第4話 召喚の意味


「さすがにちょっと、聖女につける言葉として、硝煙は失格なんじゃ?」


 そんなことを言いだすエルに、ワタルは苦笑するしかなかった。


 そして、エルの言葉への返答は別のところから返ってきた。


「硝煙が失格? そんなことありませんよ!」


 エルの言葉に答えたのは王女ワンダだった。


「硝煙の匂いに最初はびっくりしましたけど、今では慣れてきましたし」

「騎士たちが毎日射撃練習してるからね」

「騎士団長なんて、愛剣の手入れも忘れて、自分の銃に名前を付けてるんですよ」

「へぇ、それは知らなかった。確かに銃を可愛がれって指導はしたけど……」


 そんな他愛のない話をしながらも、王女はエルに請け負った。


「だから、硝煙の名前は、今や私や騎士の間で大人気なんです」

「なら、『硝煙の聖女』って名前も問題ない?」

「ええ、その名前は、私たちに勝利をもたらしてくれる名前ですからね」


 こうして、国の最後の騎士団は、精強な歩兵分隊へと変貌した。

 たった十数名の騎士たちが『硝煙の聖女』とともに、今後の戦いを支えて行くことになる。


「……ところでワタル」

「なんだ?」


 騎士たちの訓練を見守っていると、エルがワタルに話しかけてきた。


「私みたいな聖女をたくさん呼び出せない、ってことは」


 エルは、あるひとつの懸案事項についてワタルに問いかける。


「まったく別の聖女なら、新たに呼び出せるのか?」


 しばらくワタルは答えなかった。

 聖女召喚にはまだまだ問題点があった。

 だから、エルが実際に崩壊者コラプスとの戦いにおいて十全に活躍出来てから、続く聖女を呼ぶか呼ばないかの判断しようと考えていたのだ。

 しかし、エルの能力と女神の加護は、苦境に陥っている現在の国を救いうる強力な力であることは、もうすでに間違いなかった。

 それでもなお、ワタルは聖女召喚について迷いがあった。

 だから、ゆっくりワタルは答えることにした。


「……別の聖女を、呼び出すことは可能だ」

「なら、なぜ呼び出さないんだ? 魔力の問題か?」

「いや、術の構築にそれなりの時間が必要となるけど、魔力自体は問題ないんだ」

「じゃあなにが問題なんだ?」


 ワタルが躊躇する理由はたったひとつ。

 聖女としてこの世界に呼び出す際に、彼女たちはどのようにこの世界にやってくるのか?

 そのタイミングだ。

 ワタルは、勇者召喚の術式を研究し、並行して存在する数多の世界を越える術をさらに発展させたのだ。

 結果、無限とも言える並行世界のその中から、正しき条件付けにしたがってこの世界に最適な対象が選択される。

 だが、そのことが元の世界でどのような問題を起こすか、それにワタルは頭を悩ませていたのだ。

 自分が消えた後、元の世界ではどうなっただろうか。

 その答えはだれにも分からなくなってしまった。

 だから、ワタルは同じ事が起きないように考えた。

 つまり、元の世界から連れ去っても、影響が出ないようにすること。

 その結果、ワタルは召喚術式にいくつかの縛りを付けることにした。

 ひとつは、戦える才能や能力をもつ対象であること。

 そして、聖女の加護が確実に付与されるようにすること。

 条件はあとひとつ。

 それは、対象をその世界から奪っても、大きな影響が出ない相手にする。

 つまり……


「ああ、ワタルが気にしているのはあれか。呼び出す相手が、元の世界で死んでるってことか?」

「……エル、覚えてるのか?」

「もちろんさ。悪党どもに囲まれて、爆弾の爆発が見えて、いよいよ終わりってところで、私はこの世界に来たんだ」

「死ぬ間際の者を、無理矢理連れてくるのは、やっぱりなんだか悪い気がして……」

「私を連れてきておいてよく言うよ……って言いたいところだけど、気にする必要はないね」


 エルはあっけらかんと言い放つ。


「私にとって、これはチャンスだった。死んで終わりかと思ったら別の物語が始まったわけだし」

「でも、聖女が皆そう思うとは限らないだろう? 無理矢理呼び寄せたことを怒るかも……」

「どうかな? 聖女として呼ばれるやつは戦う力があるやつらなんだよな?」

「ああ、それが第一条件だ」

「だったら問題ない。聖女になるような強いやつが死ぬ時、それは敵と戦う時さ」

「実はそれもひとつの悩みなんだ」

「そうなのか?」

「だって、君のような軍人でもなければ、敵と戦う女性がそんなにたくさんいるわけもないだろう?」

「そうか?」

「だからといって軍人ばかりがこの世界にやってきても……」

「いいや、戦闘美少女なんて珍しくないだろ? いろんな聖女といろんな敵がいるはずさ」

「……たとえば?」

「悪の秘密結社と戦う戦闘ヒーローに、悪い魔法使いと正義の魔法少女とか、ああ、巨代ロボにのる女パイロットとかも戦闘美少女だな?」

「そんなのは、おとぎ話か、テレビのなかにしかいないさ」


 ワタルは、エルが冗談を言って自分の背中を押してくれてるのだと判断した。

 それでもなお、彼はすぐには決断できず。


「……まぁ、王女様と協議して決めるよ」


 ワタルは召喚に関する議論を先延ばしにすることにしたのだった。


「そもそも、組上げた別の術式はあと1人分しかないんだ」


 エルさえいれば、戦況に変化が起きる。

 そうなれば新たな聖女はまだ必要無いだろう、そうワタルは考えていた。

 だから、次の日すぐさま召喚が行われることを、ワタルも想像もしなかった。

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