第 四 章 イン・ザ・リアル

第十五話 突きつけられた現実

~ 2004年8月17日、火曜日 ~


 暗い気分で仕事から宏之の所へと向かった。

 私の方の帰りが早かった様で彼はまだ帰宅していなかった。

 重い気持ちの状態で私はいつものように彼のこの家の中を掃除する。

 掃除機の排出する『ブゥウォーーーン、キュウィーーーン』と言う音が酷く耳障りだった。それでも私はやる事はやったわ。

 その後、リヴィングにあるソファーに座り、テレビをつけニュース番組に合わせた。

 そこから音声と映像が流れる。しかし、それを眺めも聞きもせず、両足を抱え丸くなってボケ~~~ッとしているだけだった。

 宏之が帰ってくるまでずっとそんな状態だった。そして宏之がいつもより早く帰ってきたわ。

 彼が今日バイを休んでいる事を知らなかった。

 春香のいる病院に行っていた事さえも知らなかった。

「宏之、お帰り・・・?何よその酷い面は何か在ったの?」

 彼の表情は仕事の疲れの様な辛さではなく、心の辛さのような感じだった。

「うっせぇ・・・・・・・・・・・・、ごめん香澄に当たっても仕方ないよな」

「ホント、どうしたって言うのよ」

 彼は一瞬だけ私を怒鳴るけど直ぐに謝って来た。

 彼のそんな態度が甚く心配になり再び聞き返す。

「悪い報せが二つ」

「なっ、何よその悪い知らせって」

 余りにも重々しい口調で彼がそう言うから、こちらも酷く不安になってしまった。

 宏之は言葉を続けその報せと言うのを聞かせてくれた。

 それは春香がまたあの眠りに就いてしまったと言う事、しかも前よりも深刻な症状で。

 彼はさらに言葉を続ける様子だった。でもそれ以上何も口にしなかった。

 こんな状態で私に宏之から他の事なんて聞けるはずも無かったわ。

「イッ!それ本当なの」

 だから、無理に驚いてそんな風に彼の言葉を聞き返していた。

「嘘でこんな事、言えるか」

 そんな風に抑揚の無い言葉で宏之は彼自身が言った事を肯定していた。

 もうその後は二人して憂鬱まっしぐら夕食も食べずそのまま次の朝を迎えてしまった。そして・・・、宏之が口にしてくれなかったもう一つの報せを聞いたのは宏之や慎治からでも無くまして幼馴染みの詩織からでも無かった。


~ 2004年8月19日、木曜日 ~

 最近ブルーな朝が続く。

 職場にはそんな気持ちを引きずっていたく無かったから気分を入れ替えて出社した。

「綾ぁ~~~、おはよう、今日も元気ぃ?・・・・・・、どっ、どうしたの綾そんな顔して?」

 彼女を見ると酷く落ち込んでいるみたいだった。

「香澄様、貴女様はどうしてそんなに落ち着いていられるのですの?綾は・・・、綾は悲しくて・・・、悲しくて心が張り裂けそうですの」

「エッ、えぇ?綾、一体どうしたって言うの?何をそんなに悲しんでいるのよ」

「香澄様はお知りにならないですの・・・、貴斗様が・・・、貴斗様が」

「貴斗が何だって言うのよ?」

 綾に何があったのかを問い詰めた。

 すると彼女の口から聞き出せたのは貴斗が16日から現在に至るまで瀕死の状態である事をだった。

 彼女はそれを言い終えると私にしがみつき私の胸の中で静かに嗚咽し始めた。

 綾はよく嘘泣きの仕草とかするけど今まで本当に涙を流している所を見たかとが無かった。だけど、今彼女は本当に涙を流しながら静かに嗚咽している。

 綾からそれを聞いた時、胸が締め付けられるように痛かった。

 二度も同じ過ちを繰り返してしまった事に気付く。

 それは・・・、大切な友から恋人を奪ってしまうこと。

 一度目は春香の時、三年前の事故当日、宏之と彼女のデート時間を遅らせ春香を事故に遭わせてしまう。

 宏之の支えになる事で彼の恋人となった。

 聞こえはいいかも知れないけど本質的には春香から宏之を奪った形となってしまう。

 二度目、ホントは天秤なんかに掛けられないけど春香以上に大切な幼馴染みの詩織から貴斗を瀕死の状態に追いやると言う形で彼女から恋人を奪ってしまった。

 三日前、詩織にあんな事をしなければ貴斗が交通事故にあう筈なかったのに・・・、たった三日前の出来事だったのに・・・。だけど、もう三日も三年間も過ぎてしまえば同じものだった。

