第十四話 恐 怖
~ 2004年8月16日、月曜日 ~
朝起きるとなぜか異常な不安に囚われていた。どうして、そうなったのかは私にもわからない。
横で目を覚ます宏之が私の表情を見てなぜか謝ってくる。
「朝っぱらからどうしてそんな不機嫌な面してんだ?若しかして昨日、俺が酒の勢いに任してやっちまったからか」
「・・・・・・」
「悪かった、謝るからそんな顔見せないでくれよ」
「・・・・・・・・・、違うわ」
「じゃぁ~~~、どうしてそんな顔してんだよ?」
「わからない」
私の返した言葉に宏之は納得がいかなそうな表情を向ける。でも、彼はそうするだけで、それ以上何も聞き返しては来なかった。
不機嫌?のまま朝の支度に取りかかった。
そんな気分の所為なのか朝食をうまく作れなかったわ。だけど、そんな朝食を宏之は文句も言わず食べてくれる。
嬉しいはずなのに私の気分は少しも楽にならなかった。
重い雰囲気のまま私達の所へ慎治が訪れたわ。
宏之が連絡をしいて今日一緒に慎治の車で春香の所へ行く事になっていた。
車内でも重苦しい雰囲気の状態が続く。
一体のこの不穏な空気は何?殆ど慎治に促されるまま私も宏之も春香の病室へと移動していた。
その場所についてもその状況は変わっていなかった。
それを打ち破るように最初に声を出したのは宏之だった。
「春香、見舞いに来たぞ。ホラッ、かっ・・・・・・・、隼瀬も慎治も一緒だ」
「はるかっちぃ~~~、身体の方はどう大丈夫?気分は?」
私も何とか気持ちを切り替え、明るい表情で春香に挨拶を送ったわ。
その後ろから慎治も春香に挨拶をしていた。
「ヨッ、元気してたか?」
「ミンナぁ、来てくれて有難う」
「皆さん、こんにちは、ですぅ」
翠はその言葉の後、ほんの一刻、私を睨み付けた。でも、彼女から目を逸らさないでそれを見返してあげる。すると彼女の方から目を背けた。
ここに入って直ぐに気付いた事だけど私の幼馴染みの二人はまだ来ていなかった。
詩織が来るとしても貴斗の方はどうなのか私にはわからない。
その二人が居ない間、私達は高校の思い出話をしていた。
詩織がいればもっと昔の事も話せたけど今は無理のようね。
丁度、話が一段落したところで待ち人二人が登場して来た。
「こんにちは、春香ちゃん、遅れてごめんなさいね」
詩織のほうはちゃんと挨拶してきたんだけど、貴斗の方は黙って何も口にしなかった。
そんな彼に忠告するように詩織が何かを囁いていた。
「ウフフッ、二人ともどうしたの?ヒソヒソ何ってして?」
「ハハッ、なんでもない。遅れてゴメン、涼崎さん」
貴斗、なんだか無理に表情を作っている様に見えた。
多分、それに気付かないのは春香ぐらいだと思う。
他のみんな宏之も慎治も詩織も翠も多分同じ事を思っているように感じるわ。
嫌な空気が漂う中また談笑が開始された。
詩織、演技しているのか?話の合わせ方がとても上手かった。
今はそんな彼女の才能を羨ましく思うわ。
談笑しながら一時間くらい経過した頃、急に変な気分になった。
すると突然、私達の居るこの病室に変化が訪れる。
「ワァーーーッハッハッハッハ、アァーーーッハッハッハ、アッハハッ!?」
「如何したのよ、急に大声を出して笑ったりして?」
余りにも変な笑い声をあげる貴斗に対して強い口調でそう言っていた。
それを見た他の面々も同じように何かを言葉にしていた。
「ハハッ、これが笑わずに居られるか!」
「貴斗!アンタ、いったい何を企んでるの?」
彼の瞳は狂気に満ちていた。
