第九話 アタシが生まれた日
2003年8月22日、金曜日 ~
「綾ぁ~~~、写真の選出終わったぁ~~~?」
「後少しですの、もうしばらくお待ちくださいな」
私と綾は先月から始まった新企画〝湯けむり混浴温浅紀行〟と言う企画の編集をしていた。
混浴って有りそうで無さそうだから記事にすると結構、受けがいいらしいわ。
私は綾が書いた文章を添削編集し、そして、自分がテープに録音した音声を文章にしていた。
綾は芦屋カメラマンが撮影した使えそうな写真を選んでいるところだったわ。
朝からそれを一生懸命やっていた。
ちょうどお昼ごろになって氷室上司に綾と一緒に〝昼食を食べないか〟と誘われたのでその誘いに乗って近くの食堂にいるところだった。
「そう言えば、隼瀬君、来週お誕生日でしたよね」
「ハイ、そうですけど氷室さん良くその事知っていますね」
「私の部下の事は大抵頭の中に叩きこんでありますので。隼瀬君はいつも瀬能君と一生懸命、仕事をやってもらっていますのでその日は会社を休んでゆっくりと羽を伸ばしてください」
「でも・・・」
「仕事の命令している私が言うのもなんですけど不定期な仕事も多くまともな休暇も取れていないはずですからその日くらいいでしょう」
「香澄様、せっかく氷室様がああおっしゃっているのですから謹んでお受けしたらどうですの?その日のお仕事は何も心配しなくてもワタクシが頑張りますの。ですからお休みを取って下さいな」
「有難う綾、そうさせてもらうわ。それと綾が休んでいるときは私に仕事を任せてね!」
「よろしくお願い致しますの」
その後は昼食を摂りながら今やっている企画の進行報告と来月の大まかな予定について話し合っていた。
* * *
最近、とても仕事が忙しく宏之の所に寄る時間も彼のバイトからの帰宅より遅い時がすくなからずあった。
「宏之ぃ、たっだいまぁ~~」
「おお、お帰り香澄、随分遅かったな」
「まあねぇ、最近、仕事忙しくて。宏之、お腹空いてるでしょ?今作るから待っててねぇ」
「あぁ、空いてるけど少し休んでから準備したらどうだ、疲れてんだろ?」
「アリガト、でも大丈夫よ」
感謝の言葉を返しながら台所へ買って来た材料を持って移動した。
作るのが遅くなった夕食を二人で食べながら会話していた。
「そうそう、来週の26日、アタシ仕事休みだから」
「そうか、良かった。その日、俺も休みなんだ。二人でどっかに掛けようか?」
「いいの?あんたもいつも仕事でクタクタのはずじゃない?家で休んでなくていいの?」
「たまには良いだろ、それにその日はお前の誕生日だし」
「えぇ、宏之アタシの誕生日のこと覚えてくれていたの?」
「覚えていたさ、去年は祝ってやれる状態じゃなかったけど今年はな」
「アッ、有難う」
宏之がそんな事を言ってくれたもんだからつい嬉しくなって軽く涙を零してしまっていた。
「おい、おい、泣く事ないだろ」
「だって嬉しいんだもん」
「じゃぁ、嬉しいついでにもう一つその日の夕方からいつものメンバーでのお前のお誕生日会だ」
「本当に?」
「もちろん本当だ、ただ・・・、ああぁ嫌なんでもない気にしないでくれ」
「エッ、何が・・・?でも、嬉しいから気にしない事にするわ」
夕食後は時間も遅くなってしまったし帰りの電車もなくなり掛けていたので自宅に連絡して今日はここに泊まる事にしたわ。
私の親はとても理解有るから私の自由にさせてくれる。両親様々ね。
しばらく宏之と会話しそれらしいムードになると私と彼は恋人同士の営みをしてから就寝した。
2002年8月26日、火曜日 ~
宏之の運転するバイクの後ろに乗って海岸沿いをツーリングしていた。
彼も私もフルフェイスって言うヘルメットをかぶっていたから移動中、会話する事は出来なかった宏之は眺めの良い海岸を見つけるとバイクを路肩に止め、メットのサンバイザーをあげ、言葉をかけてきたわ。
「ここら辺の眺めよさそうだから少し休憩しようか?」
「そうしよっか、宏之運転ご苦労様でした。疲れてない?」
