第25話 虚空の彼方へ

「月に本拠地? そりゃすごいね! ノエル、観測とか調査は可能かい?」

「可能です、Dr.ハツミ。これまでに行った簡易的な調査では、異常は見受けられなかったのですが、どのような点を調査すべきか、方向性が提案いただけますか? そのほうが、より効果的調査を行うことが可能となると思います」


 月が崩壊者コラプスの本拠地であると超能力者カリンが指摘して、すぐに調査を開始した『発明の聖女』ハツミと『機巧の聖女』ノエル。彼女たちはこれまで王都の復興と、工業的な発展を中心に活動していた。

 しかし、散発的に現れる崩壊者コラプスとの戦いで、この2人の聖女も戦いに参加した。ハツミは発明家としてこれまで造り上げた様々な新兵器を駆使し、ノエルは遙か未来の戦闘兵器として、これまでの聖女達に勝るとも劣らぬ活躍を見せた。

 そんな2人がいま、助言を求めているのは勇者ワタルだ。


「僕の提案で、いいんですか?」

「はい、勇者ワタル。アナタがもっともこの世界の魔法という法則を知り、同時に科学技術への理解もあります。そして崩壊者コラプスを最もよく知るアナタこそが適任であると判断しました。なにか、崩壊者コラプスの特徴や能力、本拠地にまつわる推論はありませんか?」

「そうそう、これまでの戦いで発見した小さな情報でもいいんだ! なにかないか?」


 淡々と尋ねるノエルに、ワタルがどう答えるか興味津々な様子のハツミ。

 暫く考えていたワタルは、幾つかの資料を手に、ひとつの推測を彼女たちに明らかにした。


「この世界の魔法には様々な側面があるのは聖女のみんなも分かってきてると思うけど、その中に一つ、『精霊の力』というものがあるんだ」

「知ってる! それってカリンが超能力にエネルギーを与えてくれてる力でしょ?」

「そう、魔法学的に言うならば、この世界に満ちている情報エネルギーである魔力マナのなかで、非物質界に属するエーテルプレーンの一側面がその精霊力であると言われていて……」

「ほうほう、そしてそれが崩壊者コラプスとなにか関わりが?」

「ああ。この『精霊の力』という魔力の一種は、崩壊者コラプスが出現している場所では、極端に減衰する、ということを精霊系の力を使う魔法使いや、女神の加護持ちが言っていたんだ。実際、計測でもそういう傾向にあることは確認されている」

「では、崩壊者コラプスは何らかのエネルギーを吸収して活動の力に当てているということでしょうか? 勇者ワタル」

「自然に考えればそうなるだろうね、ノエル。ただ、おかしい話だけど、やつらが活動に必要とするエネルギー量よりも遙かに多くのエネルギーが消えているんだ。そうなると、ここからは僕の推測なんだけど、魔力とかの大気に満ちているより大きな力も、崩壊者コラプスは吸収しているかもしれない。こちらは総量が多いから数値的にはあまり変化がでないだけとか……」


 そんなワタルの推論を聞いて、考え込むノエルとハツミ。

 ちなみに、他の聖女たちも周囲には集まっているのだが、こっちは自分たちの知識ではわからない話だと早々に見切りを付けてお茶とお菓子を静かに楽しんでいた。


 しばらく、いくつもの仮説やノエルの調査データを見比べていたハツミ博士はふと一連の情報を指さした。


「ワタル、一つ聞きたいんだけど、崩壊者コラプスってのは、ここ最近やってきた、ってワケじゃないんだよね?」

「そうだね、ハツミ博士。以前、王家の考古学者に聞いた話では、崩壊者コラプス自体の記録自体は、かなり古くから存在しているらしい。古より人と相容れない呪われた存在、として記録されてきたみたいだね」

「じゃあ、そいつらは急に増えた、ってことになるかな?」

「ああ、僕や王都の研究者はそう考えていた。なんらかの周期があるのか、なんらかの切っ掛けで増えるのか、という調査をしていたね」

「逆に考えて見たらどうかな? やつらは急に増えたんじゃなくて、ゆっくりと増えてエネルギーがふえるのを待っていた。エネルギーが増えたらそれを回収して持って帰るのが崩壊者コラプスたちの存在意義なんじゃないか?」