 そう、どんなに願っても私は過去に戻ってやり直す事は出来ない。

 それが総ての現実。

 綾は私の胸でまだ涙を流していた。私も本当は泣きたかった。でも、彼女のように静かには泣けない。だからこの場はグッと堪えたわ。

 それから暫くして綾も泣き止み、遅くなった仕事を開始した。しかし、私も彼女も気分が乗らなかった所為で全然それは進行しなかった。

 大抵の事は笑って許してくれる氷室上司も今日はそんな私と綾に叱責。・・・、叱責じゃなく叱咤激励だったのかもしれない。

 こんな状態だったから彼は私達に早退命令を下してきた。

 綾も私もそれを有り難く受け入れる帰宅したわ。

 こんな気分のまま宏之の所へいける筈も無く、躊躇わないで自宅へと帰っていった。

 こんな酷く陰鬱した感じで帰りながらも一つだけ疑問に思った事があった。

 それは綾の事。どうして、彼女が貴斗のそれを知っていたのか?

 考えれば考えるほど疑問になる。

 一体、綾と貴斗はどういう関係なのだろうか?

 彼女にそれを聞いたって多分 『それは秘め事ですのぉ』 ってな感じで教えてくれないと思う。世の中、分からない事が多すぎるわ。


~ 2004年8月23日、月曜日 ~

 今朝早く仕事前に私と宏之は無理だと分かっていたけど二人して貴斗の所へ面会に向かっていた。

 病院の玄関口に辛そうな表情をしている慎治を発見した。

「おっ、おはよう慎治・・・、なんだか辛そうな顔ね?」

「ああぁ、おはよう隼瀬・・・、それと宏之・・・・・・、二人とも俺と似たような面してるじゃないか」

「慎治、何しにここへ来たんだ?」

「貴斗の見舞い」

「そうなんだ・・・、でも無理なはずでしょ?」

 慎治にそう聞くと彼は一〇分間だけ特例で許しを得ているそうだった。

 私と宏之も一緒に面会出来ないかと彼に尋ねると調川先生って人に取り合ってみると言ってくれたわ。

 慎治のお陰で私も宏之も面会を許された。

 そこに入ると沢山の機械に囲まれた中に眠る貴斗とそれを見守る詩織の姿があった。

 慎治から彼女が来ているかも知れないと言われていたから驚く事もなかった。でも、逆に凄く彼女に会うのが辛かった。

 そう感じるのは自分がしてしまった事の所為。

 私はこの場の雰囲気に、堪えられなくて、だから、生きているのか、いないのか判らない貴斗を見て色々な事を考えてしまいつい思った事を口にしてしまっていた。

「そうよね、何時でも貴斗、意味のない行動、とる事なかったもんね」

 私の言っている事は事実だった。

 彼は何の結果も得られない行動をする事は昔からなかった。

 彼のその行動は一度も裏目に出た事が無いのも事実だった。

 唯、いつも彼はそれを誰にも告げず独りで行動するから周りの人は心配したり、不審に思ったりと誤解を招く事が多かった。でも、結果的に総て上手い方向に事が運ぶからその後は誰もが彼を信用する様になっていたわ。しかし、今回は違っていた。春香は再び眠りに就き、貴斗はこの状態。

〈貴斗!こうなる事はあんたが望んだ結果なの?答えてよ、答えてよぉーーーっ、貴斗ぉっ!〉

 私が声に出しても彼の耳に届くはずないと思ったから私は心の中で彼の心の中に訴えた。

 それも意味の無い事は明白だった。

 だって私のこの問いに彼の返事が返ってくる事は無いから。

 私がそう思っていると宏之は何かを口にしていた。

「聞えるか、貴斗!お前、俺の迷っていた気持ち、知ってたんだろ?だから俺の代わりしてくれたんだろ」

〈宏之、アンタの迷っている気持ちって何?〉

 そう思ったけどそれは判っている事だった。

 私と春香どちらを選ぶのかと言うこと。

 でも彼は言ってくれた。

 私を選んでくれるって・・・・・・、デモなんで宏之は貴斗にそんな事を口にしたんだろう。

 余りにも色々な事があり過ぎて私はそれ以上何も考えられなくなってしまった・・・、ううん、違うわ考えることを拒否したの。

 宏之、慎治、私達が何かを口にしようとしたけど、それが耳障りだったのか?

