第十三話 嵐の前の静けさ
~ 2004年8月4日、水曜日 ~
春香が目覚めれば宏之の気持ちに何らかの変化が現れるだろうと予想はしていた・・・・。
今は彼女があんな状態で私と宏之の関係を言っても意味ないと思うの。
だから今はただ宏之の心が私から離れない様に見守るだけ。・・・、でも、それは単なる私の強がりでしかない事だって、わかっていた。
~ 2004年8月11日、水曜日 ~
先週は出張していたから氷室上司の労いもあって通常通りの就業時間に会社を出る事が出来た。
突然、春香が目覚め、宏之の家に引っ越してくることは後回しにしていた。だから、10日ぶりに仕事終わりに宏之の所へ向かっていた。
いつも彼の所へよる前に利用している館那珂駅前、DXスーパー』で買い物をしていく。
宏之のマンションに到着して彼の家に上がりいつも最初にする事は掃除だった。
埃ってまめに掃除しないと溜まる物だから彼より早くここへ帰って来られた時は常に掃除を優先させていたわ。
そうそう、それに今月末には彼の両親が帰国するみたいだから二人の寝室は特に確りやらないとね。
宏之の両親ってどんな人達なんだろう?会うのが楽しみ。
大抵、掃除が終わると宏之がバイトから帰ってくるまでリヴィングでテレビを見ながら寛がせて貰っているわ。
ニュースを眺めながら私はお煎餅を『ボリッ、ボリッ』とかじり、茶を『ズズズゥッ』と音を立てて啜る。ニハハハッ、なんかおばさん臭いね。
番組の内容は猟奇殺人事件、トラック衝突事故、企業の不正、政治汚職と余りぱっとしない暗いモノばかりだった。
私にとって最近のニュースで楽しめる物って言ったらスポーツ放送の時くらいかな。
それを見終えた後はリモコンで適当にチャンネルを回し面白そうな番組だと思った所で指を止める。
しばらくテレビを見た後、宏之が帰ってくる三〇分くらい前から夕食の準備をする。
丁度それを作り終わった時に彼が帰ってきた。
「ただいまぁ~~~。香澄、来てたんだ?」
「うん、宏之お帰りぃ~~~、お腹空いてるでしょ?夕食出来てるわよ」
「ああぁ、アンガトさん」
宏之と一緒に移動しながら春香の事を尋ねていた。
「今日も春香の所、行ってたんでしょ?」
「ああ、行っていた。それと春香に難しいお願いをされた」
「どんなことよ?」
「みんな一緒にあいたいってね」
「いっ、みんな一緒に?・・・・」
〈まったく、アンタまた無理な注文を受けてきたわね〉と心の中で舌打ちする。
「断れなかったの?」
宏之の事だから春香の頼みを断る事なんてしない筈と判っていてもつい聞いてしまった。
「じゃぁ~、香澄だったら断れたのか?」
「そっ、それはぁ~~~」
〈その場に居たら断りたいと思っていても私も受け入れちゃうかもね〉
「受けちまったもんはしょうがないだろ、とりあえず日取りだけは決めよう」
「そうね」
その後、宏之と夕食を取りながらその春香に頼まれた親しい仲オンリー会合の日取りについて話し合っていたわ。
春香やみんなの事も考えて8月16日、月曜日に決定した。
理由はその日が春香の中の時間で2001年9月15日の祭日だから、それと来週の月曜日は私の仕事がオフだから、最後に詩織、慎治、それと貴斗の三人はどうせ大学の夏休み中だから普通の日に誘っても支障ないと思ったからよ。
唯一つだけ不可能に近い事があったの。それは貴斗が来るか来ないか。
彼、露骨なほど私と会うのを嫌っている。だから、そこら辺は詩織の手に委ねるしかないわね。
~ 2004年8月15日、日曜日 ~
なんだか最近、土曜日曜出勤が当たり前のようになって来ちゃったわ。
「綾ぁ~~~、おっはよぉ~~~、アンタいつも早いわねぇ」
「香澄様、おはよう御座いますの」
互いに挨拶した後は先週、『星々が瞬く場所』のため取材に行ってきた時の資料整理や文章作成を開始したわ。
仕事に集中している積りだったけどそうでもない様だった。
「香澄様ぁあ~、どうなさったのですの?お手は動いておりますのに心ここに有らずの様ですの」
彼女にそう言われて手元を確認してみたら・・・・・・、原稿用紙に私にも解読不可能なミミズ君が〝ニョロニョロ〟と紙面を這い回っていたわ。
「ニャハハハッ・・・、ハァ~~~~~~」
器用に笑いながら、思わず深い溜息を吐いてしまった。
明日の事が不安で仕事に集中出来ていない私がそこにいた。
「何か心配事でもおありますの?」
「うぅ~~~んとね・・・・」
そう、言い渋りながら、綾に話そうか、どうか迷っていた。でも、綾と私はお互いに何か心配事があれば隠さないって約束してあったから彼女に私が不安になっている事の顛末を聞かせて上げた。
「そうでしたの・・・、春香様はお目覚めになられたのにそのようでは誠にお可哀想ですの」
綾は私と一緒で春香と高校一年クラスが同じだった。それに仲もよかったから彼女も春香があんな事になったのを酷く嘆いていた。
「それに貴斗様が香澄様をそれ程嫌っていますとはシクシク、綾は悲しいですの」
「貴斗の事はしょうがないってアイツにも・・・、うん、アイツの事情ってもんがあるんだから」
そんなことを簡単に口にしているけど私の心の中の彼に対する気持ちはとても複雑なものだった。
「ワタクシ、何もお支えで来ませんで申し訳に御座いませんの、お許しくださいな」
