第16話 快進撃のはじまり

 数日が経過した。

 今日も都市ヴェンターは大賑わい。連日、祭かのように人があつまり熱気が渦巻いている。

 だが、それも仕方がないだろう。

 数日前、王女による布告が出されたのだ。

 それは、都市ヴェンターを新たな拠点として、王女を中心に勇者と聖女による国土回復のための一大軍勢が形成されるというものだ。


 ワールレント王国は滅びの危機にある。だが、まだ滅んでいないのは、まだまだ国民が生き延びているからだ。つまり、国土のいたるところに崩壊者コラプスたちが広がっているが、まだ生き延びている都市がいくつかあるのだ。

 遺された拠点の中で、最大規模のものは、辺境の都市ヴェンターと王都を繋ぐ道沿いにある川沿いの都市ガルマキエフ。

 学問都市とも呼ばれ、多くの魔法使いが学ぶ魔法の都であった。

 ここは王都の守りとして機能する都市の1つで、多くの魔法的な防御が備わっていた。その力で今もなお生き延びているらしい。

 王女による国土奪還軍は、魔法都市ガルマキエフを解放するため、都市ヴェンターを出発した。


――――――


「てっきり、徒歩で移動するのかと思ったけど、快適だね~」


 馬車の中、脚を伸ばして寛ぐリューコ。そんな彼女の脚をぺちぺち叩いて、マナーを注意するシズク。

 その隣には、資料を眺めるエルに外を眺めるのに忙しい超能力少女カリン。


「でも、良いのですか? 私たちばかり楽をしているのは心苦しいのですが」

「いいえ、大丈夫ですよ、シズクさん。だって、聖女の皆さんは、いざというときの切札ですから」

「そうですか?」

「はい、なのでたとえ居眠りしていようと、美味しいものを食べていようと、文句を言う人はいませんよ。部隊の皆さんは、聖女の皆さんの強さを理解していますし、それを頼りに思っていますから」


 王女ワンダはニコニコわらって、一同に水とお菓子を手渡した。

 ちなみに、彼女たちの馬車をひいているのは、二足歩行の大きなトカゲだ。

 獰猛そうに見えて意外に温厚で、しかも草食。馬車を引くのにうってつけの相棒だ。

 御者台には、騎士団長のアラヴルス。彼を始めとする王女の護衛騎士たちは、最精鋭の兵士として同行していた。

 なお、今でも多くの兵士たちは都市ヴェンターに残り訓練を続けていた。

 エルが遺した教練の手引きにより、新たに生まれた兵士たちが今度は教師となり後続を育てているのだ。

 弾薬の数に制限はあれど、彼らは各地へ散らばり人々を崩壊者コラプスから守る盾となる予定であった。


 御者台には、アラヴルス以外にもう一人。勇者ワタルがいた。

 暇そうに、遠くを眺めているワタルに、団長アラヴルスは声をかける


「……勇者様。中に戻らなくていいのですか?」

「アラヴルスさん、中は女性だらけなんです。僕にはそんな度胸はありませんよ」

「そうですか、折角の良い機会だと思うんですがねぇ」


 王女とともに、数年を王都で過ごしているワタルはもちろんアラヴルスと親しかった。

 聖女たちや王女に見せる様子よりも、行く分子どもっぽく、ワタルはアラヴルスの軽口を笑って流して、


「良い機会、っていうのは、なんの良い機会です? まさか、僕の良いところを見せる機会、とか?」

「おや、自分でも分かってるじゃないですか。あなたは聖女たちをこの世界に呼び出すための要、そして聖女たちのためにすこしでもこの世界が良いところになるようにと、努力してきた英雄なんですから」


 そんなアラヴルスの言葉に、照れ笑いを浮べるワタル。


「……アラヴルスさんはそういって僕を持ち上げてくれますが、僕自体だけではどうにもなりませんから。でも、僕のしてきたことに間違いはなかった。聖女のみなさんがいれば、この戦い、きっと勝てますよ!」

