第4話

 ジョナが現れてから、十五回目の朝のことです。

 私が生えているそばの水車小屋に、役人が立て札を立てていきました。


《この人物を探している。見かけた者は村役場まで。有力な情報には褒美を取らせる》


「ジョナにそっくりだ!」

 立て札に書かれていた人相書きを見て、ガラが声を上げました。

「やっぱりジョナは悪いことをしてたんだ。賞金首なんだよ!」

「いや、そうとは限るまい」

 サンサが毛づくろいをしながら言います。

「立て札に書いてあるのは人相書きだけだ。悪党なら、名前とか、何をしでかしたとか、もっと詳しい事情を書くはずだ。それがないのは、訳あって素性を明かせない人物を探しているからだと思う」

「訳あって、とは?」

 私が聞くと、サンサは胸を張ってこう答えました。

「つまり、王子様だよ」

 なるほど、王子様が行方不明だと触れ回れば、国中が大騒ぎになってしまいます。まして隣の国に知られてしまっては大変です。また攻め込まれてしまうかもしれません。

「それに、先日の戦で活躍したヤタカ将軍が、昨日からお忍びで村に来ているらしい」

 ヤタカ将軍とは、この国で一番の勇将だそうです。戦に出るとひとりで何人も敵を倒し、その軍服が真っ赤に染まることから、「紅将軍べにしょうぐん」と呼ばれて畏敬の念を集めているとか。

「ヤタカ将軍なら王子様の顔を知っている。だから自ら探しに来たんだろう」

「もしサンサの言う通りだったら」

 ガラが文字通り、くちばしを挟んできました。

「リップは王子様の命の恩人じゃないか。もしかしたら、お城に召し上げられるかもしれないよ。いいのかい? そうしたらもう、あんたの林檎を摘みに来ることもなくなる」

「そのほうが、リップはしあわせだろう」

 私は内心の動揺を隠して答えました。

「あら、噂をすればなんとやら、だよ」

 リップがサシャとともに、小麦の束を抱えて水車小屋に向かっているところでした。

 二人はすぐに立て札を見つけました。文字が読めないリップのためにサシャが読み上げ、そして、「ジョナじゃないか!」と先ほどのガラと異口同音に叫びました。

「リップ、あんたは家に帰って待ってな。ちょっと役場へ行ってくるから。……ああもう、脱穀なんて後でいいから! ジョナは、やっぱり王子様かもしれないんだよ!」

 サシャはサンサと同じことを想像したようです。小麦の束をリップに押しつけて、バタバタと走って行きました。リップは言われた通り、家へと歩いて行きます。私は身動きひとつ取ることができません。

「行こう、ガラ」

「ああ」

 ジョナの正体は何なのか、この先リップはどうなるのかが気になって仕方のない私のために、一羽と一匹の友が出発しました。



***



 ガラの翼は、サシャよりもずっと早く村役場に辿り着いていました。

 サンサが言っていた通り、村役場には見慣れない人物がいました。ヤタカ将軍です。

 ガラの証言によると、ものすごく背の高い人間だったそうです。私は林檎の木にしては小柄なほうですので、同じくらいの背丈かもしれません。その顔には歴戦を思わせる傷跡がいくつも走り、濃い眉の下でぎょろぎょろと目玉が動いています。いつもは役場でえばっている村長や役人たちも、この日ばかりは例にない客人のおかげで小さくなっていました。

「あのう、立て札の男、知ってます!」

 サシャは村役場に駆け込むなり、声を上げました。

 ヤタカ将軍の前に通されても、サシャは臆することなく自分の知っていることを話します。立派な度胸です。

「ヤタカ将軍、もしかして、ジョナは王子様なんでしょうか?」

 あまつさえ、こんなことまで尋ねるのだから大したものではありませんか。

 ヤタカ将軍は、ごく短い答えを返しました。

「会わせてもらえれば分かる」



***


 

 一方、サンサはリップの家に行きました。ちょうどアップルパイが焼き上がったところでした。ジョナにおいしいと言われて以来、毎日焼いていたようでした。

「……リップ、あなたに聞いてほしいことがある」

 小麦を持ち帰ったリップの顔を見て、何かを察したのでしょう。ジョナがついに口を開きました。

「私はとんでもない大罪人だ。サシャが期待するような、王子様なんかじゃない」


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