第3話 今年の秋は――かぼちゃ

「あー! ホッパーいらっしゃい! お茶入れるから待ってて!」

 かたん、と家門が開く音に気付いて庭先に回ると、大きな荷物を抱えたホッパーが立っていた。

 モイラは虫干し途中の本を抱えたまま一度ダイニングキッチンへと引っ込み、シューシューと湯気を噴く土瓶の火を止めた。この一年ですっかりホッパーが立ち寄る習慣が出来ており、モイラは”ホッパーがやってくる”頃合いがつかめるようになっていた。

 あらかじめ用意してあったティーポットに茶葉と湯を注ぎ、多めに作って置いたニョッキのトマトスープと柿をトレイに乗せる。ホッパーが商売に向かう道すがら、ここでランチタイムをすることはすっかり習慣になり、モイラも慣れたものだった。

「はぁいお待ちどうさま!」

 すっかり定位置となった青銅製のテーブルにトレイを置くと、横で荷物を下ろしているホッパーが振り返り、じっとモイラを見下ろした。

「そのミトンの服、着てくれてるの?」

 よもや開口一番に着ている服について問われるとは思わず、モイラはきょとんとした。だが自分の着ているミトンのワンピースを見下ろしてすぐに質問の意を悟る。

「ああこれ? ホッパーに貰ってからずっと着てるわよ! 暖かいし楽だし、冬はこれで乗り切れるってね!」

 モイラはワンピースの裾を抓んで一回りした。ハイゲージな胴体部分に、袖や側面だけローゲージになっている変わったデザインが気に入りで、何より秋では暑いほどにぽかぽかして機能的である。これがあれば今年の冬は怖い物なしなので、モイラは普段着として重宝していた。

「それはあげたんじゃなくて、売った」

 モイラのご機嫌ぶりをじっと眺めていたにもかかわらず、ホッパーが突っ込む視点はずれている。モイラは頬を爪先で掻きながら「そこに拘るんだ」と苦笑した。

「ああまぁ……本10冊分と物々交換したから、売ったことにはなるかもね。でもこれってミトンのワンピースでしょ? 古本10冊とはちょっと値段が釣り合わないんじゃないかな~……と思って……」

「原価からさらに割り引いて売っただけ。あげたんじゃない」

「え~……」

 不満げなモイラを余所に、ホッパーはさっさと椅子に腰掛けると、まだ暖かいニョッキのスープを啜り始めた。

 

 1年前――大災害により、半島一帯に夏が来なかった。

 モイラとホッパーの故郷であるホルトス村は土地が痩せており、隣村の農地に出稼ぎに出ることで食いつないでいたが、夏に肥やせなかった土地の回復には数年かかってしまう。ホルトス村の男達は手を取り合って商売に転じ、半島の先端にある大国リビアに赴いた。しかしどういうわけだかこのホッパーだけは、リビアとは逆方向の大陸側に商売に出ている。ホルトス村から大陸――半島と大陸の付け根にある大国エストスに向かう一本道は険しく長い。途中にあるモイラの家はちょうど良い中継地点といえた。

 そんなホッパーはモイラの2つ下、16歳になった。 商売の才覚があるのか立派に金を作って帰ってくるのでモイラは感心していたが、商売人としての拘りがある故か、何かと商売に結びつけたがる。


「そうやってさぁ、商売に拘るくせに原価から割り引いちゃうなんて、ちょっと変な話よねぇ!」

 モイラはホッパーが背負っていた籠を覗きながら、尚も食い下がっていた。ホッパーは同じ村で育った昔なじみでもあるのに、商売ばかりの付き合いをされるのはいい気がしなかった。

「変じゃない。モイラはお得意様だからサービスするのは当然」

 ホッパーは皿の底に残ったトマトスープの残滓をスプーンで拭いながら反論した。こんなやりとりも1年前から頻発するので、お互いに交わし方が熟練している。モイラははぁと大きなため息をつきながら、ホッパーの荷物から縄を拝借した。

 ホッパーの荷物は度々重くなっていて、籠では入りきらず薪を運ぶ用の背負いに荷物を纏めていた。そのせいか、この一年で体格も大きくなりモイラを見下ろすまでに成長している。重い荷を背負いながら丸一日以上も歩くホッパーのストイックさには感じ入るばかりだが、モイラにすればもう少し肩の力を抜いて欲しいと思っていた。

