第2話

 我が友達の協力により、私の実がリップの食用に供するに十分な大きさに育ち始めたころのことです。

「北の平原は大変なことになってるよ!」

 報せてくれたのはガラでした。

「人間どもが戦争を始めたんだ。その悲惨さといったら、空から見下ろした緑の草っ原が真っ赤に見えるほどだ、ああ、おぞましい!」

「そういえば、僕も聞いたことがあるな」

 その日は私の大枝に上って昼寝をしていたサンサが、眠い目をこすりながら言いました。

「隣の国が、なんだかんだと言いがかりをつけてこの国を乗っ取ろうとしているようだ」

「何でまた、そんなことを?」

 私が尋ねると、物知りなサンサが教えてくれました。

「人間というのは、いくらでも欲しがるものなんだよ。僕らのように、毎日お腹いっぱい食べられたら満足というわけにはいかないんだ」

「恐ろしいんだなあ、人間は」

「だからこそ、甘くもない林檎を甘くすることもできるのだがね」

 サンサはぴょんと私から飛び降りました。

「今日はそろそろ帰るよ。私の家族が心配だ」

「気をつけな。人間どもに毛皮にされちまわないようにね」

 ガラの忠告に、サンサはふさふさの尻尾を振って応えました。

 その後、ガラは戦が起きるとどうなるのかを、事細かに私に教えてくれました。彼女はいろいろの土地を飛び回っているので、人間が引き起こしたたくさんの惨劇を目の当たりにしているのです。特に、戦の勝敗がついた後に、勝者が敗者に行う残虐な行為の数々は、林檎の木にはないはずの耳を覆いたくなるような話ばかりでした。

 夕暮れ時にガラも巣へと帰り、私はいつものようにひとりの夜を迎えました。

 人間同士で戦が起ころうと、林檎の木である私には関係のないことなのですが、ただ戦禍がこの村の人々に及ぶのではないかと、そればかりは不安でした。特にリップ――あの純粋な娘に、野蛮な男どもが魔の手を延ばすのではないかと!

 風がびゅうと吹いて、私の不吉な想像を吹き飛ばしてくれたそのとき。

「どうかお許しください……」

 夜の暗がりの中、私の根方で人間の男のうめき声が聞こえました。

「どうぞどうぞ、私の下で休憩するのに許可など要りませんよ」

 私は答えましたが、人間には林檎の木の言葉が分かりません。

 男は何度か苦しそうな息を吐いた後、静かになりました。死んでしまったのかと思いましたが、気を失っているだけのようでした。

 翌朝、男を見つけたのはリップと、世話好きのサシャおばさんでした。

「まあ大変! この人、ひどい怪我をしているわ。リップ、あなたの家で手当をしてあげましょう」

 リップはこくりとうなずきました。

 女二人に抱えられて私のもとから去って行った男は、金色の飾りがたくさんついた服を着ていて、そして血まみれでした。

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