第7話 聖女たちの日常

「ここって異世界なんですよねぇ……」

「なに、しみじみと言ってるの? どこからどう見ても異世界じゃない」


 聖女たちふたりは、エルの私室にいた。

 並んで寝台に座り、リューコは彼女の新しい服一式を眺めている。


「ほら、その服にしても、いかにも異世界じゃない?」

「たしかに、そうですよね」

「これって誰が作っているのかしら?」


 首を傾げるエル。すると、丁度その疑問の答えを知る者がやってきた。


「あの、私もまぜてもらって構いませんか?」

「あら、王女様。丁度聞きたいことがあったのよ!」


 ワンダ王女がエルの私室にやってきたのだ。

 ワンダ王女が勇者ワタルに急ぎ聖女召喚をするように命じた理由のひとつは、聖女が異世界でたったひとりでは心細いだろうと思ったからだった。

 ちなみに、その理由をワタルに説明したところ、自分ではだめなのか、というような顔をされた。もちろん駄目に決まっている、と王女は切り捨てた。たとえ同じ世界の出身者だとしても、男性と女性の壁は大きい。そんなお説教ワタルに叩き込んだところ、彼はちょっとばかり拗ねたようで、


「なら、異世界の女性に加えて王女も親しくしたらいいのではないですか?」


 女性同士なら世界なんて関係ないでしょう、と切り返したつもりらしい。

 たしかに、正論であった。なので、王女は異世界の聖女たちの、新たな友人となるべく気合いを入れてエルの私室を訪れたのだった。


「質問ですか、なんなりと聞いて下さい」

「じゃあ、この服について教えて。誰が作ったの?」

「衣服の類は、私の側仕えたちの手によるものですね」

「へー、側仕えって、いわゆるメイドさん!?」

「めいど、という職は勇者様が言っていた召使いの類ですね。そういえば、彼の提案でめいど服というものを作成しましたが、側仕えたちにはあまり評判は良くなかったようですよ」


 そういって王女は聖女たちに側仕えとはなんであるかを説明した。

 彼女の側仕えたちは、召使いではなく女官に近い職だ。則ち、王女の側近であり補佐官、国に仕える専門職。今ではわずか数人だが、その側仕えたちが騎士たちを含めて一行の衣服や食事などの生活全般の雑事を管理をしているらしい。


「ちなみにこれ、とっても丈夫みたいだけど、なにでできてるの?」

「こちらは、どれも魔力を帯びた素材でできています。精霊樹の葉で育てた妖精蚕の糸や魔羊の毛織りや……」

「うわー、やっぱり異世界なんだなあ~」


 ぐいぐいと丈夫そうな服を引っ張って確かめながらリューコは新しい衣服一式に着替えた。

 リューコの衣服は分かりやすいものだ。

 基本は軽装の騎士が身につける物と同じ、短靴に動きやすそうな洋袴ズボン、袖の短い上着シャツの上には、目立つ色の外衣ポンチョ、そして特別に目立つのはその手だ。


「ねぇ、リューコちゃん。本当にそれで戦うの?」

「はい、結構使いやすいんですよ、コレ」


 コレ、というのは騎士用の籠手だ。

 金属製の手甲に、指の付け根を保護する金属板が付随したもので、いささか以上に重々しい。

 だが、リューコは拳で鎧を撃ち抜いた経験から、籠手で自分の拳を保護することにしたらしい。


「あたしの加護の力で、守りの力を張り巡らせると、この籠手がすっごい丈夫になるんです。そうなると、鎧でもなんでも拳でぶち抜けるんですよ」

「……すっごい力よね。その力とか速さは、加護によって手に入れたものじゃないのよね?」

「はい、元の世界でも、薄い壁ぐらいなら素手で打ち抜けてますし、ビルだって駆け上ってましたから!」


 リューコは、元の世界では様々な格闘伎を習得したプロのアスリートだった。

 彼女の世界では、画期的な外傷の治療法が発明され、様々なスポーツが活性化した。

 そしてその最たるものが、格闘伎全般だ。怪我の治療が容易となれば、危険な格闘技を習得するものも増える。結果、世界的な格闘技ブームが巻き起こり、彼女の国では学生にとって格闘技の習得は必須となっていた。

 そんな学生の中でも、ひときわ才能を示し、プロの格闘家を育てる学院に通いはじめたリューコはいろいろな格闘系部活動に参加して、数多の格闘技を習得する。

 そして、学院を代表する選手のひとりとして一躍有名人となったのだ。

 その後、彼女と同じような若き天才格闘家たちと争い、友情を育み高め合った。

 だが、彼女たちのような格闘伎の天才たちを操り悪をなす者たちも、その世界には存在した。悪徳興業団体に、選手を人形のように扱うメディア王、非人道的なトレーニングを強いる研究団体やただ自分の欲のために格闘技の腕を振るう闇の達人たち。

