召喚聖女が強すぎる!
虎比古
第1話 聖女召喚
青年は、砦の城壁にのぼり、夜の闇の中で遠くを見つめていた。
見つめる先は、数週間前まで滞在していた王都の方角。
王都は青年がこの異世界に召喚されてから6年間も過ごした場所だ。
思い出すのは周囲の失望とそれに奮起して過ごした日々……。
「この者には……女神の加護がありません!」
悲鳴を発したのは王国最高位の召喚術師だ。
王国にもたらされた危機の予言。
危機に対抗するために、王家は異世界から勇者を召喚することにした。
古より危機の際のみ使うべしと、秘匿され忘れ去られ欠けていた勇者召喚の魔法。
膨大な時間を掛けて復元されたその魔法は無事に発動し、異界よりひとりの青年が召喚された。
だがしかし、その青年には女神の加護が与えられていなかったのだ。
「……なぜ、女神の加護がないのだ」
悲鳴を受けて、王はがくりと肩を落とした。
王国を救うための唯一の手段。そう勇者は預言されていたはずだった。
「……わかりません。確かに、この者は女神の力に依って、この世界にやってきたはず。ですが……」
魔法陣の中央で昏倒している青年に老召喚術師は手をかざし呪文を唱えた。
幾度も、しわだらけの手をかざし、何かを確かめて、そして首を振った。
「……やはり、女神の加護は与えられていません。ですが、原因がわかったように思います」
「女神の加護が与えられなかった原因か?」
「はい」
召喚術師は、水晶でできた古い凸面鏡を通して青年を覗き込み、
「見て下され。これほどの魔力量を備えた人間は、見たことがありません」
王は凸面鏡を受け取って同じように覗き込みながら、首をかしげた。
「つまり異常な魔力量を備えた勇者であるが故に、女神の加護が与えられる余地がなかったと?」
「はい、女神の加護を拒むほどの魔力量こそが、危機に対する鍵となるのでは……」
「……女神の思惑は我ら人間には理解できぬ深謀遠慮に満ちている、か……」
「勇者召喚を司る『境界の女神』のご意志かと」
召喚術師の言葉に王は再び青年に視線を向ける。
そして、王自ら手を伸ばすと青年を助けおこした。
「……さて、我らの勇者殿をいつまでも石畳に寝かしておく分けにもいかんな。手を貸してくれ」
慌てて王の護衛騎士が駆け寄り、彼らによって青年は運び出されていった。
それから青年にとっては怒濤の日々だった。
まずは、自分が異世界へと呼び出されたこと。
幸いなことに、青年は元の世界に帰ろうとは思わなかった。
次に驚いたのは、その世界には危機が迫っていたこと。
勇者として呼ばれたことも相まって、危機に対する怖れと同時に青年は生まれて初めて、英雄としての期待と危機に対する恐怖が入り交じり、血が熱くなるほどの興奮を感じた。
もちろん敵の存在には素直に恐怖を感じもした。
危機をもたらす存在は
ある日突然現れた世界の破壊者だという。
錆びた歯車や歪な金属で形作られた異形の存在たちで、あらゆる生命を無慈悲に破壊する存在であり、彼らはじわじわと王国の国土を侵略しているようだ。
彼らに意志はなく、ただただ全てを破壊し同化していく不定形の軍勢だった。
彼らは他の生命体を飲み込み、自らの軍勢へと造り変える存在であり、青年が戦うべき運命の相手であると説明された。
だが、問題がひとつ。
王は、青年を戦いに出さないと決断した。
「……では、僕はなんのために呼ばれたのですか?」
異なる世界からやってきた青年、ワタルの疑問に答えられるものはいなかった。
そもそもワタルは前線に立つことができない。なぜなら彼には女神の加護がなかったからだ。
莫大な魔力でいかなる魔法を繰り出そうが、女神の加護がなければ
女神の加護は、
