第5話 新たなる聖女
「召還できるのであれば、すぐに召喚したほうが良いと思います」
王女は、あっさりとそう言った。
ワタルは再度、説明しようとも考えた。
聖女召喚とは、異世界から聖女たり得る存在を呼ぶ秘術であること。
そして、その対象になるような存在は希少だと思われること。
つまり、失敗する可能性だって存在する、ということを告げようかと考えた。
だが、それは王女も知っていることだ。
次に考えたのは、情に訴えてみようか、ということだった。
王女ワンダと勇者ワタルの付き合いは長い。
王都では家族のように暮らし、今ではワタルにとって王女は妹のようなものだ。
だから、死に瀕した女性を強制的に召喚するということが、少々心情的につらいと訴えようかとも思った。
だがしかし、ワタルがよく知る王女ならば、そのようなことはにっこり笑って受け流すに違いないと、思い直した。
自分が王女の性格をよく知るように、王女もまたワタルの性格をよく知っている。
だから、ワタルがいくら王女の心情に訴えようが、王女はワタルの真意を見抜くだろう。
ワタルは自分の真意について考えた。
そして結局のところ自分は、聖女召喚が怖いのだろう、という結論がでた。
勇者として、この世界を救えなかったからこそ生み出した聖女召喚。
それが万が一失敗してしまったら、そう考えて尻込みしているだけなのだ。
そんな自己分析を完了させると、ため息をひとつついて、御心のままに、とワタルは王女に返答した。
「それで、召喚に際して術式を組むっていってたけど」
どうやら硝煙の女神エルは聖女召喚についても興味津々のようであった。
騎士たちを兵士に仕立て上げるのと同時進行で彼女もこの世界について、学び始めていた。
その最たるものが、魔法についての知識だ。
「その術式ってのは、プログラミングみたいなもんなんだろ? ルールがあり記述法がありエネルギーが注ぎ込まれれば命令に従って効果を発揮するっていう」
「ああ、その考え方であってる」
ワタルは砦の中庭にて、等間隔にこぶし大の水晶を設置して魔法陣を構築しながらそう答えた。
「簡単な魔法なら、声や文字なんかで起動できる。でも、複雑なものになると、その分だけ多くの命令文が必要になるところもプログラミングと似たようなものだね」
ワタルが設置している水晶の内部には、数日かけて記述した細かい命令式がぎっしりと封印されていた。
どれもこれも、聖女召喚を構築するための命令文で、その準備が必要なため聖女召喚は連発できないのだ。
魔力で合成した特殊な水晶塊に、1つの狂いもなく微細な魔術による命令式を書き込む。
1つ作るのに数日を必要とし、1回の召喚でその水晶塊が数十個必要。
そんなワタルの努力の結晶が聖女召喚なのである。
「今日の召喚は、この前とまったく同じなのか?」
「いいや、幾つかの条件式が異なるから、全く同じではないよ」
「条件式?」
「君を召喚した際に使った条件式を簡単に説明するなら……『率いる者・将たる者・与える者』、こんな条件だったんだ。あのときは、聖女として民衆を導く存在や、戦場で活躍する将軍のような存在、もしくは僕たちに何らかの勝機を与えてくれる存在を求めていたんだ」
「なるほど、条件で絞って検索をかけているようなもんか」
身もふたもない例えでエルは納得した。
「まぁ、そんなところだね。だから、3つの条件全てその全てを兼ね備えてる相手が召喚されるとは思わなかったんだよ」
「へぇ、私が3つの条件全てを満たしているかは、今後に期待だけど……」
そこまで言ってエルは、中庭の魔法陣を指さして訪ねた。
「今回はどんな条件なんだ?」
「今度も3つだよ。『打ち砕く者・疾く駆ける者・守り癒す者』……何らかの強力な戦闘力を備えた者か、伝令や移送の役に立ちそうな存在、もしくは治療や守りの役に立ちそうな存在が聖女としてきてくれないかって思ってるんだ」
「私の能力を補おうって考えだね。いいんじゃないかな」
そして、儀式が始まった。
勇者ワタルの魔法使いとしての能力は、通常の魔術師数十人分に及ぶ。
さらに、異世界での研鑽によって彼の魔術師としての技術は、かつてこの国の魔術師首座にも劣らないものとなっていた。
そんな彼でも、聖女召喚の実行には時間がかかる。
ひとつひとつの水晶塊に魔力を充填し、全ての命令式が連結するよう魔力を流す必要がある。
続いて、膨大な魔力をつぎ込んで魔術全体が無事に稼働するように注意しなくてはならない。
どこかにおかしな魔力のもつれがあれば修正し、式に誤りがあればその場で修正する。
それを繰り返しながら、精緻な召喚魔術を駆使すること数時間。
この世界で二度目の聖女召喚が完了した。
そこに現れたのは、空手着を身につけた小柄な少女だった。
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