 そんな面々と日々戦いを繰り広げながら、格闘技の高みを目指していた16歳の高校生。

 それが、鉄拳の聖女リューコの前歴であった。


「格闘技を極めると、そんなことが出来るようになるんだねぇ……」

「はい、あたしのライバルたちにはもっと凄い人もいましたから!」


 足技で車を蹴り飛ばすムエタイ少女に、猛牛を指一本で投げ倒す柔道少女、そんなライバル達を思い起こしながらリューコは衣装を見せびらかした。


「さて、どうです? 似合いますか?」

「とってもお似合いですよ!」


 王女ワンダは上機嫌でそういってエルの方を振り向くのだった。


 エル、本名エギシ・エルミーヌは極東の島国で生まれたハーフだ。

 その世界では大国同士の戦争が終わった後も、冷ややかな睨みあいが続き、世界は常にどこかで戦火が燃え広がっていた。それでもなお、エルの故郷である島国での暮らしは平和だったが、彼女が幼いときに両親が事故死する。

 そして彼女が引き取られたのは、世界各国を渡り歩く傭兵暮らしの祖父の元だった。祖父はエルに教えた、この世界のどこかに両親の仇がいる。それを支えに、エルは一流の兵士へと成長した。

 祖父が率いる傭兵団を家族とし、あらゆる兵器と戦略について学び、数多の戦場を渡り歩いた。やがて、ある戦場で、両親の事故死を画策した仇と邂逅。あっさりとその男を撃ち殺す。両親は、ある技術の研究者であり、仇の男は両親を殺すように依頼を受けただけだったのだ。

 戦争が続く限り、両親のような犠牲はなくならない。そうエルは考えて、祖父とともに各地で戦い続けることにした。

 時には戦いから離れ、大学に通ってみることもあった。だが、戦乱が彼女のことを呼び寄せ、彼女もまた自ら戦いに身を投じ続けた。

 そして、祖父が死んだあと、傭兵団を受け継ぎ、各地の紛争解決に手を貸す凄腕の集団として名をなし続けた。

 それが、23歳となったエルの、召喚される前の人生だった。


 王女ワンダは、エルの姿をにこやかに見つめる。

 エルが身につけているのは、この世界での狩人のような格好だ。

 膝上まである長靴に革の上下。様々な装備を入れるためと特別に作らせた胴着ベストに、外に出る際には幅広の革帽子をかぶることにしたという。


「エルさんはかっこいいですよね! 西部劇のガンマンとか、映画のスナイパーみたい!」


 喝采するリューコに、エルは大人っぽく微笑みかえしながら王女にたずねる。


「でも、この手の服もそうだけど、用意が良いのね?」

「そうですか?」

「服だっていくつも予備が用意されてるし、この砦には上下水道完備、お風呂だってあるじゃない?」

「料理だってとっても美味しいですよね! 異世界転生ものって料理が美味しくないのが普通なのに」

「ふふふ、実はこれは勇者様の頑張りの結果なんですよ!」


 エルとリューコの疑問に、よくぞ聞いてくれましたとばかりに王女は答えた。


「勇者様って、あのワタルさん?」

「はい、彼もまた異世界から来た勇者様ですから。聖女召喚を開発すると同時に、聖女の皆さんがこの世界にやってきた来た際、苦労しないようにと様々な技術や設備の開発を進めてくださったんです」

「内政チートって感じだね!」


 王女の言うとおり、ワタルは崩壊者コラプスとの戦いを有利に進める方策を考える一方で、王国の生活や文化の改革にも手を貸していた。

 崩壊者コラプスとの戦いでは主力になれないまでも、彼には莫大な魔力がある。魔力を使って新素材を生み出し、国内の様々な問題を解決した。先端的な知識について詳しいわけではなかったが、治水や衛生の改善、病気の治療などについてはかなりの技術的革新を成し遂げたのだ。


「へぇ、じゃあワタルには感謝しないとね。あとで顔を出してみる?」

「あ! じゃあついでに、戦闘訓練もさせて貰おうかな!」


 この国で起きたことの一端を知ったエルとリューコはそういって、王女と一緒に部屋を出て行くのだった。


――――――


 一方その頃、ワタルはたったひとりで、黙々と水晶塊に魔法式を封入していた。

 次なる聖女召喚のために、1日でも早く儀式の準備を完成しようとしていたのだ。


「……僕が思う以上に、聖女となりえる存在っているんだな……」


 ワタルにとって、リューコの存在は驚きだった。

 加護の力なしで、岩を蹴り砕く存在がいるとは想像していなかったのだ。

 リューコだけではない、あらゆる銃器を自在に扱うエルも、想像を上回る存在だ。自分より若いのに、紛争地帯を息抜き武装傭兵団を切り盛りしていた女軍人とは、まるで映画や物語の主役のようで、


「もう迷わない。迷う必要なんてなかったんだ。きっと、どんな聖女でも僕らの力になってくれるはずだ……」


 ワタルは、次なる聖女を召喚するために、急ぎ準備を進めるのだった。

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