加護がなければ戦うことすらできないが、その力を与えられる者はこの世界でも貴重であり、一部の者だけが与えられるものだった。
期待された勇者でありながら、女神の加護を持たない青年ワタル。
それが、彼に与えられた奇妙な立場であり、誰も彼をどうするべきなのか答えられるなかったのだ。
しかし、ワタルは諦めなかった。あからさまに失望の視線を向けられることは無かったが、彼の自尊心は客として滅びに怯えるのではなく自分に与えられた力と運命に立ち向かいたかった。
勇者として召喚されたこと、使命感を見いだした側面もあった。だがそれ以上に、彼は危機に瀕した国を救いたかった。
なぜなら、王国の皆がワタルに対して優しかったからだ。
王は、召喚してしまったことを悔いて謝罪してくれた。
王妃は、故郷の家族と引き離してしまったことを詫びて、すでにワタルの両親が亡くなっていることを知ると、自分たちが親代わりだと堂々と言い放った。
まだ幼い王女は、新しい友達としてワタルに親しく付き纏うようになった。
誰も、戦力にならないワタルに対し失望するのではなく、ひとりの人間として優しく接してくれたのだ。
だからワタルは悩んで、深く考えた。
自分がこの世界に呼び出されたのには、必ず何らかの意味がある。
そう思って、まずは老召喚術師を師として召喚術などの魔法を習得することにした。
膨大な魔力と寝食を忘れるほどの努力で、彼は複雑な召喚術を始めとして、様々な魔法をたった2年で身につけた。
そして、膨大な魔力を活かして、各地での戦いを援護するようになった。
ワタルの繰り出す魔法は一切、
同時に、異世界へと新たな知識を持ち込み、人々の生活の改善に努めた。
ワタルの莫大な魔力は、人々の生活を支えることとなり、勇者は別の形で人々の役に立ち、笑顔をもたらす存在となっていった。
だが、
すでに、ワタルが召喚されてから5年の歳月が経っていた。
王都に迫る軍勢を前に、王は『聖剣の女神』の加護を持つ戦王とし立ち向かうことを選んだ。
王妃も『時鏡の女神』の加護を持つ予知の巫女として、王を支えて戦場に加わることを選択した。
そして2人の娘である王女は、勇者のワタルとともに王都から逃げ延びるように命じられた。向かうのは遙かな辺境。老召喚術師の故郷だ。
その場所こそが、召喚術が女神からもたらされた聖地。
勇者ワタルは、そこに最後の希望を見いだしていた。
共に向かうのは王女とわずかな護衛騎士と道案内の老召喚術師。
そして旅の数週間が過ぎ去り、辺境の聖地を守る砦に、勇者ワタルはいた。
「……明日、新しい召還魔法がやっと完成する」
老召喚術師である師匠は、この辺境に辿り着き暫くしてから亡くなってしまった。
弟子のワタルに、辺境の聖地に隠された全ての知識を伝えると、まるで役目を終えたかのように息を引き取ったのだ。
その後、ワタルは勇者召喚の技法を極めるために、聖地にて研鑽を続けた。
いつ、辺境に
それは女神の加護を受けた、異世界の強者を召喚する魔法の新たな形。
勇者召喚を礎とし、ワタルの莫大な魔力を呼び水に使い、この聖地に眠る大地の魔力ではるか遠くの異世界へと召喚の力を伸ばす強力な魔法。
その名も「聖女召喚」、それがワタルの辿り着いた究極の答えであった。
「――ワタル、こんなところにいたら風邪を引きますよ?」
「王女殿下、どうして……」
闇夜の中、遠くを見つめるワタルにそっと声を掛けたのは王女だった。
その背後には、あきらめ顔の護衛騎士。自分の女性騎士用の外套を王女の肩に掛けようとしていた。
そんな世話焼きの護衛騎士から外套を素直に受け取りつつ王女は、ぽかんとしているワタルを見つめて口を開く
