキンス殿。この興業を盛り上げることで、少しでも軽くなった財布を補填しようということですね? 多くの出店が出ていますし、物流も増しているのは気のせいではありませんよね?」
「り、理解が早くて助かります、ワタル殿。この都市は辺境の物流の要、話題になることを喧伝し、人の流れを活性化しないことには、昔のような活気が戻ってこないのです」
「都市の守備兵は日々、エルさんの訓練によって銃を装備した兵士へと転換されていますね。首尾はどうですか?」
「首尾は上々ですよ。この調子で兵士が増えれば、物流網の再活性化も可能となるでしょう。現在、問題となっているのは聖女エル殿に頼りっきりな弾薬の供給ですね。調査させて貰いましたが、流石にすぐさま生産することは不可能ですので、量産までは数年かかるかと」
「でも、銃を装備した兵士と、これまでの守備兵や騎士を混合した編成を制作中という話でしたね」
「ええ、そうなんです! エル殿の提案で、少ない銃器で効率良く
「そうなれば、各地の拠点を結び直すこともできますね。そして、その際この辺境の都市ヴェンターで聖女達が戦った舞台があるという形でこの闘技場は、觀光資産とするつもりではありませんか?」
ワタルは、しっかりと作られた闘技場を指さして、そう問いかけた。
ヴェルキンスは降参だとばかりに手を上げて、
「そこまでお見通しですか。はい、それを狙っております。聖女達が反撃を開始した都市、そして彼女たちの伝説が残る場所、そうやってもう一度このヴェンターを盛り上げようと思っております」
「では、ヴェルキンス殿は我々の戦いが勝利に向かうと信じているのですか?」
都市への投資と明るい未来を描くヴェルキンスは、裏を返せば王女と勇者、そして聖女達一行の勝利を信じているからこそできることだ。まだたったひとつ、勝利を掴んだだけなのに、どうしてそこまで信じられるのだろう、とワタルはヴェルキンスに問いかける。すると彼は闘技場を指し示して
「私は少々先を読むのが得意な質なので、貴方たちの勝利を信じるというよりはそちらに駆けているだけです。ですが、聖女の模擬戦が行われれば、私を含め多くの人が、聖女達の勝利を信じるようになるかもしれませんね」
そうとまで言われたワタルは、それならば喜んで聖女同士の模擬戦に力を貸す、とヴェルキンスに約束するのだった。
――――――
そして、リューコがシズクに戦おうともう仕込んでからたった2日で、全ての準備が整った。
闘技場は、ワタルの魔法を駆使した結果、当初の計画を越えて巨大な施設として完成した。
賭博は禁止だが、都市中の人間が観戦にあつまり、多くの出店に芸人や吟遊詩人などが集う一大イベントと相成った。
その闘技場の中央に、2人の少女が進み出てきた。
リューコは、愛用の騎士籠手を手甲として装備し、動きやすそうな軽装だ。
一方のシズクは、こちらの世界でそれまで着ていた道着を作り直してもらい、いつもと変わらぬ道着に袴姿での登場。
2人が闘技場中央に進み出ると、やにわに声が響き渡る。
『さあ、いよいよその時がやってきました! 聖女同士の練習試合! とはいっても実戦さながらの試合が見られることは受け会い。今日、あなたたち観客は、聖女の真の力を見て、聖女伝説の証人となるのです!』
高らかに声を上げているのは、なんと領主のヴェルキンス。
アナウンサーもかくやという盛り上げに、都市の観客は大いに歓声を上げた。
ちなみに、ヴェルキンスの声を魔法で拡大しているは、彼の隣に座っている勇者ワタルである。
『ちなみに、実況はわたし。ヴェンター領主ヴェルキンスが! そして、解説には王女ワンダ様と、勇者ワタル殿をお呼びしております!』
『今日はよろしくお願いしますね。いつも仲良くしている聖女様たちですが、リューコさんとシズクさんの戦いを見るのは私も初めてなので、とても興奮しています!』
意外と乗りの良い王女の声に、闘技場内はさらに盛り上がる。
『――では、さっそく選手紹介といきましょう! まずはご存じ『鉄拳の聖女』リューコ!!!』
名前を呼ばれると、プロとして大会に出場していたリューコは意気揚々と進み出て、左右の拳をガツンと打ち合わせる。
響く轟音に場内が圧倒されたところで、高らかに拳を突き上げれば、観客達は大騒ぎだ。