「いいって、いいって、綾に話し聞いてもらっただけでも少しだけ気分が楽になったからさそれより、綾、アンタ日曜日とか出て来て大丈夫なの?弟や妹さんの面倒とか見なくて?」
「香澄様、気にしないでくださいな。お二人とも、もう中学生と高校生ですの。ワタクシがいなくても大丈夫だと思いますの。土日はお兄様が二人のお相手をしてくれますの。それに貴斗様が家庭教師に来てくださる時はよしなにしてもらっていますの。特に妹の方は彼にお甘えの様ですの」
「アッハッハッハハアーーーっ、そうなんだ。ハッハハァ、あの貴斗がねぇ」
〈ハハハッ、貴斗・・・、若しかしてアンタって年下趣味?今の状態のしおりンがそれ知ったら多分・・・、いやぁ絶対切れるわね〉
「どうしてお笑いになるのですか」
「ハハッは、まぁ色んな意味でよぉ」
綾は私の笑っているのがそんなにも可笑しいのかとても不思議そうな表情で私の方を見ていた。
笑ったらさらに気分がマシになった。そして、その気分のまま新しい原稿用紙を取り出して仕事を再開したわ。
仕事は決めていた段取りの所まで終えるとお互いに会社の外で解散した。
綾はこの近辺に住んでいるから出勤が楽で羨ましいわ。彼女とわかれる際にそうぼやいていた。
夏だというのにすでに夜空に月は出ていた。
現在午後9時少しを過ぎたくらい。だから、直接、宏之の所へいかず、まだ働いていると思われる彼の職場へと向かった。
* * *
「香澄じゃないか?お前が仕事の帰りにここに来るなんて珍しいな?遅かったのか?」
「今さっきね」
「俺もそろそろ上がりだからなんか飲んで待ってろよ」
「ありがとう」
話しかけられながら宏之に席を通される。
久しぶりにここのケーキセットを食べたかったのでそれを彼に伝えたわ。
「ああ、わかったよ」
彼がそう言うとこの場を離れしばらくしない内に可愛らしいウェイトレス服を着た女の子がここへ注文した物を持ってきた。しかも、私の知っている子だった。
「あらっ、夏美じゃない元気してた」
「アッ、香澄先輩、本当にお久しぶりです。私は元気いっぱいここで働いていますよ!先輩こそお仕事どうなんですか?」
「結構楽しいわ」
夏美は私の水泳部の二つ下の後輩で・・・、私の・・・、でもあるわ。
その頃、彼女まだ一年生だったけど他の部員たちを凌ぎ私や詩織の次の実力の持ち主だった。
詩織と私が卒業後、入れ替わるように入部した翠とは仲が良いって噂を詩織から聞いてもいたわ。
「夏美は実業団とか行かなかったの?」
「私はここのお店の手伝いをしなくちゃならなかったから」
「才能、十分に有ったのに勿体無いわねぇ~~~」
「それを言うなら香澄先輩だって一緒じゃないですか」
「ニャハハッハッハ、それもそうね、何だかドツボにハマりそうだからこの話はこれまでにしておこっ」
「クスクスクスッ」
夏美はここ喫茶店トマトの経営者の娘だった。だから好きな水泳を辞めても仕事を手伝わなければいけなかったのかもしれない。
彼女も私とは違う理由だけど好きな水泳を高校卒業と共に辞めた一人だった。
「こら、夏美ちゃん仕事サボるな」
「あっ・・・、御免なさい」
突然、私服に着替えていた宏之が登場して夏美にそんな説教じみた事を言っていた。
「ヒロユキ、何偉そうに言ってんのよ。夏美の方がこの職場では先輩でしょ?」
「立場上そうだけど、実力は俺の方が上だぞ」
「フゥ~~~ン、そうなんだぁ、ビッグマウスな事を言うじゃない、冗談だと思うけどぉ~~~」
「エッ、そんなこと無いです。柏木さんとても凄いんですよ」
彼女は持っていたトレイを胸元で大げさに振りそんな事を口にしていた。
「ほら見ろ、夏美ちゃんだって言ってくれているじゃないか」
「はぁ~~~い、はいっ、わかりましたぁ」
「何だよ、その馬鹿にした言い方」
夏美が持ってきてくれたケーキを食べた後ここで彼と久しぶりの外食。それと今日は彼の家に泊まって行く事を彼に伝えた。
* * *
宏之のバイクの後ろに乗って二人で帰宅すると彼は直ぐにお風呂に入りたいって言ったから湯の準備をして上げた。
風呂から上がった彼に私はビールを勧めていたわ。
「ごめぇんなぁ~~~、かすみぃ」
「何よいきなり?」
「おれってぇゆぅ~じゅふだんだからぁ・・・」
「アンタの優柔不断は今に始まった事じゃないでしょ?それがどうしたの」
〈まったくその事でどれだけ私やみんなが迷惑した事か・・・〉
「おれってぇ~こぉ~んなだからぁ~~~、オマエにぃしんぱいかけさせることもぉおおいだろぉ。だあぁけどぉ、もうすこしぃ~~~だけ、もぉすこしだけぇ、まってくれよぉ。ちゃぁんとぉけっちゃくつけるからぁ」
「判った、私その言葉、信じてるからね」
酔った勢いで言っているだけだと思ったけど彼のその言葉を信じて笑みを向けながらそう答えを返していた。
宏之はビールを三缶飲み干すと目が虚ろになっていた。
すると彼は酔いの勢いに任せて私を抱こうとする。だけど私はそれを拒まず受け入れ何回も抱かれる事になった。
そのまま私と彼はベッドの上で次の朝を向かえる事になる。
私も彼もまだ知らないこれからまた不祥の事態が起こる事を・・・、
そう今日までの平穏な日々はまるで嵐の前の静けさの様だった。
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