「どうしてもなにも、明日は大事な大事な召喚の日だというのに……」
王女は、芝居がかった様子で首をふりふり、やれやれ困ったものだというように肩を竦めて言った。
「ワタルが砦の中をふらふらしているから付いてきたんですよ」
「いや、ちょっと眠れなくて……」
ワタルがこの世界に召喚されたのは19歳の時、その時に王女はまだ若干9歳だった。
それ以来、ワタルにとっては王女は家族同然、妹のような存在であった。
王女にとってもワタルは兄のような存在。王都で両親と別れてからはなおのこと、家族のように接する王女は、すこしだけ心配そうな表情を浮べた。
「……眠れないのも仕方ありませんね。明日は大事な『聖女召喚』の日ですもの」
「はい。……大丈夫です、すこし空気に当たったら戻りますから」
「なら、わたくしもご一緒しますわ。良いですわね?」
王女は振り向いて護衛騎士に問いかけると、騎士は不承不承といった様子で頷いた。
王都から逃れた彼ら一行は、1年も一緒に旅をしてきたのだ。ワタルと王女だけではなく十数名の護衛騎士たちも、いつしか親しい仲間となっていた。
だからこそ、誰ひとりとして口にしなかった。
果たして『聖女召喚』は成功するのか。そして、『聖女召喚』が成功したとしても、聖女の力で国の危機が救えるのだろうか、と。
「……殿下、戻りましょう。やっと眠れそうな気がしてきました」
「それは良かったです、勇者様。明日は、頑張って下さいね」
「……ええ、もちろん」
健気に振る舞う王女に、ワタルは感謝していた。自分のことを勇気づけるため、いつも以上に明るく振る舞っていることが分かっていたからだ。
そして、王女もワタルに感謝していた。ワタルこそが召喚の鍵であり、その重圧たるや想像もできなかったのに、彼は一切の弱音を吐かなかった。
王都は陥落し、国の民は皆散り散りとなり、
2人は内心を隠して気丈に笑顔を浮べ、おやすみと声を掛けて、それぞれの寝室へと向かうのだった。
そして翌日。
砦の中庭、聖地の中心地である石舞台の上で『聖女召喚』が行われた。
石舞台に精緻に描かれた魔法陣の中心に、莫大な魔力が渦巻き収束し、閃光が瞬く。
稲光が走り風が唸り、余剰魔力による暴威が収まったその時。
召喚術師ワタルの額に、ピタリと銃口が押し当てられていた。
召喚されたワタルには分かった。映画でも良く見るその拳銃はどう見ても本物だ。
拳銃を構えるのは、迷彩服姿の女性。
編み上げブーツは泥に汚れ、背中に下げた背嚢も使い込まれた風情。
片手には拳銃、ぴたりと銃口がワタルの頭に押しつけられている。
そしてもう一方の手には、これまた映画で良く見る自動小銃。
どこからどう見ても、戦場にいる歴戦の女兵士の姿がそこにあった。
彼女は自動小銃を油断なく周囲に向けつつ、静かに呟いた。
「……ここはどこだ?」
その言葉に、ワタルはなんとか笑顔を浮べて応答する。
「ようこそ、聖女様。ここは貴方のいた世界とは別の世界です」
女性は、切れ長の目を凝らして、じっとワタルの瞳を覗き込む。
ワタルは大丈夫だと王女や護衛騎士に伝えるために、笑顔を浮べ続ていると、女軍人は、ワタルの額からすっと拳銃を外して呟いた。
「……嘘は言ってないみたいだね。信じられないけど」
「ありがとうございます。正直言うと、生きた心地がしませんでした」
「ああ、それは悪かったね。それで、もう一度聞きたいんだけど……何だって?」
ワタルは、改めて聖女に向かって笑顔を向けて言い放った。
「この世界は、危機に瀕しています。そして貴方は世界を救うために召喚された……聖女なんです」
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