「聖女のみなさんと……そして勇者様がいれば、きっと大丈夫でしょうね」

「あと、王女様と騎士団長と護衛のノェルさんやテグくんに……」

「はっはっは、みんなで掛かればきっと勝てるでしょうね」


 笑い合う騎士と勇者。

 目的地の魔法都市まではあと少しだった。


――――――


 魔法都市ガルマキエフには、最強の都市防衛魔法、都市全域を囲う三重の強力な結界が備わっていた。

 都市の規模が小さいため可能な結界だが、その堅牢さは王都陥落後にガルマキエフへ多くの崩壊者コラプスが押し寄せてから、長い間ずっと保ち続けていたことからも一目瞭然だった。

 だが、問題は都市にあまり生産能力がないことだ。

 水ならまだなんとかなる。しかし食料はあまり手に入らない。

 そこで、ガルマキエフの魔法使いたちは、自分たちだけは自由に結界を出入り出来ることを利用して、外部へ食料を買い付けに出ていた。

 魔法を駆使して、ひっそり隠れて外に出ることもあれば、強力な攻撃魔法を連発して無理矢理に押し通ることもあった。

 だが、食糧確保のための遠征するたびに、被害が生じて魔法使いの数は減っていった。

 このままでは、結界が保ったとしてもいつかは限界がくる。

 そんな最中、遠くから不思議な一団がやってきた。


 馬車を連れた兵士たちらしき集団だ。

 だが手にした武器は、みたこともない金属の塊。

 そして、先頭にたった4人の女性がいる。


 都市ガルマキエフにある物見の塔から、それを見つけた魔法使いたちは戦慄した。

 部隊を作るほどの勢力がまだ残っていたのだ、と喜ぶと同時に、あのままでは無駄死にしてしまう、と恐怖が沸き起こった。

 だが、かれらの想像は裏切られる。


 都市ガルマキエフを包囲していた崩壊者コラプスたちは、一斉に新たに出現した部隊に襲いかかった。

 いや、襲いかかろうとした。

 その鼻先を、爆発と弾丸の雨が襲った。『硝煙の聖女』エルとその部隊が放った弾幕が崩壊者コラプスを打ち砕く。

 次に崩壊者コラプスの大物が飛び出してくる。

 山のように大きな亀型の崩壊者コラプス、そして巨大な翼を広げる鳥型の崩壊者コラプスだ。


 高く高く飛び上がった『鉄拳の聖女』リューコが、跳び蹴り一発で亀型の崩壊者コラプスを粉砕する。

 刀を一閃した『霧刃の聖女』シズクは、その刃が霧にのってはるか上空を飛ぶ鳥型の崩壊者コラプスを真っ二つにしたのを確認して、刀を納めた。

 そして、うじゃうじゃと群れ集まってくる人型の崩壊者コラプスを『超能の聖女』カリンがまとめて叩きつぶし、土の波で飲み込んでしまった。

 あっさりと全滅していく崩壊者コラプス、勝てないと悟ったのか逃げようとするものもいた。ワタルも都市の魔法使いも、逃げようとする崩壊者コラプスに気付き驚愕する。崩壊者コラプスにそこまでの知能や戦略が存在すると、彼らは知らなかったのだ。

