第25話 虚空の彼方へ
「月に本拠地? そりゃすごいね! ノエル、観測とか調査は可能かい?」
「可能です、Dr.ハツミ。これまでに行った簡易的な調査では、異常は見受けられなかったのですが、どのような点を調査すべきか、方向性が提案いただけますか? そのほうが、より効果的調査を行うことが可能となると思います」
月が
しかし、散発的に現れる
そんな2人がいま、助言を求めているのは勇者ワタルだ。
「僕の提案で、いいんですか?」
「はい、勇者ワタル。アナタがもっともこの世界の魔法という法則を知り、同時に科学技術への理解もあります。そして
「そうそう、これまでの戦いで発見した小さな情報でもいいんだ! なにかないか?」
淡々と尋ねるノエルに、ワタルがどう答えるか興味津々な様子のハツミ。
暫く考えていたワタルは、幾つかの資料を手に、ひとつの推測を彼女たちに明らかにした。
「この世界の魔法には様々な側面があるのは聖女のみんなも分かってきてると思うけど、その中に一つ、『精霊の力』というものがあるんだ」
「知ってる! それってカリンが超能力にエネルギーを与えてくれてる力でしょ?」
「そう、魔法学的に言うならば、この世界に満ちている情報エネルギーである
「ほうほう、そしてそれが
「ああ。この『精霊の力』という魔力の一種は、
「では、
「自然に考えればそうなるだろうね、ノエル。ただ、おかしい話だけど、やつらが活動に必要とするエネルギー量よりも遙かに多くのエネルギーが消えているんだ。そうなると、ここからは僕の推測なんだけど、魔力とかの大気に満ちているより大きな力も、
そんなワタルの推論を聞いて、考え込むノエルとハツミ。
ちなみに、他の聖女たちも周囲には集まっているのだが、こっちは自分たちの知識ではわからない話だと早々に見切りを付けてお茶とお菓子を静かに楽しんでいた。
しばらく、いくつもの仮説やノエルの調査データを見比べていたハツミ博士はふと一連の情報を指さした。
「ワタル、一つ聞きたいんだけど、
「そうだね、ハツミ博士。以前、王家の考古学者に聞いた話では、
「じゃあ、そいつらは急に増えた、ってことになるかな?」
「ああ、僕や王都の研究者はそう考えていた。なんらかの周期があるのか、なんらかの切っ掛けで増えるのか、という調査をしていたね」
「逆に考えて見たらどうかな? やつらは急に増えたんじゃなくて、ゆっくりと増えてエネルギーがふえるのを待っていた。エネルギーが増えたらそれを回収して持って帰るのが
「……つまり、エネルギーが増えたから、それで増えたんじゃなくて、エネルギーが増えるのを待って隠れていた?」
「そう。その根拠は、やつらが人の魂まで収集していたことなんだ」
「ああ、死霊使い型の
相談しているハツミとワタル。2人は、そこで自分たちより魂に詳しい聖女について思い出した。
「あぁ、僕たちより専門家がいるじゃないか。タマキ、君なら分かるかな?
急に話を振られたタマキは、クッキーを急いで咀嚼してから飲み込んで、エルから渡されたお茶で一息入れて返答する。
「えっと……確保してるように見えました! あの黒いドロドロは、魂を周囲につなぎ止めてそれを力として使っていたんですけど、全部を使い切ろうとしなかったですから」
「それじゃ、本当なら一気に使い切る、っていうこともできたってことかな?」
「はい、ハツミ博士。私の世界の悪いヤツラがそういうことするんですけど、魂に圧力をかけて、爆発させるみたいに使うのが一番怖いんです。でも、黒いやつらはそれをしてませんでした」
これはもしかすると、とハツミがさらに仮説を検証しようとしていると、ノエルがあるデータを示した。
「Dr.ハツミ、どうやらアナタの仮説が正解だと思われます」
「え、なにかわかったのかい?」
「月にある本拠地、それを我々はヤツラがどこかからやってきた場所や、生まれ出ずる場所だと思っていましたが、ドクターの推論に従って考え方を変えたところ、本当の姿が見えてきました」
ノエルが指し示すディスプレイに映るのは、巨大な穴だった。
「月にあるのは、不可視の巨大な穴です。あの場所にあるのは、本拠地ではなく
「ノエル、その確証は?」
「時空間に開けられた穴の規模、そしてその周囲から奪われているエネルギー量、
「じゃあ、
「聖女と逆? それはどういうでしょうか」
急に聖女という単語が出てきて驚いたのは王女ワンダだった。聖女召喚の儀式は勇者ワタルが創り出したものだ、それが
「ワタルから聖女召喚が勇者召喚の儀式を元に作られたという話を聞いて、わたしは感心したんだ。聖女召喚は、他の世界から可能な限りなにも奪わないように調整されている。それこそが、ワタルが聖女召喚に定めたルールなんだと」
「なにも奪わない、ですか……」
「ああ、そうだ。元の世界では命運尽きかけた存在を対象として定め、たとえこっちの世界に召喚しても元の世界から大きな損失を生じないように配慮してる。そして、召喚した存在には女神の加護によって新たな力を与えて、復活させた上でこの世界に多くをもたらすような存在として尊重しているって感じだね」
そうだろう? とハツミが尋ねるので、確かにそういう想定だ、とワタルは肯定した。
「では、なにも奪わないで、むしろ女神の加護を付加することで、世界に対して多くのものをもたらす聖女召喚の逆ということは……」
「ああ、あらゆるもの、物質に力、はては魂までを奪って、奪っていくのが
そうハツミは結論づけた。他の面々もしばらくそれを聞いて頭を悩ました結果、
「つまりは、
「あー、なんとなくそれで腑に落ちたね。じゃ、月にある穴を塞げばそれでお終いってことか!」
リューコの雑なまとめは、エルや他の面々にはわかりやすかったようで、とりあえずの方針は定まったようだ。
月にある不可視の穴、
そして、数ヶ月の歳月が流れた。
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