第2話 召喚された聖女
「まず最初に、言いたいことがある。私のことを聖女と呼ぶな」
冷ややかに言い放った女軍人の言葉にワタルは頷く。
「……私のことはエルと呼べ。で、質問を繰り返すが、ここはどこだ?」
「ここはワールレント王国の辺境です。そして……ここは地球ではありません」
「地球じゃない、と来たか……」
ぐるりとエルは周囲に視線を巡らせた。
周囲の護衛騎士と、心配そうにワタルを見守る王女に視線を向けながらエルは考えた。
騎士の武装は本物だ。そして目の前の青年もコスプレ好きやRPG愛好家ではなさそうだ。
エルの勘は告げていた。思いも寄らない出来事が起きていると。
自分が今までいた場所と、そもそも空気が違う。
香りから分かる周囲の植生も違う、気温や気圧も違う。
長年の戦場暮らしでの経験が彼女の直感を裏付けていた。
目の前の青年は、全く嘘を言っていない。嘘を信じ込む異常者でもない。
エルの事を心配し、なんとか説得しようとしているだけ、そうエルは結論づけた。
「……わかった。信じよう」
「ええ、信じられないとは思いますが……って、信じてもらえるんですか?」
「お前の言葉に嘘はないようだ。そういうのは分かる」
そこでやっとエルは拳銃を収納し、片手の自動小銃も背負い直した。
「私のことを、お前は聖女と呼んだな? 召喚したと」
「はい」
「世界を救うために召喚した……そう聞こえた。間違いないな?」
「はい」
「では、私はそのための戦力として呼ばれた。その認識はあっているか?」
「はい、あっています」
「では、まずは敵戦力の詳細とこちらの戦力情報を教えて貰おう。続いて地理的、気候的条件について。時間的制約についても早めに情報共有したい」
一息に、そこまで告げたエルに対してワタルは言葉に詰まった。
自分が召喚されたとき、まずは混乱した。
言葉も分からず、老召喚術師の魔法によって、初めて意思疎通が可能となったのだ。
その後、この世界になじめず幾日も経ってからやっと、現実として飲み込めたのだった。
だが、眼前のこの女軍人は一瞬で全てを飲み込んだ。
「……わ、わかりました。ああ、ちなみに私たちの喋っている言葉は」
「何らかの翻訳能力によって意思疎通しているのだな?」
「え、どうしてそれを?」
「耳から聞こえる音とお前の口の動きに差異がある。おそらく、一種の自動翻訳のよう力があるのでは?」
「ええ、そのとおりなんですが……」
「機械式の自動翻訳装置よりもずっと高性能だな。ああ、だからその敬語はやめてくれ」
「え、その……」
「翻訳が高性能なせいか、胡散臭い政治家か機嫌を伺う小悪党のようなしゃべり方にしか聞こえない」
あまりに真っ直ぐな物言いに、ワタルは言葉につまった。
相手は聖女として呼ばれ、混乱しているに違いないと思い、だから危機感を位田咲かせないように温和に話しかけていたつもりだったのだが、逆効果だったのだろうか?