その目を見た私は言い知れない恐怖を感じてしまう。
貴斗のその双眸を見るのは今まで生きてきた中これで二度目。
それに前一度見た時はとても恐ろしい事が起こった時だった。
その瞳を覗いてしまった瞬間、体が完全硬直してしまい声も出せない状態になってしまった。私はただ唖然と貴斗の行動を見ている事しか出来なかった。
「フッ!企む?何も企んでないさ。こんなぁ、茶番、付き合ってられるか!」
「貴斗君!」
「黙れッ!」
「ヒィッ」
「お前なぁーっ!」
「何だ、お前らその目は?」
私が硬直状態なのにみんなは必死になって貴斗を止めようとする・・・、でもそれは無駄な事なの。
彼のこの状態は事が過ぎるまで絶対に誰も止められないわ。
「お前ら、本当にこれでいいのか?こんな状態の彼女を見て何とも思わないのか?嘘、偽りの中に何があるってんだ!こんなこと、ずっと続けて春香さんは本当に嬉しいと思うのか?俺は・・・、おれはっ!、潰れそうだ。答えろよぉっ」
しかし、その貴斗の思いに答を返せるものは誰も居なかった。
みんなどう思ってるんだろう?
私?私は貴斗の意見に賛成だけど・・・・・・、春香がちゃんとした意識を持った時じゃないと宏之との関係を話せないから貴斗の言っている事を判るけど・・・、でも、春香が本当の春香であった時、私と宏之の関係を告げるのを心のどこかで怖がってもいるの。
貴斗とみんなのやり取りはまだ続いていた。
「タッ、貴斗君、何を言っているの?私には分からないよ!」
彼の言葉に到頭、春香も目に涙を浮かべてしまっていた。
「春香、お前、今まで俺を『貴斗君』なんて呼んだたとえあるか?お前も、気付けよ、春香ッ!」
「クッ!ひっ、宏之君、貴斗君が睨むよぉ~!」
「お前、それまさか!?」
貴斗が私の知っている何かを取り出した時、やっとの事で硬直が解除されて言葉を出す事が出来た。しかも慎治と同時に。
彼の手にしている物、それはガラスのフォトスタンドに納められた三年前の祭りの時の写真・・・、だと思う。
そのフォトスタンドは貴斗の好意でみな同じ物を渡されていたわ。
「二人が察しのとおりの物」
「貴斗ぉ~、やめて頂戴ッ!」
「邪魔だ、どけ」と低い声で貴斗は詩織に言い放った。
「キャッ!」
幼馴染みの行動を止めようとしたもう一人の幼馴染みは彼によって突き飛ばされてしまった。
詩織が突き飛ばされた方向に運良く私が立っていたから何とか彼女が床に倒れる事は無かった・・・・・・、だけど、貴斗の掌手が見事に決まり彼女は気絶をしてしまう。
もう絶対に誰も彼の行動は止める事は出来ない・・・、絶対に・・・・。どうして、私がそこまで確信しているのか?それは彼のあの酷く凍った瞳が物語っている。
あの時と同じ・・・、そうあの時と同じ眼をしている。
*
それはまだ私が中学生になったばかりの事だったわ。
幼馴染みの詩織と私は部活が終わったので貴斗との待ち合わせしてある学校の校門前に向かっていた。
その場所の近づくに連れ誰かが争っているのが見えてきた。
「しおりン、あれって臣永クンじゃない?」
「香澄、臣永さんなんか絡まれているよぉ~~~、助けてあげなくちゃ」
「あんたに言われなくたって分かってるってね」
その生徒は私と詩織のクラスメートでもあり男子水泳部員だった。
私達は臣永君の所へ掛けよると彼は九人以上もの不良に囲まれていた。
普通の女の子だったらビビッテ逃げるけど私はそうじゃなかった。
詩織は泣き虫なくせに、正義感だけは人一倍強かった。
