第13話 鬼教官の楽しみ


 闘技場は連日、多くの監修でわいている。

 聖女たちの模擬戦が一番人気なのはもちろんだが、その噂を聞きつけて各地から人が集まっているらしい。

 領主ヴェルキンスの狙い通りだったようで、人と物資の流れが活発化し、都市ヴェンターは今まで以上に活性化していた。

 そんな都市で、今日も声が響く。


『走れ走れー!! 兵士の基本は体力だ! ひたすら走れー!』

『イエス! マム!!』


 兵士志望の若者たちをしごく鬼教官は、硝煙の聖女エル。

 騎士に傭兵、守備隊に一般人まで、彼女の元には多くの兵士志望者が集った。

 彼女はそれを使える兵士とするべく、日夜訓練に明け暮れているのだ。


『教官、こちらが狙撃手希望者の中で、適正が高かった者の一覧です』

『ありがとうノエル。こっちに狙撃手用の訓練計画があるから、そのまま連れて行ってもらえる?』

『承知しました。さっそく取りかかります』


 ノエルは、王女に付き従う護衛騎士隊の1人だ。だが、彼女はいつの間にか聖女エルの下で狙撃手のまとめ役に。

 ちなみに、もう1人の狙撃手である老騎士ホヨルも、新人へ狙撃を教える教官役に収まっているようだ。

 この2人と同じく、最初期に訓練を受けた護衛騎士隊の面々は今や指導側に回っていた。

 そして、一同を指揮するのが硝煙の聖女エル。

 彼女の力は、鉄拳の聖女リューコや霧刃の聖女シズクとは違い、兵器の生み出す能力だ。

 適材適所、巨大な敵を倒すのはリューコやシズクに任せて、自分はひたすらに兵士教育を進める。それが彼女の思う最良の一手だった。

 だが、その日の新人用ブートキャンプは、途中で中断されることになる。


「すまない、エル。今回の敵は、君に……いや、君たちに任せた方が一番だと思うんだ。手を貸してくれないか?」

「ああ、もちろん手を貸すよ。……実は、そう言われるのを待っていたんだ」


 都市に迫る崩壊者コラプスの群れをシズクが加護の力により発見された。

 その数は千に及ぶ、人型で人間大の崩壊者コラプスたちが今回の相手だという。

 リューコやシズクであれば、数十体の崩壊者コラプスならばあっさりと打ち砕くだろう。

 だが、数百、ましては千を超えたらどうだろうか?

