第3話 『硝煙の聖女』
ワンダ王女はわくわくしていた。
思えば、ここ数ヶ月は笑顔を作るのにも慣れすぎていた。
笑顔を浮べることこそが王族である、と母から習いそれを実戦してきた。
だが、苦しい戦況と幾度も襲いかかる悲劇に、すっかり王女の心は疲弊していた。
ところが、今は違う。
自分が見たことも無い武器らしきものを並べて、楽しげにそれを紹介する新たな仲間がいるからだ。
彼女は聖女エル。
勇者ワタルが聖女召喚の儀式によって、異世界より召喚した強力な聖女だ。
「……つまり、『武具召喚』の権能によって、毎日一定数の銃火器を召喚できる?」
「ああ、銃火器まるごとでも、縦断だけでも可能みたいだな」
「制限はあるのか?」
「おそらく……『私がよく知っている銃火器に限る』っていうところかな?」
「それは……どうなんだろう? 強いんだか弱いんだか……」
「名前は知っているが一度も手にしたことのない武器は召喚できなかった」
「……なるほど」
「一度だけ試してみた拳銃も無理だった」
「じゃあ、召喚可能な武器の種類はかなり限られるってことか……」
「ああ、私が分解や清掃まで使い込んだ武器の数はそんなに多くないな」
「ちなみに、その数は具体的には?」
「拳銃は十数種類、自動小銃なら8種、銃火器は有名どころをひととおり、狙撃銃や対物火器なら2、3種類かな?」
「……十分じゃないか?」
イタズラっぽく笑う聖女エルと顔には出さないが嬉しそうな勇者ワタル。
そんな2人を見ていて、王女は久しぶりに心から笑みを浮べて、ワクワクした気持ちを隠せずにいた。
なんとかなるかもしれない。
そして、ワタルの努力が報われるかもしれない。
そんな思いが彼女の心を晴れやかにしていた。
そして、もっとワクワクする出来事が起きようとしていた。
――――――
拳銃を構えるエルは眼前の地面を凝視していた。
地面にわだかまるのは黒い泥。
いや、墨で作られた池か、わずかに蠢く影色の塊にも見えた。
それこそが、
ただの泥のように見えた
すぐに大柄な人の形を象ると、ぺたりと一歩を踏み出した。
俊敏な動きではなく、力強さも感じられない緩慢な一歩だ。
だが、不気味で着実な動きで黒色の人型はエルへと向かって歩き始めた。
エルは拳銃を素早く構えると、
ぱすんと気の抜けた音を立てて、弾丸は
だが、
エルはじりじりと距離を保って移動しながら、再度弾丸を放つ。
胴体、関節、心臓の位置や首、次々に狙いを変えて弾丸を放ち続ける。
すると
黒い泥人形から浮き出してくる錆びた金属。
それが
続けざまにエルが放つ縦断は、幾度も錆びた金属片に命中し、それをはじき飛ばす。
すると、
ごぼごぼと黒い泥がごとき体表が泡立ち、ぶわりと体躯が膨らみ始める。
だらんと伸ばしていた両手を大地に突き立て、四つん這いになると頭にも変化が生じた。
つるりとなんの突起も付いていなかった頭部に裂け目が生じ、巨大な口となる。
口には錆びた金属片や硝子でできた牙がずらりと生えてきた。
その顎門を、エルに向けると、無音で咆哮するように口を大きく開けて……。
その口に、エルの放った榴弾が飛び込んだ。
ドカンとくぐもった音を立てて
「……で、ここから再生するんだろ? 映画で良く見たよ」
「いいや、通常の
聖地の砦、その中庭にて。
エルはワタルの魔法によって再現された
戦いはエルの圧倒的勝利。
「これ、飛び散ったあとに合体して、油断してるところを襲いかかってくるんじゃないの?」
「一定の破壊で結合がほどけると、
魔法で再現された
ちなみにこの魔法は、ワタルの魔力があるからこそ再現できる高度な幻惑魔法だ。
これまでに調査してきた
それを、エルは事もなげにたった2種類の銃器で破壊したのだった。
「……じゃ、爆発系が効き目が高いのかな」
「ああ、あれほどの爆発力は魔法でもなかなかないからね」
「小銃弾や拳銃弾だと効果無し?」
「どうだろう? 拳銃でも体の金属片に当たれば、やつらは嫌がってたからね。それなりの効き目はあるんじゃないか?」
「集団で弾幕をはれば、それでも十分倒せる、かも?」
「ああ……でも、君みたいな聖女をたくさん呼び出すことは不可能だから……」
「いや、そんな必要無いだろ」
「え?」
「ほら、私が召喚する武器は他の人にも使えるんだ」
「それはそうだが、自分も銃なんて使えないし……」
「いいや。護衛騎士たちを武装すればいいじゃないか!」
「………………はぁ?」
そして、その日から、地獄の訓練が始まった。
騎士団長は、皇国の下級貴族であり、長い間王女の護衛を務めている初老の男だ。
騎士として初めて戦場に立ったのは数十年前。それ以来、国と国王に忠誠を誓い、幾多の騎士団の要職を務めてきた。
剣の腕でも、盾の技術においても国にその人有りと言われた剛の者だ。
そして今では、数多くの弟子にその腕前を越えられた、と笑って言うものの、その腕前は健在で。
しかも、幾度も死線をくぐり、幾多の危機を乗り越えてきたその経験は王国でも比類無かった。
孫のいる年齢になったとはいえども、その体力気力に一欠片の衰えもない。
そんな騎士団長が、汗だくになって腕立てをしていた。
「マム、イエス、マム!」
「声が小さいっ!!!」
「マム! イエス! マム!!」
エルは軍人として非常に優秀だった。
あらゆる火器を使いこなし、若くして多数の作戦に参加した。
戦略に通じ、様々な分野のスペシャリストたちから、貪欲に知識を吸収し、爆弾の運用や特殊機器の操縦、遠距離狙撃やサバイバル、医術や戦場での人心掌握、尋問に敵への洗脳工作さえこなす万能の軍人だったのだ。
だが、彼女の本当の才能は軍人としてではなかった。
軍人教育者としての才能が彼女の最も得意とするところだった。
心理的、教育学的な素養はもとより、指導力に長けカリスマ性が彼女には備わっていた。
訓練を受ける新人たちの心理を見抜き、最も欲するものを把握。
そして、最適な方法で彼らを一流の兵士に変えることが、彼女には可能だったのだ。
鍛え上げられるのは国難の時を生きる忠義の騎士たちだ。
守るべき相手は王女と勇者。欲するものは、一度も得られなかった戦場での勝利。
ならば、彼女は武器を与えて、その使い方を指南し、戦術を教えて成功を約束すれば良いだけだった。
騎士たちは、教官である聖女エルの意図を理解し、与えられるものの有用性を実感する。
ただそれだけで、いかなる叱咤激励も、罰則も必要無く精強な軍人の群れが完成したのだった。
「……たった一週間で、騎士たちががまるで歴戦の軍人になってしまうとはね」
「元が良かったからさ」
「さすがだね、『硝煙の聖女』」
「そのあだ名、どうにも気になるんだけど……」
エルは困ったように髪の毛をくるくると指に巻き付けると。
「さすがにちょっと、聖女につける言葉として、硝煙は失格なんじゃ?」
そんなことを言いだすエルに、ワタルは苦笑するしかなかった。
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