「おれって運転してても疲れない性質のようだ」
「フゥ~~~ンそうなんだ」
その後、『事故らないように気をつけてね』って言葉に出して言おうと思ったけど、口に出さないで押しとどめた。だって・・・、春香が事故にあった日って私の誕生日の日だった。だから彼にその事を思い出させたくなかった。だから口に出さなかったわ。
「どうしたんだ、そんな顔して?」
「エェッ、アタシ、今、なんか変な顔してた?」
「なんか辛そうな顔してたぞ」
「アッハッハッハ、何言ってんのよ。アンタとこうして一緒にいるのに辛そうな表情なんて作るわけないでしょ」
〈宏之、あんたたまに鋭いよ!〉
「ソッカ、俺の気のせいだったようだ」
宏之のその言葉の後は二人して砂浜のない海を見ながら馬鹿話をしていた。
帰りは山道を通り途中にあった森林公園で私が作ったお弁当をそこで広げ、そして、二人で仲むつまじく昼食をとった。
ちょうどそれを食べ終わった頃、公園の片隅で小さな女の子が迷子になっていたのを私が見つけた。
宏之はその困っている子の親を探す為、その子をあやしながら移動し、私もそれに同行していたわ。
始めて彼が子供好きだと言うのを知った。
宏之のその女の子をあやす仕草はとても優しいものだった。
無事にその子の母親も見つかりお礼を言われている所だった。
「オニイタン、オネエタン、ありがとう」
「本当にご迷惑をおかけして済みませんでした」
「見つかって良かったね、お嬢ちゃん」
「アンタいつもと口調が違うわよ」
「そんなことないって、アット、それじゃ俺達失礼するんで、バイバイ」
「それじゃねぇ、バイバイ」
私達がそう言うと向こうは深々と頭を下げてきた。
「ねぇ、若しかして宏之。アンタって子供好きなの?」
「ああぁ、あのくらいの年頃のガキは男でも女でも見てて飽きないから好きと言えば、好きかも知れないな」
「ふぅ~~~ん、そうなんだ、いがいねぇ~~~」
「以外で悪かったな」
「別に馬鹿にしてるわけじゃないわよ」
「そうでっか・・・、そろそろ行こうお前の誕生会の時間に間に合う様に帰らなきゃな」
結構遠出して来ていたから下手すると遅刻するかも?
* * *
午後5時から開いてくれる私の誕生会は『楓』って言う貴斗の住んでいるマンションの近くにある和風で雰囲気のいい居酒屋だった。
何とかそこへ、ぴったりの時間に到着した。
中にはいるとすでに詩織と慎治が宏之と私を待っていてくれた。しかし、貴斗の姿がどこにも見当たらない。
「おぅ、二人とも着たか早くこっちへ来いやぁ」
「香澄ぃ、柏木君早く、こちらへおいでください」
「ウッス、二人とも準備出来てるようだな」
「ねぇ、しおりン、貴斗、見えないけど?」
「えっと、それは・・・・・・」
「アッ・・・、わりぃ、わりぃ、貴斗のヤツ今の時間帯バイト絶対外せないんだよ。その内来ると思うぜ」
「はぁっ、そう、わかったわ」
〈慎治、嘘ついてる〉
詩織のあの口調からすると貴斗は絶対に来なそうだった。嬉しいはずなのに悲しい気分にもなる。
「みんなが祝ってくれんのにそんな時化た面スンナよ、香澄!」
「アハッ、ゴメン、ゴメン」
宏之が言った表情を作ってたんだろう。だから、気持ちを入れ替えて明るくそう謝っていた。
恋人の隣に座り私の正面に詩織その隣に慎治と言う具合にテーブルを囲んだ。
私が落ち着くと最初に祝いの言葉をくれたのは幼馴染みの詩織だった。
「香澄、お誕生日おめでとうございます!」
「クククッ、隼瀬、また一つ歳くったな、おめでとう」
〈失礼な事言うわねぇ、まだそんなの気にする歳じゃないわよっ!馬鹿慎治っ〉
「香澄、誕生日おめでとう。これからもよろしく頼むぜ!」
「アハハハッ、みんなアリガトね」
〈今この場に貴斗と春香がいない。妹のようにかわいがっていた翠すらも・・・、でもしょうがないよね。楽しく祝ってもらわなきゃ、みんな本当にアリガト〉
みんながくれた言葉に感謝して出来るだけの笑顔でそれに応えた。