そう思って、どんな口調で話しかけたものかと悩んでいると、横合いから王女が歩み寄ってきた。
「……ほら、やっぱり勇者様の丁寧なしゃべり方は絶対にウケが宜しくない、っていつも言っているではありませんか」
そうにっこりと笑って追い打ちをしつつ、王女はエルに頭を下げる。
「私はワンダ、この滅びに瀕した国の王女です。お話を聞いていましたが、どうやら情報を必要としているご様子ですね?」
「ああ、自分が置かれてる状況が分からないのが一番不安なんだ。すぐさま教えて欲しい」
「情報については、護衛騎士の隊長から聞くのが最も円滑な方法かと思われます。すぐさま場を用意するので直接質問してみると良いでしょう」
「承知した。護衛騎士か……やっぱり、ここは剣と魔法の世界なのだな」
エルはにっと笑いかけると王女に対して手を伸ばした。握手の構えだ。
王女は一瞬あっけにとられたものの、すぐさまその手を握り返して。
「エル様、この握手は……私たちの戦いを助けてくださるという意味でよろしいですか?」
「いや、これは契約の証だ」
エルは、王女の硬く傷の多い手を握って、彼女のこれまでの苦労を知った。
そして、ここに居る者は、戦いに敗れた国の生き残りなのだろう。そして自分はそれを助けるために呼ばれたのだ、と飲み込んだ。
ならば、ここもまた自分に相応しい戦場だ。
「国を救うための反攻作戦を指揮する、そんな契約さ」
「エル様、いいのですか? 敵は強大で我々にはほとんど戦力も……」
「その話は後で聞かせて貰うとして……」
歴戦の女軍人、エルミーヌ・エギシは不敵に笑うと言い放つ。
「でも、大丈夫……この手の仕事には慣れている」
王女にぱちりとウィンクするエル、そして2人は歩いて行った。
向かうのは、おそらく砦内部の会議室だろう。
そこならば騎士団長とも情報共有がしやすいはずだ。
そんなことを考え、2人を見送りかけたワタルは、慌てて追いかけるのだった。
次の日。
前の日の夜遅くまで情報収集に努めたエルは次の日も朝早くから同じように会議室で資料を眺めていた。
これまでの戦いの記録に、敵に付いての情報。
大陸全体の地形図に、彼らの戦い方について。
「……じゃあ、女神の加護が絶対必要な力なんだな?」
「ああ、だから僕は前線では力になれない。だが、使い方については教えられるつもりだ」
「なるほど、たしか召喚に際して私にも加護を与えるよう術式を組んだと言っていたな」
「……適応が早いな、君は」
ワタルは敬語で離すのを諦めて、エルに気楽に語りかけていた。
聞けばエルは、彼女の故郷では学校を卒業してまだ数年。つまり20代前半らしい。
つまりこの世界で数年を過ごしたワタルより年下だったのだ。
だが、彼女の戦歴は並外れていた。
紛争の多い国に生まれたハーフの日本人であり、世界各地を飛び回る軍人一家の一人娘。
高校卒業後は各地を傭兵として飛びまわり、新兵教育や組織の立ち上げにも関わった経験多数。
「まるで映画の主人公みたいだな」
「ああ、自分でもそう思うよ。いつかハリウッドからオファーがくると思ってたんだけどね」
拳銃を分解清掃しながら、彼女は脇にそれた話を戻すことにした。
「……で、女神の加護だよ。私にはどんな加護が?」
「君に与えられた加護は……『戦旗の女神』の加護だ」
「それにはどんな効果が?」
「……正直、そこまで強力な加護ではないんだ。すまない、加護は僕の力では選択できなかった」
「ふぅん、強力じゃないというのは? 戦旗が軍隊旗のことなら通信でもするのか?」
「いや、違う。この世界を守護する数多の女神の中で『戦旗の女神』は伝令であり軍使を務める戦の女神の一柱なんだ」
「具体的にはどんな力が?」
「戦の始まりと終わりを告げる使者であり、戦死者を弔う女神としての力は『武具創成』だ」
「……へぇ。どんなことができるんだ?」
「魔法や加護の力を持たない単純な武具を作り出す力だ」
「ほー、強そうな力じゃないか」
「ああ、確かに悪くない加護なんだが、我々の戦力は少なく、武器の類は足りているんだ。だから我らの王のように高い戦闘力を備えた『聖剣の女神』の加護があれば、君の経験ももっと活用できたはずなのに……」
「いやいや、この加護こそが私に最適だと思うぞ」
「最適、とはどういう……」
エルは手をかざすと、そこに光と共に武器が現れた。
机の上に整備のために分解して置かれている拳銃と、まったく同じ形の拳銃が。
ごとりとその拳銃を机に置くと、エルは再び手をかざす。
大型の狙撃銃、無骨な散弾銃。凶悪な対戦車砲に重厚な機関銃……。
やがて力が尽きたのか、少々疲れた顔を浮べながら手を振って武器の山を前にしたエルは言った。
「……これなら、勝ち目が見えてきたんじゃないか?」
ワタルは、ただただぽかんとするしかできなかった。
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