「あんたら、良くもずけずけと学校の前でそんな事出来るわね。アタシがお天道様に変わって成敗してやるわ!覚悟しなさいっ!」
「あぁ~~~ン、何言ってやがんだこのアマは?」
「ハッ、隼瀬さんに藤宮さん、アッ、危ないのに何で僕なんかを助けるんだ」
「なぁ~~~に言ってんのクラスメートじゃないそれに部活も一緒だしね」
不良連中を無視し臣永クンと言葉を交わしていた。
「ヒクッ、ヒクッ、やめてよ、私のクラスのお友達にそんな事しないでよ」
幼馴染みの一人は私の裏に隠れ脅えながらそんな感じで声を出していた。
「そうだ、アンタ達、よって集って一人に絡むなんて最低!」
「うっせぇ、アマ、犯されたくなかったら引っ込んでロ!」
「後で可愛がってやるからチョトまってな、仔猫ちゃん」
「アンタラ一度自分の顔、鏡で見て確認したら?ぜっんぜん人顔に見えないわよ、このけだもの連中」
「なんだぁとぉーーーっ、このくそあまぁ」
「いタッ」
私の口にした言葉に激怒した一人が私を殴りかかってきた。
私の裏に居た詩織がその所為で私と一緒になって倒れてしまい怪我をしてしまった様だった。
詩織と私が転んだのを見た不良供もが厭らしい目で近寄って来ようとしたその時、誰かが駆け寄ってきて怒声をあげながら私達を囲んでいる不良に睨みを利かせていた。
その声の持ち主は私のもう一人の幼馴染みの貴斗だったの。
「お前らそこで何やってんだ!」
「なんか、またうっさそうなヤツが現れたぞ」
「一人だし、そいつも、序でにカツアゲしちまえ。ヒーローずらしたヤツは虫唾が走るんだよっ」
「カスカス、シオシオ二人とも無事か・・・?」
「タカ坊その呼び方止めろ、って言ってるでしょっ」
「貴ちゃん、私をナメクジみたいに呼ばないでよぉ」
私と詩織は彼の現れた事に安心したのか陽気な声でそう言っていた。 そんな私達を無視するように彼は私と詩織をマジマジと確認していた。
「香澄の頬が腫れている・・・、詩織の足から血が流れている『ブチッ#』女の子を殴るなんて・・・、しかも俺の大事な幼馴染の・・・・・・、お前たち、殺す」
何かの音と共に貴斗の瞳の色が変色したように見えた。
余りにも冷たい色をしていた。
私も詩織もそんな彼の目に脅えてしまっていたわ。
貴斗はその言葉を実行するかの様に目の前の不良を薙ぎ倒して行く。
骨の折れる、砕ける鈍い音が何回も聞こえてきた。
余りにもおぞましく惨殺的な光景だった。
その所為で余計に私は脅えてしまった。
私も詩織も何も出来ないままあっという間に決着がつこうとしていた。
「こっ、こいつマジポン、強ぇ」
「人間じゃねぇぞ、まじで中坊かよっ!」
「にぃっ、逃げるぞ、ズラカルぞ」
「ばっ、化け物だ!?」
「逃がさない」
「もう止めて、彼らが可哀想だよ、それに貴ちゃんだって怪我してしまっているじゃないっ!」
始めに動いたのは詩織だった。
彼女は貴斗を背中から抱きしめ彼の行動を止めようとした。
「詩織も香澄も、あんなゴミなヤツ等によって怪我を負わされた。絶対に、容赦しない!生かしてはおけない、殺す」
「あたし達は大丈夫だから、それにタカ坊、アンタだって怪我してるじゃない」
相手がナイフを持ち出していたから少なからず切り傷が有った。
「僕の怪我なんて関係ない。どんな小さな怪我でもお前達を傷つけるヤツ、傷つけた奴は絶対許さないっ!俺がそばに居る限り、近くに居る限り・・・、・・・、・・・、絶対後悔させてやる」
「タカ坊の気持ち、嬉しいけど自分大事にしてよぉ」