詩織がお酌してくれる。
そのお返しに彼女のコップにお酒を注いであげた。
宏之と慎治もお互いに酌み交わしていたわ。
みんなのコップにお酒が注がれたのを確認した慎治が音頭を取ってくれた。
「それでは皆さん、隼瀬香澄の20歳の誕生日を祝ってぇ~~~」
「かんぱぁ~~~~いっ」
『ガチャ、カチャ、カチャァ~~~~ンっ!!』
乾杯した後みんな一杯目を一気に飲み干した。そして楽しい私の誕生日会が始まる。
出てくる料理を食べながらもっぱら詩織と女の子同士、幼馴染み同士でしか出来ない話を楽しんでいた。
ゆっくりとお酒を飲んでいた。
コップが空になると詩織は有無も聞かず私のそれに注ぎ込む。
私もお返しに彼女のコップが空になると同じ事をしていた・・・。しかし、詩織の飲むペースが速い。若しかして私の幼馴染みにとって酒飲みは貴斗の事での憂さ晴らしのため?と思ってしまう・・・・・。
正解の様だった。
詩織は急に貴斗の愚痴をこぼし始めたわ。
それを聞くと大抵は他愛ない事なんだけど彼女にとっては重要な事らしかった。
幼馴染みの恋の悩みはかなり重症ね。草津の湯でも浸かって来なさいって感じ。
詩織が無理に私のコップにお酌をするもんだから4杯目の中程くらい飲んだ後、意識が途切れてしまった。要するに寝てしまったという事ね。
眠りの中で春香と詩織そして私の三人の思い出を夢に見ていたわ。
その後は詩織と私と貴斗、三人とも一緒にいる幼馴染みだった頃の思い出を。
最後に宏之とラブラブな将来の夢を見ていた。
誕生会の終わりごろに、もう一人の幼馴染みがここへ立ち寄っていたようだけど、あいにく私はこんな状態だったからそれに気付けなかった。
「宏之、隼瀬を抱えられるか?」
「あっ・・・、ああ」
「無理そうだな、俺が隼瀬を負ぶってやる、お前の家まで俺の車で送って行ってやる準備しろ」
* * *
誰かの背中に乗っかっている様だった。それはとても懐かしくて温かくて大きな背中。
まるでパパにおんぶして貰っているみたい。とっても安心する。とてもいい気分。
その人が歩くたび心地よいゆれが私に伝わってくる。私は薄っすらと目を開けてみた。
〈・・・若しかして貴斗なの?〉
「たぁかぁとぉ~~~、ありがぁとぉ」
生まれてから今まで貴斗に背負ってもらった回数は多分、詩織には悪いけど彼女より多いかもしれなわ。
「・・・、フン」
「どうしたんだ、貴斗?」
「なんでもない・・・、あそこに見えるのが俺の車だ。鍵、開いているドア開けてくれ」
「オウヨッ!」
* * *
気がつけば次の朝を宏之の家のベッドで彼と共に寝ていた。
起きた時、昨日の私が酔い潰れた後の事は全然覚えていなかった。
私より先に目を覚ましていた宏之がコーヒーを淹れている所だった。
「香澄、おはよう、ハイこれコーヒー」
「おはよう、それとこれアンガトね、宏之」
「どういたしまして・・・、なんだか嬉しそうだな」
「怒らないで聞いてね。夢でね、貴斗におんぶして貰っているのを見たの。その時の彼とても優しい瞳を私に向けてくれたのがとても嬉しかった」
「そうか・・・、それは良かったな、香澄。これ見てみぃ」
そう彼は口にすると私に一枚の紙を渡してくれた。そしてそれには、
『宏之へ、一緒に飲めなくてすまん』
『隼瀬へ、昨日は祝いの言葉を言えなかった。誕生日おめでとう』と書いて有った。
私はその書置きを読んで、それを見た時、私の胸は熱くなり嬉しさの余り素直に涙が零れていた。
「これって?」
「ああ、香澄が見たのは夢じゃなくて現実だ」
今はこうして手紙でしか彼の気持ちを知る事が出来ないけど、いつかきっとまた昔の幼馴染みだった頃のように彼と詩織を囲んで話が出来たらどんなに幸せな事かと心の中で思った。
それは好きな人と一緒にいるのとは違う幸せ。
私はそうなってくれる事を宏之と一緒に過ごしながらずっと思い続けていく。
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