 リューコやシズクが負けることはないだろうが、倒しきれない者が出てくるだろう。

 そうなると、都市は危機にさらされる。

 そこで、勇者ワタルはエルに任せようと提案した。

 エルはこれまでリューコが崩壊者コラプスの巨人を撃退した際に協力しただけだ。

 だが、ワタルが適任だと請け負うならば、王女も領主も反対しなかった。


 そして、急造の兵士たちが戦場へ出発した。

 ほとんどの兵士は、武器を手に、後方で待機することとなる。

 厳命されていることは1つだけ、「勝手に銃を撃つな」。

 そして、エルと最初に兵士として訓練を受けた王女の護衛騎士たちだけが崩壊者コラプスの群れへと立ち向かうこととなった。

 彼女たちは都市の外に広がる原野にある小高い丘に陣取った。

 崩壊者コラプスの予想進路を考えるに、やつらは必ずこの丘を通過するはずなのだ。


「……さぁ、お前たち! やっと待ちに待った実戦だ! 用意は良いか!」

「ウーラー!!」


 ちなみにこのかけ声は、エルが教えた軍隊式のものだ。腹の底から声を出し、自らを鼓舞する雄叫びだ。


「作戦は分かってるな! なに、私の指示に従えば、たった千程度の崩壊者コラプス、すぐに粉々だ!」

「ウーラー!」

「総員、構えっ! まずは敵突出部を叩く! 機動力を奪え!!」


 都市の周囲に広がっている原野をぞろぞろと歩いてくる黒い泥でできた人の群れ。

 それらは全て崩壊者コラプスだった。

 どこかの集落を襲い、その命を奪い取ることで彼らは形を為したのだろう。

 それが集まり群れとなり、今まさに都市ヴェンターへと向かっているその眼前に、エルと兵士たちが立ちはだかる。


「全員、射撃開始!」

「イエス、マム!」


 銃声が響き始めた。

 狙撃手は、座り撃ちで淡々と射撃する。狙いは敵の足並みが揃っていない箇所。

 突出して進んでくる相手を狙ってその脚を射貫いていく。

 次に射撃するのは小銃射手たち。狙いが付けやすく連射もできるいわゆるアサルトライフル型の銃器で同じように突出部を叩く。

 脚を打たれて動きが遅くなったものは放置して、敵の動きを止めるように弾幕をはる。

 そうするとなにが起きるか。

 敵の速度が遅くなり、千の軍勢がどんどんひとまとまりになっていく。

 前の方は脚がとまり、じわじわと後続が追いつき動きがますます遅くなる。

 崩壊者コラプスには仲間を思いやる気持ちなんてものは存在しない。足の止まった者は踏まれて、時には結合しながら巨大な群れとして彼らは進み続ける。いや、進み続けようとした。


「よし、ここまでまとめたら十分! 武器を切り替えて、粉砕するよ!」

「イエス、マム!」


 エルの声で、騎士団は新たな武器を用意する。

 爆発する榴弾を打ち込む榴弾砲。手持ち型の榴弾発射機や設置する形の自動擲弾銃によって、次々に敵戦闘に射撃が開始された。

 爆発につぐ爆発。

 すでに、崩壊者コラプスは強烈な爆発で消滅させられることは分かっていた。

 だが、足止めによって一箇所にあつめた上での爆撃は、予想以上に効果を発揮していた。

 千もの崩壊者コラプスはどんどんその数を減らしていく。

 中には爆撃を避けようとするのか、迂回する影もあった。それは狙撃手が撃ち抜いて逃がさない。

 逃げられないところに、再度爆弾の雨が降ってくる。

 それを数分も続けると、爆撃によって煤けた荒野には何も残っていなかった。


 十分な射撃精度と練度があれば、たったの2手で千の崩壊者コラプスを殲滅できる。

 エルはそのことを自らの兵士によって証明したのだ。


 だが、崩壊者コラプスにはまだ秘策があった。

 それは、粉々になった崩壊者コラプスのつなぎ合せて、もう一度だけ巨大な崩壊者コラプスを生成すること。

 しかも、その大型崩壊者コラプスは、地中に溶け込み結合して、地面の中から兵士たちの襲いかかろうとしていた。

 地中に染みこんだ崩壊者コラプスの一部は、群れ集まり巨大なミミズのような体を形成。

 地面を掘り進み、兵士たちの先頭、エルに飛びかかろうとした。


 地面から飛び出す崩壊者コラプス

 エルは手中に大型拳銃を即座に生成して射撃。

 巨大な銃弾が飛び出て、崩壊者コラプスがわずかに押し戻される。

 エルは拳銃を手放し、両手に機関銃を生成。

 秒間数十発の弾丸の雨が、地面から突き出した崩壊者コラプスの口に叩き込まれる。

 じたばたと暴れ回る巨大ミミズ型崩壊者コラプス

 エルは次に、大口径の散弾銃を生成、連射で黒い泥の体に大穴を開ける。

 続いて手榴弾を生成。1つを体の穴に放り込めば、鈍い音を立てて地上から飛び出たミミズの体は粉々に。

 最後に地面に開いた穴に、もう一つ手榴弾。ドカンと爆音とともに地中の崩壊者コラプスも粉砕。

 あっというまに崩壊者コラプスの最後の足掻きはエルによって打ち砕かれるのだった。


「……これにて、作戦を終了する! 最後まで油断しないように!」

「イエス、マム!」


 兵士たちは、エルのとっさの判断力と銃の扱いに改めて感服した。

 そして自分たちもあの高みを目指さねば、と戦いを見ていた新人たちも心に誓うこととなる。

 都市ヴェンターで生まれた新たな兵団が、さらなる力を付けるのには、そう時間は掛からないようであった。

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