第6話 『鉄拳の聖女』
「あの……ここはどこですか?」
空手着の少女は、そういって辺りを見回した。
さて、どう説明すれば良いだろうか、そう考えながらワタルは彼女に歩み寄ろうとした。
場所は西洋風の城砦の中庭で、地面には燐光を放つ魔法陣がある。
周囲には槍を構えた騎士と、最先端の銃を携帯する騎士というちぐはぐな組み合わせ。
そして、少女の前には、どう見ても日本人なのにローブを来た自分がいる。
警戒させないように、ともたつくワタル。彼を追い抜きながら、
「ここはあなたの世界とは遠く離れた場所、つまり異世界です」
明るいローズブロンド色の髪をした王女様が少女に笑顔を向けた。
「異世界? つまり私は異世界に転生したってことですか?」
「はい、私たちの国に危機が訪れているのです。大変申し訳ありませんが力を貸していただけないでしょうか?」
そんな性急に、とワタルは王女の言に口を挟もうとした。
硝煙の聖女エルは、すぐさま状況を飲み込んで理解してくれた。
だが、それはとてもじゃないが常人には不可能なことだ。
それに、戦う力があると言っても、眼前の少女は明らかに一般人と思われた。
そんな相手に、国難を救ってくれと頼んでも……
「あ、はい! あたしで良ければ力になります! 異世界転生って本当にあったんですね!」
どうやら、この少女もとても理解力が高い様子であった。
しかし、一応ワタルもただ突っ立っているだけではと思って少女に声をかける。
「……あーっと、正確に言うならば異世界転生ではなく、異世界転移だよ」
「え、あたし、敵と戦ってて死んじゃったと思ってたんですけど、死んでないんですか?」
「説明するのが難しいんだけど、死ぬかもしれないってそんな寸前の運命の人が選ばれるようになっているんだ」
「なるほど、じゃあ、ギリギリセーフのところで転移したってことなんですね!」
あっさりと理解する少女。彼女は次に迷彩服姿のエルに顔を向けて言った。
「……わかりました! 迷彩服姿のあなたは、あたし見たいに召喚された人ですね!」
「うん、正解。私はエル、ここでは『硝煙の聖女』って呼ばれてたりするよ」
「わぁ、かっこいい! そうなると……」
少女は今度は、にこにこと笑って会話を聞いていた王女に目を向けて。
「あなたは王女様! そして、その横のお兄さんがあたしを呼んでくれた魔法使いですね!」
「はい、王女ワンダと申します。よろしくお願いしますね」
「あ、やっぱり王女様だったんですね! 失礼とかあったらごめんなさい!」
「いいえ、仲間なんですから気にしないでください」
そこはかとない疎外感を感じながらワタルはぼんやりと会話を聞いていると、
「それで、魔法使いのお兄さん! あたしは何の聖女なんですか!? もしかして、召喚されるときにすっごい力とかを手に入れてます?」
ひとりではしゃぐ少女に答えたのはエルだ。
「ああ、そういえば、召喚されると女神の加護ってのが貰えるんじゃなかったっけ?」
「わぁ、本当にあるんですね、そういう力って! ステータスとか見れたりするのは?」
「そういうのはないみたいだね、でもこのワタルがいろいろ見抜く魔法が使えるらしいよ」
「そうなんですかワタルさん! じゃあ、さっそくお願いします!」
「は、はぁ……」
あれよあれよという間に話が進んでしまったので、ワタルは言われるがままに加護を調べる術式を発動。
少女の魔力の流れから、どのような加護が与えられたのかを調査して、
「与えられたのは『銀盾の女神』の加護だね。守りと癒しに向いた加護だよ」
「この加護って、どうなんでしょう? 優秀なんですか?」
首を傾げる少女に、ワタルは力強く頷いた。なにせこの加護は彼が最も求めていたものだったからだ。
「ああ、とっても優秀であまり見ない加護だね。治療の力を持つ加護は珍しくて、僕たちの中では王女様ぐらいしか持っていないよ」
その代わり、自分は魔法による擬似的な回復術があるけど、と付け加えつつも、
「だから、きっと君には後方で仲間を援護して……」
ワタルは、少女を安心させるために、後方援護で治療すれば良いと説明しようとした。
だが、それを聞いて少女は嫌そうな顔をしていた。
「あの、あたしは戦えないんですか?」
「え、戦いたいの?」
自分より頭1つは小さい少女は、例え空手着姿でもとても戦えるとは思わなかった。
ましてや、敵は競技者ではなくおぞましい
そのことをつらつらと説明しようとするワタルに対して、少女はあっさりと首を振って。
「大丈夫です! あたし、とっても強いですから!」
そんな少女の言葉に、ワタルは戸惑い、王女は微笑み、エルは興味深そうに目を細めるのだった。
――――――
そして、すぐさま場が整えられた。
燐光の消えた中庭、かつてエルが幻影の
鎧兜を身につけた騎士3名が、槍を手に少女を囲んでいた。
心配するワタルを余所に、以外と強情な少女は実戦で試験してくれと頼み込んだのだ。
少女を囲んでいる騎士たちは、騎士団の中でも熟練の面々。
大怪我を刺せないように注意して、少女にこの世界の厳しさを知って貰おうと考えて居た。
「じゃあ、君の力を見せてもらうけど……そういえば、君の名前は?」
「あ、あたしは竜子、利久橋竜子(りくはし・りゅうこ)です。リューコって呼んでください!」
「わかった。ではリューコの力を見せてもらおうか……はじめ!」
ワタルが声を上げた瞬間、リューコの姿がかき消えた。
ガツンと音がして、正面の騎士が吹っ飛んでいく。
鎧の胴体には拳の痕。
「いてて、思ったより硬かった! 掌底の方がいいかな~」
ワタルが強化魔法をかけた騎士の鎧が一撃で陥没。
それじゃ異常な結果だった。
「あれ? あの鎧って、私の銃撃でも、ある程度は弾くよね?」
「ああ、それぐらいの強度はあるはず。でも、さっきの一撃は鎧だけに当てた寸止めだったのに……」
転がっていった騎士は、ふらついているものの無事だった。
だが、鎧だけを打ち据え寸止めしただけなのに、大柄な騎士が吹っ飛ぶその威力。
残る二人の騎士が、さらに危機感を強めてリューコに立ち向かおうとした時には、もう遅かった。
振り回した槍は、リューコの肘と膝で挟み折られて、そのまま掌底一撃でズドン。
最後のひとりは、怪我させることを覚悟しながら覆いのついたままの槍で突きを放つ。
しかし、その突きはいなされ、蹴りの一撃で槍は腕から飛ばされた。
どしんと地面を踏みしめたリューコは、今度は鎧にも触れない寸止めを放つが。
「あれ、手加減したんだけどな~」
拳の衝撃で、最後の騎士もごろごろと地面を転がっていくことになった。
「……どう、あたし結構強かったでしょ?」
リューコには、すぐさまあだ名が付けられた。
もちろんその名は『鉄拳の聖女』。騎士の鎧を素手で撃ち抜く剛の名だ。
「……かっこいいかも!」
本人には意外と好評なようで、これが正式な名となるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます