第17話 流星群

『ベルホルトさん、そのコレクションはお売りにならないのですか?』

 塔の書斎、螺旋階段の下に置かれた作業場の、柱に掛けたショーケースには様々な形をしたガラスペンが飾られていた。曰くコレクションだと言って自慢げに笑った持ち主、道ばたの家の当時の家主であるベルホルトは、山羊頭の商人にやんわりと断った。

『もったいない。ガラスなんて、大陸では手に入りません。どれも海の向こうから買い付けたものでしょう? それをこれだけコレクションできるなんて、流石は貿易国リベアの子爵家ですなぁ』

 垂涎ものの一品を前に諦めきれない商人は、粘着質に何度も食い下がった。しかしベルホルトは相変わらずの甘いマスクで微笑むだけで、首を振ることはない。

『がめついのはよくありませんよ、御仁。いえ、商売熱心なのは結構ですが……』

『ああ、ああ失敬失敬……。しかしまぁ、こうして一列に並べると、まるで流星群のようじゃぁないですか』

 ランプの明かりがガラスに反射して、てらてらと煌めく。星空を滑空して燃え尽きる星屑のような――その淡い煌めきは、奇しくもベルホルトの瞳の色に似ていた。

『綺麗なものは我々だけで楽しみましょう。またエストスから”文化の密売人”などと罵られない為にも』

『ふふふ、その不名誉、本売りの勲章じゃぁないですか』

 山羊頭の商人が悪戯に笑い、ベルホルトも吊られて肩を揺らして笑った。


 肩まで降りた紫色の髪、煌めきを映す金色の瞼、穏やかで、紳士的で、野心的で、微笑みかけるその表情は蕩けるように甘い。まるで王子様のような、元貴族の男。

 塔を彷徨う白い靄――”無月”が見せる塔の記憶は、モイラに前家主の姿を教えてくれた。




「モイラ様、起きて下さい。朝ですよ」

「んがぁ??」

 体を揺すり起こされて、モイラは間抜けな声を上げた。身体を起こそうと身をよじると、芋虫のように毛布をぐるぐる巻いていることに気付く。ああそうか、ここは家ではないのだ――寝ぼけ眼を擦りながらそんなことを思い出し、大きく欠伸をした。

「本当だ、外が明るいなぁ……」

「緊張感がありませんねぇ……」

 一晩だけ宿を借りた山小屋の窓から、朝陽が差し込んでいる。机の上には聖グリフォンの置物と、小石、そしてゴールデンが大の字になってイビキを掻いている。

「なんか、久しぶりにベルホルトさんの夢を見ちゃったなぁ……」

 いつか見た無月の記憶に過ぎないが、夢の中とはいえ前家主の姿を見られるのは、モイラにとって格別である。あの甘い微笑みを思い出すと頬が熱くなり、いつまでも夢の余韻に浸っていたくなった。

「ちょぉっとぉ!? 不細工な面で主様を思い出すんじゃぁないわよ! アンタ、実際に会ったこともないくせに図々しいのよ!」

「うわぁ!」

 目にハートを浮かべていたモイラに一喝いれたのは、ロットの鏡に収まっているカナカレデスであった。カナカレデスは付喪神になる前――ベルホルトが道ばたの一軒家に移り住む前からの付き合いなので、ベルホルトに入れ込んでいる。

 カナカレデスによって正常な意識に引き戻されたモイラは、ベリルに続いて荷物を纏め始めた。外に繋いでいた愛馬に荷を積み、外套のフードにゴールデンが収まると、いよいよ出立である。

「お世話になりました」

 馬の手綱を引きながら、モイラは誰もいない山小屋にお辞儀をした。なんとなく礼儀は必要だと思えたのは、空き家とは思えなかったからだ。

「ここの家の人、何処に行っちゃったのかしらね? 戻ってこないのかしら」

 モイラは首を捻りながら一晩遅れて疑問を口にした。昨晩その辺りの議論を終えていたゴールデンとベリルは顔を合わせ、目配せをした後に「その件ですが」と口火を切った。

「モイラ様、気になることがあるので、少し寄り道をしましょう」

「え? 急がなくてもいいの?」

 モイラは眉を寄せた。身体が疲れていたからとはいえ、朝まで寝てしまった。あと30分足らずで着くというのなら、早く向かいたい気持ちがある。

「急がば回れといいますでしょう?」

 しかしそんなモイラを宥めるよう、ベリルは和やかに笑ったのだった。

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