第5話

 ジョナは元々、王子様に付き従っていた影武者でした。容姿が王子様と瓜二つだったので、王子様の身代わりを務めていたのです。二人は幼い頃からいつも一緒でした。

「お前は本当に私にそっくりだなあ。私に成り代わったとて、気づけるのはヤタカくらいのものだろう」

 王子様は、いつもジョナにそう言っていたそうです。

 先の戦でも、ジョナは勇敢な王子様とともに出陣しました。ヤタカ将軍の活躍で、戦は勝利を収めましたが、先陣を切って戦っていた王子様とジョナは、ともにかなりの深手を負わされてしまったのだそうです。特に王子様は、ひとりでは歩けないほどの重傷でした。

 ジョナは王子様を背負い、グラニースミス山中へ逃げ込みました。水を求めて滝のそばまで来たとき、王子様はこう言いました。

「私はもう助からない。お前だけでも逃げ延びてくれ」

「何をおっしゃいます。あなたを置いて、ここから逃げるなんてできません。早くお手当を」

 ジョナが懸命に反論すると、王子様は納得してくれたかに見えました。

 王子様は手当のためといって、立派な軍服を脱ぎました。ジョナが着ていたあの服です。

「手当をする間、お前が着て服を温めておいてくれ」

 言われるがままに、ジョナは王子様の軍服に袖を通しました。その隙を逃さず、王子様は滝へと身を投げてしまったのです。

「あの瞬間、私は王子様の影ではなくなってしまった。これまで王子様にお仕えできたのは身に余る光栄だったが、もしかして私は、ジョナというひとりの男になれるのではないかと、つい考えてしまったのだ」

 ジョナは山を下りても帰陣することなくさまよい、ついに私の根方で倒れました。その後のことは、すでに私の知るとおりです。

「私はとても後悔している。王子様をお守りできなかったどころか、王子様に守られて生き延びてしまった。そのうえ自由になりたくて逃げ出してしまったのだ。ヤタカ将軍に王子様の最期をお伝えしなくてはならなかったのに……」

 そう言ってジョナはひどく泣きました。

 リップは戸惑いがちに、ジョナの頭を撫で、そして抱きしめました。その温もりにいくらか心を慰められたジョナは、リップから身を離して、はじめて笑顔を見せました。

「ありがとう、リップ。あなたには本当に良くしてもらった。あなたのおかげで、ようやく私は罪を受け入れる覚悟ができた。あなたのことは、死んでも忘れない」

 もうすぐヤタカ将軍がやってきます。将軍に会えば、王子様でないことはひと目で見抜かれるでしょう。そうしたらジョナは、本当のことを全部話さなくてはなりません。戦場から逃げ、王子様の死を伝える義務を怠ったジョナは、罪人として裁かれるでしょう。

 リップはぽろぽろと涙をこぼしました。かたやジョナは涙を拭い、晴れ晴れとした表情でそのときを待っていました。

「たのもう。こちらに私の尋ね人がいると聞いた」

 ついに、外からヤタカ将軍の太い声が響きました。

 ジョナに促されて、リップは渋々ドアを開き、ヤタカ将軍を迎え入れました。サシャや、村長や、四人の野次馬や、からすのガラもどさくさに紛れて家へ上がり込みました。

 覚悟を決めたジョナが立ち上がります。

「ヤタカ将軍、私は……」

 将軍の目が、ジョナをしかと捉えました。その目に一瞬、失望の影がよぎったのを、ガラは見逃しませんでした。

「王子! よくぞご無事で!」

 ところが次の瞬間、ヤタカ将軍は嬉しげに表情を輝かせ、大きな身体でジョナを抱きしめたのです。

「やっぱり王子様だったんだわ!」

 サシャが叫ぶと、村人たちも一斉に歓声を上げました。

 どういうことでしょうか。ヤタカ将軍は、恩義ある主君の顔を見誤ったのでしょうか。

 ヤタカ将軍は、ジョナの耳元にこうささやいていました。

「ジョナ、これはお前への罰だ。王子様に成り代わって、罪を償え」

 ほかの人間には聞こえぬ声も、野ぎつねのサンサには聞こえます。それでも、ヤタカ将軍の本心までは分かりません。王子の死を国内外に隠すためなのか、はたまたジョナの罪をなかったことにしてくれたのか。

 いずれにせよ、ジョナはこれから王子としての一生を送ることになります。

「……はい」

 ジョナは静かにそれを受け入れました。

 

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