第6話

 ジョナが王子様としてお城へ去ってから、半年が経ちました。隣の国との戦もすっかり落ち着いて、村にはまた平和な暮らしが戻ってきました。

 冬が過ぎ春が来て、私は白い花を咲かせます。実のならない時期は、私は時々水車小屋に小麦を運ぶリップの姿を眺めるばかりです。

 ジョナがいなくなってから、リップは元気がありません。ほかの人間には相変わらずにこにこ笑顔に見えているかもしれませんが、私には以前のような底抜けの笑顔ではないと分かります。サシャと違って、彼女はヤタカ将軍からの褒美さえ受け取りませんでした。

「しかし、ジョナのやつも薄情だよねえ」

 ガラが私の花をつつきながらぼやいています。

「王子様になった途端、命の恩人たるリップに何の音沙汰もありゃしない」

「確かにそうだな」

 珍しくサンサとガラの意見が一致しました。

「まあ、リップが村に残ってくれたのは、リンゴ君にはいいことだろうけどね」

「私は別に……」

 何と言い返してよいのか分かりませんでした。

 リップがしあわせになるのが、私にとっても一番のしあわせです。しかしそのためにリップがお城に行ってしまうのは、とてもさびしいことでもあります。

 と、ガラが急に大声を上げました。

「ねえ、あれ見てよ!」

 ガラの視線の先に、立派な白塗りの馬車が悠然と進んでいるのが見えました。あれは間違いなく王家の馬車、そして行き先はおそらく、リップの家でしょう。

 早速出発しようとしたガラとサンサに、私は「待って」と言いました。

「もういいんだよ。リップの様子が分からなくても、私はここからしあわせを祈る。それで十分だから」

 サンサが「くーん」と切なげに鼻を鳴らしました。

「あんたはよくても、あたしは気になるね!」

 ガラはバサバサと羽ばたいて飛んでいってしまいました。 

 きっとジョナはリップに求婚しに行くのでしょう。リップは喜んでそれを受け入れるでしょう。お城ではいくらでもおいしいものが食べられます。アップルパイだって、熟練のお菓子職人が焼いてくれます。私が実らせるすっぱい実は、もう彼女には必要のないものです。そのぶん、いままで遠慮してくれていた友達が食べてくれるでしょう。それでいいのです。

 日が暮れるころ、ガラが戻ってきました。彼女は何も言いませんでした。リップの家で何があったのか、本当は少し、いや、ものすごく気になりましたが、私は黙っていました。

 と、かすかに地面が揺れるのを感じます。

 どうもあの立派な馬車が、こちらに向かって来ているようなのです。サンサも首をもたげて、その姿を確かめています。

 馬車が私の目の前で止まったかと思うと、中から世にも見事な花嫁衣装を着たリップが下りてきました。

 リップは私の目の前にたち、私の幹をなで、そして両手で抱きしめて頬ずりしてくれました。

「汚さんでくださいよ、今日はただの試着なんですから!」

 馬車の中から仕立屋らしき男が叫んでいますが、裾をずいぶん引きずっているので、残念ながら土がついたでしょう。

 美しい花嫁になったリップは馬車に乗り込む前、花咲く私を見上げ、あの底抜けの笑顔を見せて、手を振ってくれました。

「ああ」

 私は思わず、人間の耳には届かぬ声を上げました。

「ガラ、サンサ、君たちが何と言おうと、私の恋はいま実ったよ」

 一羽と一匹と、私こと一本の林檎の木は、夕日の沈む先へと向かう馬車をいつまでも見送っていました。


***


 村と、水車小屋のほとりに生えている私は、また穏やかな毎日を過ごしています。

 ガラとサンサは相変わらずで、方々で見聞きした話を私に聞かせてくれます。

 王子様になったジョナとヤタカ将軍の働きで、隣の国とは和平を結ぶことに成功したそうです。サシャはまた別の村人の世話を焼いているとか。

 ジョナはまた、こんなおふれも出しました。

「生食用に改良された林檎とは別に、アップルパイ用の林檎も育てたい」

 リップ妃のたっての希望だそうです。なんとリップはお妃になっても、アップルパイ作りをやめていなかったのです。

 お城から派遣されてきた学者たちに、私は喜んで枝を分けてあげました。私の枝はお城の農園に運ばれ、接ぎ木されて新しい苗木となるのだそうです。その木がつけた実はおいしいアップルパイとなって、リップをしあわせにするのでしょう。

 お分かりいただけたでしょう。やはり私の恋は実ったのです。(了)

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リンゴの恋が実るとき 泡野瑤子 @yokoawano

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