「詩織は、詩織が傷付くより貴ちゃんが傷付く方がもっと嫌、だからそんな事を言わないで」
「・・・・・・それでも僕はお前達を護るって決めたんだ。・・・、僕の命が続く限り」
貴斗が言葉の最後を小さく呟く、でも、私には聞こえていた、どんな意味なのか分からなかったけど。
「タカ坊ぉーーーっ、いいぃーーーかげんにぃ~しなさいっ!」
『ピシッ!』
嬉しいけど彼の余りの言いように私はその言葉と一緒に貴斗に平手打ちをした。すると彼の目の色が変わり、いつもの暢気そうな、能天気そうな表情に戻り、私たちの変な渾名を口に出していた。
「ナハハッハッハ、ごめん、カスカス、シオシオ」
「アンタぁーーー、態と言ってるでしょ!」
「恥ずかしいからその呼び方、止めてってばぁ」
私と詩織は彼に助けられたとき思ったわ。
彼のそんな瞳をもう二度と見たくないから危険な事は自分から首を突っ込まないって。
*
状況は今と全然違っていたけどその時と同じ瞳の色を貴斗は春香の病室のみんなの前で見せていた。だから、私はその時の記憶が甦って恐怖してしまい竦み上がっていたわ。そして、誰も貴斗の行動を止める事が出来ないで事態は深刻な方向へと向かってしまった。
春香は貴斗の所為で苦しみ、また眠りに落ちてしまった。
どうして彼はそんな行動を取ったのか?不思議でしょうがなかった。
昔っから誰かを助けるのに必死だった彼が春香にあんな酷い事をする何って思わなかった。
それは彼が記憶喪失の所為なの?
それとも記憶喪失でも昔みたいに何でも自分で解決しようと思っているの?・・・、色々な考えが頭の中に浮かぶけど・・・、今はただ、周りに流されて何も出来ない私がそこにいた。
みんなとの行動の流れで今、全員病院の外に出ている。
私達全員がこの場に居る事を確認した貴斗はさっきのあの怖い瞳をしていなかった。
彼が冷静になっている事が分かる。でも、緊迫した空気は変わっていなかった。そんな中、彼は静かな口調で私達に言葉を掛けていた。
「病院内では静かに。ここなら、大声を出しても平気だろ。お前ら俺に言いたいことあるんだろ」
「説明しろよ、何であんなことしたんだ!」
「セツメイ?慎治、それなら病室内で言ったはずだが?それとも、もう一度言って欲しいのか?」
「ああいう事するにもタイミング、ってのがあるでしょ!」
突飛な行動をした彼を諌める様に厳しい口調でそんな事を言ってしまった。
それはさっき私が何も出来なかった腹癒せの為かもしれない。
「タイミング?それはイツだ?それは、明日か、明後日か?1年後?10年後?いつなんだよ、いったい。隼瀬、そんなこと、言う割に俺がとった行動一度も止め様としなかったな。あれか?もしかしたら彼女また意識不明になり、宏之が自分の所に戻ってくれるとでも思ったのか?」
「ナッ・・・、アンタが記憶喪失じゃなかったらこんな風にはならなかった!」
〈そんな事、思ってなんかいないわよ!あんたがソンナンじゃなかったら記憶喪失じゃなかったら貴斗は私や詩織の事いつも一番に考えてくれていたじゃないっ!〉
「ホォ~自分でやった事を俺の所為にするのか?俺の記憶に何があるって言うんだぁ!」
「貴斗!いい加減にしてください、香澄の気持ち考えたことあるのですか?」
「考える余地など無い!」
〈この前、私に言ってくれたあの言葉あれは一体なんだったの?〉
私が今、心の中で思った事を言葉に出したかった。でも今の彼を見たらそれを言っても意味がないような気がして口には出せなった。
その彼の言ってくれた事とは去年の12月の頭の事だったわ。