『そして、謎多き新たな聖女は――『霧刃の聖女』シズク!!』
ゆるゆると中央に進み出るシズクは、腰の愛刀をすらりと引き抜くとゆっくりと刀身で円を描く。
すると、ふわりと霧がわき出て、闘技場の床をうっすらと覆った。霧を踏み分けながら悠然とすすむシズクは、リューコの視線を真っ正面から受け止める。
『おおっと、一触即発! では、これ以上お待たせするのも勿体ない! 早速、試合開始!!』
カァンと、どこから持ってきたのかゴング的な音が響く。
瞬間、リューコもシズクも真っ直ぐ相手に向かって距離を詰めた。
シズクが手にしているのは真剣だ。最初は、刃先を潰した訓練剣や木刀などを使うことも提案された。だが、当のリューコがそれを否定した。
「元から、刀とか刃物が相手でも戦ってきたし、加護のある今ならたとえ真剣でも大丈夫だよ!」
そんな言葉を信じて、シズクは容赦なく刀を振るう。
まずは小手調べの一撃、あっさりリューコは刃を回避する。
ならばと速度を増して強烈な一撃。リューコはこれを籠手でいなして凌ぐ。
回転して虚をついた切り上げは、見切って流す。神速の突きは籠手で弾く。
段々と、2人の攻撃は加速して、恐るべき速度へと達していった。
突きの一撃を弾くと同時に、カウンターで直突き。足捌きで回避するシズク。
避けた先にはリューコの蹴り。かがんでくぐり抜けるシズク。
地面を転がりながら脚を切り払うシズク。リューコは刃を飛び越えて回避。
一瞬たりとも動きを止めない2人は、縦横無尽に攻撃を出し合う。だがどれも一切当たらない。
観客も、実況のヴェルキンスも、息を呑んで2人の戦いを見守っていた。
均衡が崩れたのはシズクからだった。
「すごい! なんでこれでも当たらないの!! うわー、楽しくなってきた!!」
興奮するリューコ。元の世界では同世代の中でも彼女の実力は飛び抜けていた。現実的ではない格闘ゲームの技を実際に再現してしまう異常ともいえる運動能力と感覚器官を備えたリューコは、成長すればするほど並び立つライバルがいなくなっていた。
だが、その彼女のトップスピードにシズクはついてきている。
リューコは興奮のまま、じゃれつくようにシズクに襲いかかった。
強烈な踏み込みに、石畳が砕け割れる。薄い霧が吹き散らされ、わずかにシズクが体勢を崩す。そこにリューコは飛びかかる。
右左とわずかに軸をぶらしながら加速、そのまま強烈な正拳突き。かつては
それがシズクを捕えた。
拳はシズクの体に埋まり――シズクの体がほどけた。
否、それは霧だった。
霧が吹き散らされた瞬間、シズクは霧の力によって自分の分身を作り、それを囮としたのだ。
霧によって姿を隠していたシズクが、リューコの背後から出現する。狙いはもちろん首。
ぴたりと寸止めして勝利を宣言しようと、シズクが刀を振るうその瞬間、
「手応えでニセモノだって分かったから、そうくると思ってたんよ!」
首を狙った一撃を放つその瞬間、リューコはひねりを加えた前方宙返りを決める。
逆さまになったリューコが、にんまり笑顔を浮べたのを見ながらシズクは刀を振りきった。
狙いははずれたが、このまま一撃でも入れて、そんなシズクの足掻きの一撃はあっさりリューコに捕まってしまう。
リューコは、加護の力によって障壁を生み出す。今回は、伸ばした中指と人差し指を障壁で覆った。
その2本指で、ぴたりとシズクの一撃を掴み止める。
勝った、そうリューコが確信した次の瞬間、シズクは刀を手放していた。
「ええっ! 離しちゃうの!?」
「はい、狙い通りです」
刀を手放すシズクは、空中に手を伸ばす。
霧が集まり刃を為し、二刀流の構え。刀を掴んでしまい、一瞬迷いが見えたリューコにシズクは左右の刃を振るう。
霧があつまり水の刀となったその攻撃は、2本の鞭のようにリューコの体に巻き付いて。
「――はい、わたくしの勝ちですね」
「あー! 悔しいっ!! 思いっきり油断したー!!」
勝利と取りこぼして悔しがるリューコと、うっすら笑みを浮べるシズク。
2人の凄まじい戦いに、一瞬遅れて観衆は喝采をあげるのだった。
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