「たまにはさぁ、プレゼントとかしてくれても良いんだからね? そういうちょっとした見返りがないお付き合いとか、あってもいいと思うんだけどなぁ……」

 商売だけの付き合いというのはなんだか距離が遠い。この一年でお互いに気兼ねなく話ができるようになったというのに、ホッパーから微妙に距離を取られている気がしてならない。しかし深く考えるとドツボに嵌まるので、モイラは考えないようにしていた。

 モイラは思考を振り払うように首を振ってから、庭先からダイニングに続く大窓を開け、あらかじめ用意しておいた古本の束に縄を通し始めた。

 毎日毎日積ん読を消化しているモイラにとって、既読の本は増えていくし、他国の言語で書かれた本も在庫が多くて嵩張るばかりなので、それらをホッパーに卸すのが商売の要であった。

「……プレゼントほしいの」

 背後からホッパーのぼやきが聞こえ、モイラは肩をびくりと揺らした。彼の疑問符を踏まない淡々とした口調には慣れていたが、ここ最近声変わりをしたせいで随分印象が変わってしまった。急に大人に話しかけられたみたいでドキッとする。

「え……」

 モイラが返答に困りながら振り返ると、優雅に紅茶を啜るホッパーと目が合った。頭一つ分以上も身丈の大きい男の子になってしまったホッパーに、小さい頃の面影を探すことはできない。落ち着き払った態度でモイラの返答を待ってくれるあたり、精神年齢はモイラより年上なのではと思わされてしまう。

「ね、強請っているわけじゃないのよ!? アタシがお金稼げてるのはホッパーのお陰だし! そんな図々しいことを言っているんじゃなくて、なんかこうフランクにね……!」

「ふらんく」

 会話の中からキーワードになりそうな単語だけ器用に拾われると、モイラはふと言葉を留めた。そのまま顎に手を添えて眉をよせて、「ううん」と唸る。

「フランク……アタシ、ホッパーにフランクさが欲しいのかしら……?」

「おれにふらんくさがほしい」

 ホッパーの要約が秀逸なのか、モイラはぐんぐんと自問自答に耽り、内省を始めていた。見切り発車したせいで、自分でも解らなかった本心に話の途中で気付く現象である。こうなると結論がまとまるまで思考の渦潮に呑まれてしまい、”ドツボに嵌まる”のだ。


楽しく暮らす秘訣その1、細かいことは気にしない! は、このドツボとの戦いでもある。


 モイラが思考の渦潮に溺れかけていると、突如として視界にカボチャが登場した。「うわ!」と悲鳴と共に顔を上げると、いつの間にか目の前に立っていたホッパーがカボチャを差し出していた。

「あげる」

 そして相変わらずのしれっとした口調で呟き、ポカンとしたままのモイラにカボチャを押しつけた。

「え? どうして?」

 一体どうしてカボチャが登場したのか全く理解ができない。思考の渦潮から引き上げられたばかりで頭が回らないのだろうか。

「旬らしいから」

 ホッパーの具体的且つ簡潔な回答を得てもモイラの頭は疑問符の大渋滞だった。どうやら頭が回らない等は関係ないようだ。カボチャは何の因果もなく旬だから出現している。

「え……、うん。ありがとう……」

 状況が飲み込めないが、とりあえずホッパーが商売関係なくものを寄越してくれたことは大きな進歩かもしれない。それがなぜカボチャなのかは置いておこう! とモイラは決めた。

 モイラの思考の整理がついたことを悟ったのか、ホッパーもうんうんと頷いた。カボチャをあげるという行為がフランクさに繋がるのかは解らないが、これはこれで良しとする空気になっている。ならば開き直っても良しである。

「エストスから帰ってくるとき、カボチャのスープ作っておくわ! 美味しいわよきっと」

「……結局、おれにくれるの? せっかくあげたのに」

 ホッパーはくてりと首を傾げた。結局自分の口に入るならあげた意味がないのではないか。そう問われれば「確かに」と思うところもあり、モイラは考えるように手元に視線を落とした。ずっしりと両手に収まるカボチャは、夕暮れを凝縮したような橙色をしている。

「せっかく貰ったから、だよ。二人で食べた方が美味しいでしょ!」


 特別なものは、分け合ったほうがいい。一人より二人の方がもっといい。

 モイラがえへへと歯を見せて笑うと、ホッパーも少しだけ瞼を細めて笑っていた。



 楽しく暮らす秘訣その2、フランクに分け合う!

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