~ 2003年12月3日、水曜日 ~
夕方、銀行から会社に戻る途中偶然、街中で貴斗を発見し、さらに目と目が合った。
すると彼は直ぐに目を逸らしその場から逃げるように立ち去ろうとした。
余りにもあからさまな彼の態度に私は腹が立って彼に駆けよりフン捕まえてやったわ。そして、そんな彼に強気の口調で言葉をかけた。
「貴斗ぉーーーッ、何でそんなにアタシを無視すんのよっ!」
「・・・・・・・・・」
「貴斗なんか言ったらどうなの?」
「・・・街中でそんなでかい声出して恥ずかしくないのか?」
「ムッキィーーーっ。黙んなさい、馬鹿貴斗」
『ボコッ★』
その言葉と共に貴斗のヤツをぶん殴ってやった。
彼はそれを避ける事なくまともに食らっていた。だけど痛がる素振りを見せなかった。
「・・・、気が済んだか」
「アンタのその言い草、余計腹立つわ、ちょっとこっち来なさい」
そう貴斗に言いつけると会社に戻らず、貴斗の有無なんて聞かず、彼の手を引っ張って近くの鳳公園に彼を連行した。
「アンタ、どう言う積りでそんなにアタシを無視するわけ?訳くらい聞かせてくれたって良いでしょ?」
「嫌だ」
「言わないとっ、しおりンに悪戯するわよ」
「分かった」
「・・・・・・、なんかムカつく」
仮にも私が昔好きになった貴斗が詩織の名前を出したとたん露骨に態度を変えるんだもん、ちょっとばっかり妬けるわ。
だって、彼が米国に行く前は、素直に喜べることじゃないけど、詩織のことも、私の事も公平に接してくれたのに今じゃ・・・。
「・・・嫌いになりたくないから・・・、無視してる」
「なによ、それ、全然意味、分からないわ。人様に分かるように説明しなさい」
「それは・・・」
その幼馴染みは嫌な顔しながら渋々と話を始めた。
貴斗はちゃんと私の行動を理解してくれていた。
宏之の支えになって彼の心を癒した事を貴斗はちゃんと判ってくれていた。
彼は私に〝宏之の心を救ってくれて感謝する〟って淡々とした口調だったけどそう言ってくれたわ。
「どうして、どうして、そう思ってくれているのに私を無視すんのよ」
「そんくらい頭の中では理解してんだ!・・・、だけど・・・、だけど・・・、俺の心がそれを許してくれないんだ。駄目なんだ・・・、駄目なんだ・・・。分かっていてもどうしようもなく俺の心がそれを訴えてくるんだ。」
「お前のその行為を正当化してしまうと、俺が犯してしまった罪までも、自分で許してしまいそうで・・・、そんな自分が許せない・・・・。隼瀬、お前に会えばどうしてかこの感情が強くなってしまう。今だってそうなんだ。お前を嫌いになりたくない、だからお前に会わない様にする。無視する」
少し感情が入り混じった声で貴斗はそう口を動かしてきた。
「貴斗の気持ちがわかったから、だからもうアタシは何もアンタに言わない事にする。アタシの事、今はどうでもいいけど・・・、でもね、しおりンだけは泣かせちゃ嫌だからね」
「・・・努力する」
「アンタ、その口癖ホント昔から変わんないわね」
私の言う昔とは幼馴染み時代の事からよ。
「口癖なんてそう易々直せるものじゃない」
「ハイ、ハイッと、それじゃアタシ仕事に戻るから、じゃあねぇ、バイバイ」
「頑張れよ」
私の何に対して彼はそう言ってくれたのかわからなかったけどその言葉は嬉しかった。
これが貴斗から聞かされた私を無視する理由だった。
一度は彼、そんな事を言ってくれたのにそれは嘘だったの?
今の彼にはその感情はどこかへ消え去ってしまったの?