 だが逃げようとした数体の崩壊者コラプスは次の瞬間粉々になった。

 『硝煙の聖女』エルに手抜かりはない。可能性を考慮し、戦場から敵が逃げ出したときのために、狙撃部隊を控えさせていたのだ。

 逃げだそうとした崩壊者コラプスは、脚や翼を狙撃され動けなくなったところを仕留められるのだった。


――――――


「……じゃ、ここの解放は王都奪還への第一歩ってことね?」

「ああ、ここを足がかりに、王都をとり戻す。といっても王都は……」


 エルの言葉にワタルは言いにくそうに言葉を濁す。

 王都は、決死の抵抗を行い多くの民を都市の外へと逃がすことに成功した。

 その結果、王都が戦場となり、今では多くの崩壊者コラプスが巣くう場所となってしまっているはずである。

 そして、そのことを一番悔やんでいるのは王都を逃げ延びたワタルともうひとり。王女ワンダであった。

 王女ワンダは頭を下げて聖女達に頼む。


「もう誰もいないでしょうが……国民の皆さんのためにも、王都を奪還したいのです」

「国民のため、ですか?」

「はい、カリンさん。王都はこの国で最大の人口を誇る都市でした。多くの国民が犠牲になってしまいましたが……最大都市が私たちの手に戻れば、それだけ多くの人が帰ってくることができるはずなんです」

「それなら、是非協力させて下さい。みんなはどう思います?」

「私もシズクと同じで、協力するよ。王都が解放されればさらに兵士たちを訓練する環境が整うだろうし」

「あたしももちろん賛成! どんな敵だって倒しちゃうよ、ねぇカリンちゃん!」

「はい、きっとカリンたちが頑張れば、この都市と同じで取り返せますよね!」


 賛同してくれる聖女たちに感謝しながら、王女ワンダは告げる。


「はい、ですがひとつだけこれまでと違うことがあるんです……」

「敵が強くなるとか? そういうことならまだまだカリンもリューコやシズクも余裕があるから平気だと思うけど?」


 エルの言葉に首を振るワンダ。ワンダに変わって勇者ワタルが敵の違いについて解説を始める。


「王都では、多くの人々が犠牲となったんだ。だから、王都はすでにあふれ始めている」

「あふれるっていうのは、崩壊者コラプスが増えて、外に向かってうじゃーっとわきでてくるってやつだよね?」

「ああ、リューコの理解で間違いない。だけど、そこで問題になるのが、死んだ人たちの魂なんだ」


 魂、と聞いて首を傾げるリューコたち。


「……君たちの世界では、魂って言われても馴染みが無いかも知れないけど、この世界にはちゃんとあるんだ。魂というものが。その人が生きていたなごり、存在の痕跡や魔法的な影とも言われているんだが……それを溢れる崩壊者コラプスたちは活用する」

「つまり? 崩壊者コラプスに魂がやどるってこと?」

「ああ、崩壊者コラプスが魂を取り込んで、偽装するんだ。かつて生きていた人間の影となり、力を奪って……いうなれば、実体のある幽霊のような存在になる」

「幽霊!? ダメダメ! それだけは絶対にダメ!」

「怖いのは苦手です!」


 震え上がるリューコとカリン、良く見れば、シズクもじっと身を固くしている。


「……もしかして、幽霊とか駄目なのかな?」

「ほら、わたし以外の聖女たちって、みんなうら若き少女たちだからね。怖いのだけはどうにもならないし」


 エルも困ったように微笑むしかなかった。最高戦力である聖女たちにも苦手な相手が存在するのは仕方のないことだった。


「……いいことを思いつきましたよ!」

「王女様、いいこととは?」

「はい、勇者様。わたしも幽霊とか、死者の姿と声をかりて現れる崩壊者コラプスとかは苦手なので、気持ちはわかるのですが……次の聖女様を呼ぶ際に、そういったことが得意な聖女様を呼んだらどうでしょうか?」

「えーっと、つまり幽霊退治の専門家を呼べばいいってことかな。そんなのいるんだろうか?」


 首を傾げる勇者ワタル。

 だが、傾げたままに超人格闘家少女リューコと超能力少女カリン、超越剣術家少女シズクに最強軍人聖女エルを見つめて。


「……いや、探せばいる気がしてきた。よし次はそれでいこう」


 こうして次の作戦は決まった。

 幽霊につよい聖女を呼ぶこと、そして王都を奪還すること。

 そして、王女と勇者、聖女達の忙しい日々が再び始まるのだった。

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