「……つまり、エネルギーが増えたから、それで増えたんじゃなくて、エネルギーが増えるのを待って隠れていた?」

「そう。その根拠は、やつらが人の魂まで収集していたことなんだ」

「ああ、死霊使い型の崩壊者コラプスだね。確かにやつらは、人の魂を使って、それを力として使ったり、自分を強化するために使ったりするようだけど……」


 相談しているハツミとワタル。2人は、そこで自分たちより魂に詳しい聖女について思い出した。


「あぁ、僕たちより専門家がいるじゃないか。タマキ、君なら分かるかな? 崩壊者コラプスは人の魂を集めて、どこかに持ち出すために確保しているように見えたかい?」


 急に話を振られたタマキは、クッキーを急いで咀嚼してから飲み込んで、エルから渡されたお茶で一息入れて返答する。


「えっと……確保してるように見えました! あの黒いドロドロは、魂を周囲につなぎ止めてそれを力として使っていたんですけど、全部を使い切ろうとしなかったですから」

「それじゃ、本当なら一気に使い切る、っていうこともできたってことかな?」

「はい、ハツミ博士。私の世界の悪いヤツラがそういうことするんですけど、魂に圧力をかけて、爆発させるみたいに使うのが一番怖いんです。でも、黒いやつらはそれをしてませんでした」


 これはもしかすると、とハツミがさらに仮説を検証しようとしていると、ノエルがあるデータを示した。


「Dr.ハツミ、どうやらアナタの仮説が正解だと思われます」

「え、なにかわかったのかい?」

「月にある本拠地、それを我々はヤツラがどこかからやってきた場所や、生まれ出ずる場所だと思っていましたが、ドクターの推論に従って考え方を変えたところ、本当の姿が見えてきました」


 ノエルが指し示すディスプレイに映るのは、巨大な穴だった。


「月にあるのは、不可視の巨大な穴です。あの場所にあるのは、本拠地ではなく崩壊者コラプスがこの世界から出て行くときに使う穴。彼らの目的は、この世界からさまざまなエネルギーを収集して持ち出してしまうことだと思われます」

「ノエル、その確証は?」

「時空間に開けられた穴の規模、そしてその周囲から奪われているエネルギー量、崩壊者コラプス自体の行動原理から総合的に判断して、ほぼ確実です」

「じゃあ、崩壊者コラプスの目的もわかったね。やつらはこの世界のエネルギーを全部吸い取って奪って去って行く存在、つまり聖女とは真逆だね」

「聖女と逆? それはどういうでしょうか」


 急に聖女という単語が出てきて驚いたのは王女ワンダだった。聖女召喚の儀式は勇者ワタルが創り出したものだ、それが崩壊者コラプスとなんらかの関わりがあるのか、それが気になった王女なのだ。だが、ハツミはいう。


「ワタルから聖女召喚が勇者召喚の儀式を元に作られたという話を聞いて、わたしは感心したんだ。聖女召喚は、他の世界から可能な限りなにも奪わないように調整されている。それこそが、ワタルが聖女召喚に定めたルールなんだと」

「なにも奪わない、ですか……」

「ああ、そうだ。元の世界では命運尽きかけた存在を対象として定め、たとえこっちの世界に召喚しても元の世界から大きな損失を生じないように配慮してる。そして、召喚した存在には女神の加護によって新たな力を与えて、復活させた上でこの世界に多くをもたらすような存在として尊重しているって感じだね」


 そうだろう? とハツミが尋ねるので、確かにそういう想定だ、とワタルは肯定した。


「では、なにも奪わないで、むしろ女神の加護を付加することで、世界に対して多くのものをもたらす聖女召喚の逆ということは……」

「ああ、あらゆるもの、物質に力、はては魂までを奪って、奪っていくのが崩壊者コラプス。つまりあの大穴を塞がなければ、この世界からいろんなものが流れ出ていってしまう、非常に害ある存在ってことだね」


 そうハツミは結論づけた。他の面々もしばらくそれを聞いて頭を悩ました結果、


「つまりは、崩壊者コラプスってのは、お風呂の水栓を抜いて水を全部流しちゃうやつってことだね!」

「あー、なんとなくそれで腑に落ちたね。じゃ、月にある穴を塞げばそれでお終いってことか!」


 リューコの雑なまとめは、エルや他の面々にはわかりやすかったようで、とりあえずの方針は定まったようだ。

 月にある不可視の穴、崩壊者コラプスの落としピットということで崩壊陥穽コラプトピットを封じるのが次なる目標として定められたのである。


 そして、数ヶ月の歳月が流れた。

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