第2話  今年の秋は ――屋上

 半島の門と呼ばれる山脈沿いの一帯は、染め抜かれた紅葉が美しく、秋まっさかりである。

 しかし秋とは短い。寒くて仕方が無くて目を覚まし、昼にはそこそこ気温があがり、油断していると陽が暮れて再び外気を冷やす――寒暖差がある毎日がもう一ヶ月も続いており、そろそろ冬支度を始める時期がきていた。

「へぇっくし!!」

 塔の鍵の精霊・ゴールデンはまるまるふとった体が跳ね上がるほどの勢いでくしゃみをした。チンチラという寒冷地帯に住む齧歯類の姿をしているため、寒さには滅法強いはずだが、ここ一年ほど定期的にでかいくしゃみをしている。

「ちくしょうめ……ここまで上がってきても埃が舞ってきやがる……」

 ゴールデンは塔の屋上からひょいと顔を出し、裏庭を見下ろした。裏庭ではモイラがせっせと虫干しに励んでおり、本の埃を叩いているところだった。

 山道に面した一軒家のすぐ裏には細長い塔がある。塔の中は前家主の書斎となっていて、壁面所狭しと本が詰められている。本が大好きな現家主――モイラは嬉々として書斎の管理を行い、虫干しは日課になっていた。この一年で随分捗ったとみていたが、毎日毎日とっかえひっかえ本を虫干していても作業に終わりが見えなかった。

「まったくよう……主様の本を大事にするのは良いが、こうも埃が風に舞ってくると昼寝もできねぇや」

 ゴールデンは諦めたようにため息をつくと、屋上の縁から身を引っ込めていそいそと風上に移動した。埃に邪魔されない真っ青な秋晴れを見上げ――こてんとひっくり返ると、短い脚がひょんと天を指した。

「いーい眺めだぜぇ……ちくしょい」

 十重二十重と続く紅葉の山々、その向こうに顔を出す青い海。家の屋根を飛び越えて顔を出す塔の屋上は、半島を一望できる灯台のようでもあった。

 ゴールデンはこてんと横向きに転がった。すると今度は大陸に続く一本道とその果てを見渡すことができた。不自然に紅葉の重なりが凹んでいる一帯を見つけると、それが”谷”の始まりであると直感した。

「こんだけでかい山なんだから、谷の一つくれぇあるわな」

 大陸に続く一本道を歩いていればおおよそ迷うはずもないだけに、あそこの谷に人が踏み込むことない。大陸から吹いてくる西風はたくさんの栄養をあの谷に落としていくはずなので、きっと見たことも無いような美しい景観が拡がっているのだろうとゴールデンは思った。

「いつか行ってみてぇなぁ……モイラが行くって言わねぇかなあ」

 そうすれば付いていく口実もできるのに。

 ゴールデンはくありと欠伸して、夢の中で谷の散歩に出向こうとした。

 しかし大きな耳をピンと立ち上げて、久しぶりの来客の足音に、耳を澄ましたのだった。

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