そんな追憶をしていると宏之が貴斗をタコ殴りにしていた。
余りの一方的な宏之の行動に私は大声を上げてそれを止めようとしたけど彼の耳には届いていないようだった。
私は今、目の前の光景を見て、すぐに声を上げた。
「宏之ッ!いい加減にしなさい」
大声で叫んでいた。でも、宏之に私の言葉は届かなかった。
今の宏之の双眸も、貴斗のあの冷徹な瞳に似ていたわ。
怖くて、もうそれ以上の言葉を出すことが出来なかった。
結局、宏之の行動を止めてくれたのは慎治だった。私は貴斗に目をやる。意識を失っているようで身動き一つしなかった。
「貴斗ッ!」
「そのままにして置きなさい」
「カスミッ!どうしてその様な事を申すのですか!」
「そこで少し頭を冷やして貰った方がいいわ、彼の今日の行動は唐突過ぎるわ。取り敢えず・・・、この場から離れた方がいいわね、行きましょう」
貴斗に駆け寄ろうとする詩織の腕を捕まえそれを止めた。
私はさっき思い出した事に腹が立って冷静さを欠いているようだった。
それの所為でそんな言葉を詩織に向けていたわ。
「行きましょう?行きましょうって、何を言っているの?香澄。彼を置いていける訳ないでしょう。放して、放して、香澄!・・・たかと、タカト、貴斗ぉ~っ!」
詩織の言う事を無視し彼女を強引にこの場から引き離しタクシーで帰る事にしたわ。
詩織の家に到着すると彼女が貴斗の所へ戻らないように監視する為、彼女の部屋に一緒にいた。
何でそんな行動を取ったのか私自身でも分からなかった。
詩織が最初に取った行動は可愛らしい嗚咽をしながら私に駄々っ子パンチ。痛くないから避ける事はしなかったけど。
それが終わると大きな声で何度も貴斗の名前を呼びながら子供のように私の胸の中で泣いていた。
詩織がその呼び声を上げる度、私がそれを聞く度に心が軋んでいた。
彼女が泣き止み、時間を確認すると一時間くらいが過ぎていた。
「ごめん、しおりン、監禁するようなまねして」
詩織にそんな言葉をかけると、再び、私を罵る声を上げ泣き出してしまった。
「香澄のバカ、馬鹿、ばかア、莫迦ァぁぁぁあぁーーーー、何であんなコト言うのよ、なんでアンなことするのよ、貴ちゃんになんかあったら、ゆるさないんだから、かすみのばかぁ、ふワァああぁーーー、ハァあァワァ~~~」
今度は服にしがみつくように、私の胸で泣いていた。
そんな彼女を見ると・・・、やっぱりさっきみたいに胸が痛くなってくる。
そんな気分のまま詩織を強く抱きしめ、彼女のさらさらの長髪を撫でていた。
「アタシだって、貴斗の事、心配してないわけじゃないわ」
詩織が泣きながら貴斗の名前を呼ぶ度に私も彼の事をドンドンと心配になって来ていた。
さっきの出来事を思い返してしまうと私の心は暗くなってしまった。
「香澄、その様な顔をしないで、私、香澄の気持ちわかっているつもりだから。辛いのは私だけではありませんものね。香澄だって・・・、ですから、もうその様なお顔をお見せにならないで」
いつの間にか冷静になっていた詩織は私の表情を見てそんなことを言ってくれたわ。
〈良くもまぁ、こんだけ酷い事されたのにそんな事を言えるわね。しおりン、アンタは強い子〉
「宏之に事もあるから私、帰るわ。しおりン、本当にごめんね」
そう言い残して詩織の家から立ち去った。
外でボケェーーーッとしているといつの間にか雨が降り始めてきた。
夕立?そう思って直ぐに自分の家に駆け込み宏之に所へ行くのを諦めた。
その雨は次第に激しさを増し雷まで聞こえてくる。
なんだか嫌な予感がする。
まるで、三年前の春香が事故にあったあの日の午後のように。
私の思い杞憂であって欲しい。杞憂で・・・。
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