07 今日
「……そうや、折角やし、わて、
「土産、ですか」
利休さまはどこからか取り出したのか文房四宝(紙、筆、硯、墨)を並べて、さらさらと書き始めました。
「宗拾はんは、そのそろりそろり言う、
そう書いた紙を渡して寄越しました。
「……関白はんのお心遣いが有っても、何や思いつめて宗拾はんをやろうっちゅう、わての弟子が
その時からでございます。
私が、
坂内宗拾という名は、関白さまの御伽衆となるために
「せや、
利休さまは新たな紙に、さらさらとまた、その名を記されました。
その時、ぶつくさと、村の出だといちいち気にしくさって、関白はんかて村の出やねん、と呟いておられたのを、よく覚えています。
……長くなりましたな。
実は、鞘は出来ております。
こちらに。
……ええ、それはもう、御佩刀にそろりと合う鞘でございます。
*
曽呂利新左衛門どのの
「……しかし、どうして今さら、拙者にその噺をされたので?」
曽呂利どのはくすくすと笑われて、それから言った。
「そりゃあもう、今、貴方はその名を名乗られているのでしょう、今さら」
「……これはしたり」
「
「そういうことをせんでも、拙者はやっていける、信州の片田舎の村の出ということを、そこまで卑下しないでやれる、というのを示したかったのでござる」
つまりは意地でござる、と拙者は付け加えた。
紆余曲折あって、人質として大坂へ移った時、田夫野人とからかわれていたところを、「何やねん、秀吉はんかて田舎者やで」と一喝して救ってくれたのが利休さまだった。
礼を言うと、利休さまは「何、あんさんの
しかしその後、何くれとなく世話を焼いてくれた。
そうこうするうちに。
利休さまは切腹と相成った。
関白さまが利休さまに切腹を申し付ける際に、首斬り役を買って出たのも、せめて最期は拙者がと思うたからだ。
けれども関白さまは「信繁、お
「……そういう
「ええ」
「するとなおさら、何故、今さら、それを名乗りなさるので」
「意地を張るのも、もういいだろうと思いまして」
もう……利休さまの弟子が、豊臣家が、という時代は終わった。
それに、もう村の出だの田舎者だの何だの言われても、気にならない。
拙者は茶をそこまで出来はしないが。
今なら。
「今こそ……利休さまのように、生きて……そして死んでいく……そういうことが出来るかと思うて」
「
「…………」
「驚かれましたァか。この曽呂利もまた、堺の産や。これぐらいは泉州言葉をやれます。せやから、敢えてこの言葉ァで申し上げまひょ」
曽呂利どのはにこりと微笑んだ。
「ご武運を、幸村はん。生くるも、死ぬも、あんさんの思うとおりにやりなされ。利休さまの好きやったあんさんの
「……
拙者もまた、利休さまの
*
――こうして、真田幸村さまは大坂の陣に
その生き様は、利休さまと同様に、私にとって、とてもとても
ゆえに、語ることにいたしました。話すことにいたしました。
今日、こうしてこの
あなたにも聞こえましたでしょうか、否、読めましたでしょうか。
きょう、を。
――おあとがよろしいようで。
*
曽呂利新左衛門。
鞘師であったが、その当意即妙な頓智により、豊臣秀吉に御伽衆として召し抱えられる。やがて市井に戻り、その後、落語を始め――噺家の祖として伝えられる。
真田信繁。
「真田日本一の
それは、当代一流の噺家が伝え話したからかもしれない。
【 「きょうを読む人」 了 】
きょうを読む人 四谷軒 @gyro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます