第十七話 ディスタンス・オブ・ザ・ハート
~ 2004年8月27日、金曜日 ~
宏之の家で朝食の準備をしていた。
お鍋をガスコンロに乗せ火を点けた時、電話のベルが鳴りだした。
『トゥルルルッ、トゥルルルッ、トゥルルルッ!!』
点けたコンロの火をいったん止め、電話に対応した。
「ハイ、柏木です」
「涼崎ともうします、宏之さんは起きておりますでしょうか?」
「若しかして秋人さんですか?ハい、ちょっと待っててください」
電話を保留にし、宏之の寝室へと向かった。
「宏之、アンタに電話」
彼はまだ眠そうな顔をしていた。
二日酔いなのかな?私、お酒弱いはずなのに二日酔いって成ったことないんだ。だから止められないのかもね。
「フワァ~~~、誰から?」
「・・・、涼崎秋人さんから」
春香の父親からまだ何も聞いていないけどなんだか嫌な予感がしていた。
でもそれを彼に勘付かれたくなかったから平静な顔で彼に対応したわ。
宏之の対話中、彼の表情を眺めていた。
彼はなんだか困惑した表情を浮かべていたわ。
その電話が終わると彼は何やら慌しく着替えていた。
「宏之、何慌ててんのよ?」
「春香が目覚めた、しかも良い方向でだ」
そう彼は私に告げると、私の返事を聞かないまま家を飛び出して行ってしまった。
「アッ、待って何所に行くのよ!」
私のその言葉は彼を捉える事が出来ないで虚しくこの空間に響いただけだった。
この場に残されてしまった私は宏之の言った言葉の意味を考えた。
春香が目覚めたって言っていた。
よい方向ってなに?若しかして前みたいな変な状態じゃなくて正常なって事かな?
そこで不意に貴斗の事が頭の中に過ぎる・・・。
貴斗、アンタはこうなる事を見越していたの?彼の事を考えると同時に良い知れない不安を感じた。
それは貴斗自身の容態に付いてだった。
それを知りたくて翔子お姉さんか詩織に電話を掛けて聞いてみようと思ったけど怖くて掛けるのを躊躇ってしまった。
だって若し・・・、若し、貴斗が・・・死んでしまっていたら私、二人に何て言葉を掛けていいのか分からなかったんだもん。でも、勇気を振り絞って幼馴染み、詩織の携帯電話の方に掛けたわ。
「ハイ、藤宮詩織です。どちら様でしょうか?」
幼馴染みの声は私の耳に痛いくらい辛く疲れ切っている様子だった。
「シッ、しおりン、アタシだけど・・・、その・・・、貴斗の容態、今どうなってんの」
「・・・、息を吹き返しました・・・・・・、でも、まだ眠ったままです」
彼女は私にそれだけ伝えると直ぐに電話を切ってしまう。
「アッ、待って・・・」
『ツッ、ツゥー、ツゥー、ツゥー』とそんな音だけが携帯から聞こえてきた。
峠を越したけど・・・、眠ったまま。春香の三年間の眠りの事を考えてしまった。若し、貴斗も同じ様な事になってしまったら・・・、私、詩織を支える事が出来る?・・・、判らない、分からないわ。
私は今、凄く嫌な事を考えてしまった。何でいつも私はこう悪い方向にばっかし物事を考えちゃうんだろう。
~ 2004年8月29日、日曜日 ~
色々考え悩んでいた事があったから私は一日間を空けて宏之の所へ来ていた。
「ハイ、これベトナム・コーヒーよ。それとこれ私が作ったホワイトガナッシュチョコ」
「美味しそうだな、ありがたく頂くぜ・・・、ぅうぅ~~~ん、甘ったるくて美味しい、最高だ」
宏之は凄く喜んでくれているみたい。頑張って作ってみた甲斐があるってものね。
「喜んで貰えてよかった・・・、それよりさ・・・、ネェ、宏之、春香は元気してた」
「アン時はゴメン、急に飛び出したりして・・・、本当にごめな」
「もう一昨日の事は良いって、それよりどうなの?」
私がそう聞くと宏之は現在の春香の容態を教えてくれた。
余りにも平静な状態だった春香を見て宏之は動揺したって言っていた。
それと彼女、今が何時だかちゃんと判っているんだって事も付け足していたわ。
「そんな感じで元気していた」
「そっ、春香がそんな状態なら宏之、彼女に私とアンタの関係言ってくれたんでしょうね」
宏之がそれを言ったかどうか何って確証無かった。でも言わずにいられなかったの。
「・・・・・・・」
「約束してくれたじゃない、今度春香が目覚めたらちゃんと話してくれるって。あの言葉は嘘だったの?」
黙って何も答えてくれない彼に苛立って、ついぞんざいな言葉でそう言ってしまった。
「うっ、嘘って事はない。香澄、俺だって分かってるだけどそんなに急かさないでくれ」
「何を判っているって言うのよ!アタシはアンタがそんなんだから心配でしょうがないの。アンタが私から離れて行っちゃうんじゃないのかって心配なの」
優柔不断な彼だから直ぐに約束していたことなんって言ってくれないって心のどこかで判っていたのに、それを現実に突きつけられると不安で心配でどう仕様もなくなってしまう。だから、私はそんな言葉を宏之に口にしてしまっていた。
宏之は沈黙して何も言ってくれなかったから心を落ち着け冷静になって私の結論を彼に伝えていた。
「・・・、何も言ってくれないのね。分かったわ、今しばらく待つ。でも、必ず結論を出して」
「あぁ」
「・・・、そう」
彼の曖昧とも取れるその返事が不満だったけど、私も言葉を返していた。
私がそう言い終えた時、突然電話の呼び出し音が鳴った。
電話の近くにいた宏之がそれを取り暫く会話そしているようだった。たまに聞こえる会話の中に〝親父〟と言うのが聞き取れたからその電話が終わった時、
「両親から?」
「親父から返ってくるのが10月に延期になったって」
「そうなんだ・・・、両親には私を紹介してくれるのよね?」
前にも一度言ってあるけど念を押してまたそれを彼に伝える。
宏之の返事は曖昧だった。
判っているけど・・・、判っているけど心が酷く痛む。でも、彼の両親の帰りが10月になってよかったと思う。
明日から18日間もの出張だから私がいないうちに帰られてしまっては大変だと思ったからね。
翌日になると直ぐに私、綾、それと芦屋カメラマンと共に大阪、京都、奈良を訪れた。
これは雑誌企画ではなく地元の中学、高校の修学旅行シーズンの為の観光案内を提供する為だった。北海道や九州地方は他のグループが向っていたわ。
取材のスケジュールは初め四日を大阪、次の十日を京都、それと最後の残りで奈良を廻る事になっていたわ。
大阪での取材は学生に受けのよさそうな遊び所を中心にして取材をして行った。
初日に訪れたのは大阪心斎橋にあるフェスティバルゲートという一日中たっぷりと遊べる都市型地上8階建て立体遊園地。
ここの見世物はデルピス・ザ・コースターと言う館内を時速100㎞で縦横無尽に駆け抜けるジェットコースター。
他にも多くのイベントを提供しショッピングとかも中々だったわ。
次に訪れた所は大阪市此花区にある近年出来たばかりのアメリカ・ハリウッドから上陸した映画テーマ・パーク、ユニバーサルスタジオ・ジャパン。
アメリカオリジナルの十三のアトラクションに加え日本独自五つ、合計十八のアトラクションで来る観光客を楽しませてくれる所で見ていて飽きなかった。
それからセガ・アリーナ、セガワールドATCと廻りこれが一日目の仕事だったわ。
翌日はサバンナを掛けまわる動物が観察できる天王寺動物園、世界中の海の動物を海中散歩しながら眺められる海遊園、それと日本国内では最大規模のフラワーパークと言われている、咲くやこの花館を回っていた。
三日目になって氷室上司に命令されていた学生のデートスポットになりそうな所を探し歩いていた。
結局、私と綾の独断で決定したのは旅行シーズンには紅葉が綺麗だろうと思った通天閣の近くにある天王寺公園、大阪城を見学した後で休める大阪城公園、それと最後に大きな噴水とバラ園が綺麗な靱公園でのんびりとしながら記事になりそうな場所の写真を芦屋カメラマンに沢山取って貰った。
最後の日は修学旅行定番の場所を廻り、大阪の取材を終了した。
宿泊施設なんかはメインに廻った所の近くで学生に受けのよさそうな所を探してみた積りだったわ。
~ 2004年9月9日、木曜日 ~
京都の取材も今日で三日目。
京都の見物はやっぱり日本情緒のあるお寺や神社と言った古い建物中心だった。そして、今私達は祇王寺と言う所を訪ねていた。
「ふぇ~~~、今日もとってもポカポカ陽気で気持ちいですの」
綾はそのお寺の通りにあった休憩のために設けられている朱色の布地が敷かれている長椅子に腰掛けながらそんな事を言っていた。
今月になってからの綾の態度は先月の沈んでいたのと180度違っていた。
「ねぇ、綾なんだか幸せそうな顔しているけどなんか良い事でもあったの」
「香澄様は嬉しくおなりにならないのですの?」
「なにが?」
「貴斗様がお命を吹き返して、お目覚めになられたのですよ。後はお怪我の回復を待つばかりとなりますの」
「えぇーーーーッ!!、それホントなの綾、冗談言ってんじゃないわよね?」
「香澄さまぁ~?本当にお知りにならなかったのですの?」
「今、アンタから初めてその事を耳にしたわ」
〈・・・、貴斗、無事だったんだね。後でちゃんと謝りに行くからそれまで待っててね。それと詩織にももう一度謝らなくちゃ〉
心の中で呟くと私の目尻の辺りがちょっとだけ熱くなっていた。
それと同時に私の頭の中には一つの疑問が浮上してくる。
「ところで綾なんでアンタがそんな事、知っているのよ。秘め事、何って言ったって許さないわよ。正直に吐きなさい」
「貴斗様と綾は許婚ですの。ポッ」
『ドゥスッ!!』
「バッカ言ってんぁじゃ~~~ないわよ、あやぁ~~~」
チョップを綾の脳天に決めると同時に苦笑いをしながら彼女にそう言う言葉を投げかけた。
「香澄様ぁ~~~、痛いですのぉ~~~、シクシク」
「綾、アンタが馬鹿なこと言うからでしょ。ホラッ、嘘泣きなんかしないで正直に言いなさい」
「香澄様ぁ、ここはです・・・」
「あんた、あたしっ」
綾がまた余計な事を言うと思ってその言葉を止める為に声を出したけど、彼女は口元に人差し指をそえ黙って聞いてくださいって感じの仕草を取ってきた。
私がそれを受け入れると彼女は静かに話始める。
「ここはですね・・・、愛を失い、愛に失望して世捨て人となった女性が尼になった悲恋のお寺ですの。ワタクシガがいくら貴斗様を愛おしくお慕いしてもそれは叶わぬ恋なのですの。慣わしで親族同士での御婚姻は許されていませんの。綾と貴斗様は血の繋がった従兄妹同士ですの。ですから、御親族の吉事、凶事は必ず連絡がまわりますの」
「綾、それ本当なの?」
「ハイな、綾のお母様は貴斗様のお父様の妹ですの」
「・・・・・・、なんだか世の中って狭いわね」
〈ハハハッ、ハァ~~~、貴斗と綾が親戚同士とは〉
「ハイな、綾もそう思いますの・・・。香澄様は覚えてらっしゃらないと思いますが、本当は綾も貴女様も詩織様も貴斗様も幼少の頃、幾度となくお会いしていましたのよ」
