第十六話 ちょっとだけの休息

~ 2004年8月26日、木曜日 ~


 私も宏之も精神的に参っていて誰かに気を遣うなんて出来る筈なのに、それなのに昨日、彼は私に嬉しい事を言ってくれたわ。

 それは今日、私の誕生日を二人だけでしてくれるって事。

 祝いでもして少しでも私の心の中の靄を拭い去りたいんだって彼は言ってくれた。

 そんな彼の心遣い、涙が出るほど嬉しかった。

 仕事が終わると待ち合わせの場所の小料理屋『風月』と言う所に向かった。

 会社からそのお店は近かったので歩いて一五分足らずで到着。そしてその玄関口ですでに宏之が待っていた。

「香澄、仕事お疲れさん、それじゃさっそく中に入ろうか」

 宏之はそう言ってからお店の引き戸を開けて中に入るように促してくれた。

「有難う、宏之」

 それから中に入り彼を待つ、彼が中に入ると私を導くようにカウンター席に移動して行った。

 しばらく席に座って落ち着くと宏之が私に言葉を掛けてくれる。

「何のシャレも効いてないこんなとこ、だけど香澄、誕生日おめでとう」

「アリガト、アンタとだったら別にどこでも気にしないわ」

 好きな人に祝ってもらえるなら本当の何所でも良かった。

 それに洒落たレストランとかよりこう言った心が落ち着ける場所の方が私の性にあっているわ。

「お化け屋敷でもか?」

 宏之がそんな事を言うから、私の手が反射的に動こうとしてしまう。だけど、やっぱり止められなかった。

 条件反射だ物仕方がないわ。

 だって、そう簡単に自分の性格が変えられたら、誰だって苦労しないもの。

「ぶっ飛ばすわよ」

〈ホントォーーーにこの男は。アタシがせっかく良い気分に浸り始めたって所なのに焼入れたるわ〉

『ドカッ※』

「いってなぁ、手加減しろよ。それとその手の早さ何とか何ネェのか?」

「あんたがどうしようもない事、言うからでしょ、自業自得よ」

「へい、へいそうでしたね。なぁ、香澄ヤッパ誕生日祝ってもらうのって嬉しいのか?」

「当然よ、好きな人と一緒ならなおさら」

「大切な仲間達とは?」

「そんなの聞かなくたって分からないのアンタ?」

「確認しただけ!」

 宏之は私達のもっとも親しい仲間内の事を言っているのだろうと思った。

 何となく溝が出来始めてしまった私達みんなの関係。

 宏之だって辛い事いっぱいある筈なのにそれでもみんなの事を考えてくれている・・・。

 そんな彼の気持ちがたまらなく嬉しくて私も凄く嬉しい気分になった。

 宏之とビール中ジョッキで乾杯すし、一気に飲み干した。

 その一杯目で私は酔ってしまったわ。

 私ってアルコールに弱いくせにどうしても止められないのよね。

 日本酒よりどちらかと言うとビールの方が好きかな?他のみんなはどうなんだろう。

 私の幼馴染みの詩織は何でも来いって感じだけどパーティードレスとか着たらカクテルとかマジで似合いそうね、しかも酒豪。

 それとタメを張れるのは綾くらいかな?

 慎治なんかもどんなお酒で飲みそうだけど適量とか考えていそうね。

 貴斗なんかどうだろうか?なんか私以上に駄目っぽいような気がするわ。でも彼が飲むなら外国産のワインやウィスキーとか似合いそうかも?それとも日本酒?・・・、

 そういえば以前、慎治のおかげで一回だけ貴斗と飲む機会があったわ。

 春香以外の仲間内+余所者二名で・・・、だけど残念ながらあんましそのことを覚えていないのよ、私。

 そんな事を考えつつ私の隣の人は・・・?と思って彼を覗いてみた。

「どぉ~~~、したのぉ?ひろぉゆきぃそんなぁ顏しちゃってぇ」

「ハハッ、なんでもネェよ」

 口元にジョッキの淵を付けながら宏之は何かを考えているようだった。

 完全に酔っている訳じゃないからそれくらい私にも理解できたわ。

 唯、彼が考えていた事は・・・、多分、悪い事じゃない気がする。

 思案を止めたのか?宏之も一杯目のジョッキをグゥイッと飲み干した。

 それを確認した私は追加のビールを注文していた。

「ニャハッ、ビール、ついかぁ~」

「アッ、俺もお願いします。板前さぁ~~~ん、それとネギマとツクネ、マグロの兜煮の追加もお願い」

「へぇい、わかりやした」

 もう後はじゃんじゃん頼んで飲んでの繰り返し、アルコール摂ってたらなんだか嫌な事全部吹き飛んだって感じだった。

 飲み過ぎた所為で私は酔い潰れ寝てしまっていた。


*   *   *


 どれくらい時間が経ったのかな?体に心地よい振動を感じていた。

 ウトウトしていた目を開け自分の状況を確認してみた。

 酔い潰れて寝てしまった私を背負い宏之が夜道を歩いていた。

 酔いの気分も丁度晴れ私はしっかりとした声で彼に言葉を掛ける。

「有難う、宏之」

「香澄、起きちまったのか?もう少し寝てりゃぁいいのに。まぁ目っ、覚めちまったもんは仕方ない。その声だと酔い醒めてるなら自分で歩けよ」

「イジワルゥ、宏之、もう少しこのままでいさせてくれたって良いじゃないの」

 彼に甘えたかった。だからこの好意を止めて欲しく無くてそう彼に拗ねていた。

「はい、ハイ、俺は意地悪です」

 宏之はそう口に出して言うけど止めていた進行を再び開始する。そしてまた私の身体に心地よい波が押し寄せた。

「ネェ、宏之、アタシ達これからもずっと一緒よね?」

「あぁ、もちろんだ」

 私の言葉を即答で彼は返してくれた。

 その返答がどんな意味でも今の私にとってこの上なく嬉しい気持ちにさせてくれる。

 嬉しさの余り宏之のうなじに顔を埋めスリスリと猫の様に顔を動かした。

「くすぐったいから止めろって」

「ニャァ~~~」

 それから今一度彼の背中の上で眠りに就く。

 彼の背中から伝わる暖かさ・・・、誰かさんに似ている。

 今、私がこんな幸せな気分に浸っている中、別の場所では大変な事態になっているのを私も宏之も知らない。でもそれは多分、吉兆。

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