 貴斗の傍にいた詩織が私たちの方に振り向き冷たい視線と口調で声を出してきた。

「やめて、皆、お静かにしてください!貴斗、ゆっくり休めないじゃないですか。貴斗、ゆっくり休めないじゃない。お願いみんな、私と貴斗、二人っきりにさせて、おねがい、お願い・・・・・・・、です」

 幼馴染みの、一言一言、その言葉が私の心を酷く打ちのめす。

〈アタシ・・・・・・、ごめん〉

 それから詩織をその場に残してみな静かにここを立ち去って行く事にしたわ。

 面会が終わると私は宏之のバイクで会社まで連れて行ってもらった。 彼と別れを告げビルの中に入って行った。


*   *   *

 今日もはっきりと言っていいほど仕事は上手く行かなかった。

 それは綾も同じだった。だから、残業をしないで通常業務をやり終えたら早々に会社を出た。そして、その足で宏之の所へ向かったの。

 余りにもブルーだったので9時過ぎまで夕食の買い物をしていなかった事に気付けなかった。私は慌てて買い物に出掛けた。

 それから帰ってきた所で丁度玄関前で宏之と鉢合わせしていた。

「宏之おかぇりぃ~~~」

「ただいまぁ、香澄も今仕事の帰りか?」

「私は違うわ、買い物にいってきたのよ、ホラッ。直ぐに夕食の準備をするから待っててね」

 買い物袋を見せ、宏之にそれが本当である事を告げた。

「いつも、わりぃな」

「いいって、私アンタの彼女よ」

「・・・、そうだったな」

 私の言葉に躊躇いを見せながらそう彼は答えるけど、それに鈍感なくらい気付けなかった。

 表面上は大丈夫にしているけどそれくらい今の私の精神状態は駄目になっている。

「宏之、どうしたの?」

「なんでもないよ」

「嘘、おっしゃい!アンタ顔に直ぐ出るからばればれよ」

 条件反射的にそんな事を口にしてしまった。でも実際、宏之の表情なんて判っていなかった。

「貴斗の事だ」

「・・・・・・・・・、ワァーーーン、ヒロユキィ!アタシどうすればいいの?何てしおりンに謝ればいいの?どんな顔してしおりンに会えばいいのぉ?アタシがあんな事をしなければ貴斗あんな目に遭わずに済んだかも知れないのに」

 声は小さかったけど、宏之から貴斗の言葉を聞かされた時、今まで積りに積もった心の膿がどっと押し寄せ、大声で泣いてしまっていた。

「泣くなよ、香澄!お前ばっかが悪い訳じゃネェだろっ?俺だって後悔してんだ。気を失うまでアイツを殴ってなきゃあんな事になりゃぁ~~~しなかったかも知れないだろ」

「・・・ヒロユキィ~~~」

「悩んでいるのは俺だけじゃなかったんだよな。お前だって悩んでいたんだよな、気付かなくてごめん」

 宏之は今の彼の悩みを打ち明けてくれた。

 泣いている私を強く抱きしめてくれる。だから思いっきり彼の胸で泣いて鬱を拭い去ろうと頑張った。

 いっぱい泣いたから気分が楽になり少しだけ平静を取り戻す事が出来たわ。だから何とかいつものように彼に言葉を掛ける。

「あっと、イケない宏之お腹空いてんのよね?」

「アッあぁ、腹は減っている」

「直ぐ準備するからお風呂にでも入って待っていてね」

 宏之にそういった後、夕食の準備に取り掛かるため台所へと向かった。


*   *   *


 夕食の準備も出来たのに宏之は一向に上がってこなかった。

 彼、長風呂が好きな事を知っていたけどせっかく作った料理が冷めてしまっては難だと思ったので彼のいる風呂場へと向かった。

「いつまで宏之は入ってんのぉ~ノボセちゃうわよ。それにとっくにご飯の準備出来てんのよ」

「ホェ~~~」

〈ハハハッ、何よそのしまりの無い返事は〉

 彼の返事を聞くと私は台所へと戻って行った。

 そんなに時間が経たない内に彼は私の前にタオルを腰に巻いて登場。

「何よその格好はちゃんと服を着てきなさいよ」

「ナンだよ、俺のカラダ、見慣れていないわけじゃないだろ?」

「ばぁっかじゃないの宏之、アンタ少しは礼節ってモノを考えなさいよ。いつまでもそんな格好していると打っ飛ばすわよ」

 拳を作り胸の高さぐらいまで上げてそれを震わして宏之に見せた。

 それを見た彼は顔を引きつらせながら着替えへと逃げて行ったわ。

 程なくして戻ってきた彼と夕食を共に食べた。

 食事中、会話はそれ程無かった。

 総ての片付けを終えるとドッと疲れが出て自宅へ帰れる状態じゃなかった。だから今日は彼のこの家に泊めて貰う事にしたわ。

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