綾にそんな事を言われても全然身に覚えがなかった。
「いったいどこで?」
「綾が昔から住んでおります神社にですの」
「会社の近くに神社何ってあったかな・・・・・・、アッ若しかして八嶋神社の事?」
「思い出してくださいましたの?」
確かに昔、あそこの神社によく遊びに行っていたような気がするわね。
それから暫く、昔の事を無理に思い出してみて綾と楽しく取材そっちのけで話してしまっていた。
「綾・・・、若しかしてそれが言いたくてここ、祇王寺に連れてきたって訳?」
「そうですの、香澄様には綾の分まで幸せになって欲しいですの。ですから、柏木様との心の距離が離れてしまい、愛を無くしてこのような所には来て欲しくないですの」
心の距離か・・・、今、宏之と違う土地にいて私がいない内に春香との仲が戻ってしまっているのではないのか、って仕事中何度もそんな風に思い悩んでいた事があったわ。
でも、その度に綾は私の事を励ましてくれていた。
同性で詩織や春香以外にこんなにも親しくなれる子がいたなんて・・・、辛い事も多いけど友達運は恵まれているのかもね。
「綾、私の事を心配してくれて有難うね。さぁ~~~~仕事頑張るぞぉ~~~っ!」
その後ずっと待たせてしまっていた芦屋カメラマンに謝って取材を開始した。
彼は銜えタバコでにこやかに私と綾の事を許してくれた・・・・・・、って言うか全然気にしていなかった様子だった。
その後は祇王寺と同じで悲恋の話がある滝口寺(こっちは男の悲恋だって綾が教えてくれた)に寄って今日の仕事を終えたわ。
京都も随分と廻ったわ。
大文字山、嵐山、清滝、無鄰菴、石塀小路、三玄、三十三間堂、かぐや姫御殿、渡月橋、伏見桃山城、新撰組駐屯地・壬生郷士八木邸、二条城、歩成園、京都タワー、琵琶湖、京都国立博物館、毘沙門堂、大石神社、勧修寺、狸谷山不動院、賀茂御祖神社、平安神宮、清水寺、高台寺、京都霊山護国神社、八坂神社、松尾大社、高山寺、愛宕神社、野宮神社、宝筐院、常寂光寺、車折神社、広隆寺、龍安寺、貴船神社、鞍馬寺、實光院、三千院、今宮神社、賀茂別雷神社、実相院門跡、正伝寺、鷺森神社、伏見稲荷大社、北野天満宮、神泉苑、晴明神社、大本山本能寺、長岡天満宮。
これら全部を廻ったのよ・・・・・・、めちゃしんどかったわ。
それにこれら廻るたび、目を輝かせて幸せそうな綾のウンチクを嫌と言うほど聞かされたわ。笑えないけど観光ガイドより詳しかった。
綾って見かけによらずこの系統のオタクなのかもね。そして、最後に奈良を回る。京都は神社、仏閣、寺を中心に取材していたのでこちらは名所、旧跡を廻る事にしていたの。
まずは奈良県奈良市から庶民の魔よけで有名な庚申様の拠点、庚申堂、国宝に指定されている五重塔を絶好の位置で眺められる猿沢池、学問と芸術の街の中にある郡山城跡を一日で廻って次に移動。
飛鳥・室生では四季の花鳥風月を堪能できる滝谷花しょうぶ園、色彩豊かな壁画がいまだ残る高松塚古墳、飛鳥のシンボルと言われている蘇我馬子の墓、石舞台古墳。
最後に江戸時代から続く薬草の園、森野旧薬園を廻っておしまい。
それから、最後の日は吉野に移動し自然の芸術の面不動鍾乳洞、日本の滝百選の一つ笹の滝、世界遺産級の景勝なんて言われている大台ケ原、雄大壮美な渓谷を眺められる、みたらい渓谷これらの自然景勝地を訪れた。
総ての予定を完遂すると休まず地元へ帰還して行った。
帰ったら記事の編集が大変だわ、まったく。
しかも10月中旬までに仕上げないといけない何って地獄だわ。
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