第三話 その人の為に
慎治に私の気持ちを打ち明けてから、宏之に何かしてあげたくて彼のマンションへ訪れていた。
玄関前に立ち呼び鈴を押したりドアを叩いたりして宏之の応答を待った。だけど、何の反応も返ってこない日が何日も続いていた。
それを慎治に話したら、彼は口ではなんだかんだ不満そうにしていたけど結局、私を助けてくれる。
「・・・しょうがないこれかしてやる・・・。必要なくなったら必ず返せよ」
「これは?」
「宏之んとこの家の鍵だ」
「何であんたがこんなもの持ってるのよ?」
「それ以上聞くと返してもらうぞっ!」
「使わせてもらうわ、ありがとう」
そんな風に私に宏之のマンションの鍵を貸してくれたわ。どうして、慎治がそれを持っていたのか?とても疑問に思ったけど、聞こうとすればこれを返せっていうから聞かないことにしたの。
~ 2001年12月9日、日曜日 ~
学校からの帰り、宏之のマンションに行く途中、スーパーで買い物してから彼の家へと到着した。
始めに慎治から渡されたカード・キーを試す前に宏之が居るか居ないか呼び鈴を押して確認してみたわ。
腕時計を見ながら中の反応を待つこと一〇分。
「はぁっ、やっぱ何の反応もないわね・・・・・・。ごめん、宏之勝手に上がらして貰うわよ」
そう独り呟き、キーを挿入してみた。
それをスロットに挿すと赤く光っていたランプが緑に変わり、
『ガチャッ』とロックが開く音が聞こえた。
本当に開いてしまった事に驚き、少し呆然としてしまった。それから、我に帰ると恐る恐る扉を開け、中を確認していたわ。
「・・・・・・、宏之いないんだ」
彼がいなかったことが淋しかったのか、残念そうな口調でそう呟いていた。
部屋の中は少し埃っぽかった。だからまず始めに部屋中の窓を開け空気を入れ替える事にした。
「宏之の家、初めてお邪魔するけど・・・、なんだか貴斗の所と一緒で一人暮らしには広すぎるような気がする・・・。でも、物がいっぱいで散らかってるわね。アハッハハッ・・・、ハぁ~~~。夕食作る前にまずは掃除かな」
苦笑と溜息を吐いてからそう言って掃除を始めた。
掃除機は分かりやすい場所にあったので直ぐに見つかったわ。
周りを整理しながら掃除機を掛ける。
リヴィングから始まり宏之の寝室だと思われる場所、空き部屋、居間の順で進めて行った。だけど、一部屋だけ鍵の掛かっている所があったのでそこだけは無理だったの。
その部屋の鍵は玄関のものと違ってごく一般形式のものだったから慎治から渡されたものは使えなかった。
開ける事が出来ないと分かった私はそこで掃除を終了させた。
冬だからそれが終わると直ぐに窓を閉め、これ以上部屋が寒くならないようにしたわ。
それから、エアコンを動かし、部屋を暖め、ホンのちょっぴり休憩してから夕食を作り始めた。
宏之の好みが分からなかったから簡単なものしか作れなかった。
それを作り終えた頃、時計の針は7時過ぎを回っていた。だけど、彼は何所に行ったのか帰ってくる気配を見せない。
更に8時を回り、私もこれ以上ここにいる訳にはいかなかったから作ったものにラップを掛け家に帰る事にしたわ。
次のも次の日も宏之は家にいなかった。
だけどちゃんと私の作った物は食べてくれていたようだったわ。
彼が食事できるような状態であるのを知って嬉しく思っていた。そして、そういう事を毎日のように繰り返していた。
~ 2001年12月21日、金曜日 ~
終業式の後、家の用事とか色々あって宏之の所に行けたのは結局、いつもと同じくらいの時間になってしまった。
宏之家の玄関前に立ちの所在を確認してみたわ。
「今日も宏之居ないみたいネェ、いったい何所ほっつき歩いてんだろ」
鍵を開け中に入る・・・。やっぱり、彼は居なかった。
いつもと同じように軽く掃除を掛けてから夕食を作り、宏之の帰りを待った。
どうせ、明日から冬休みだから今日はいつもより一時間近く粘り午後9時まで彼の帰りを待ってみた・・・。
だけど、宏之は姿を見せる事はなかったわ。
「ふっ、長居しても仕方ないわね・・・、今日は書置きしてから帰りましょ」
そう思いつくと手ごろな紙を探し近くにあったペンでそれを書いた。内容は、
『宏之、あんた一体どこほっつき歩いてんのよ?ミンナ心配してんだからね』
『それとちゃんと私が作った料理食べてくれてるみたいね・・・、少しだけ安心した』
『春香の事でブルーになってんの分かるけどしっかりしなさいよ』
『隼瀬香澄より』と最後に私の名前を小さく書き残していたわ。
文面通り、慎治も詩織も貴斗もみんな宏之の事を心配している。
だから早く元気出してほしい。
それを残すと戸締りを確認して、ここを後にしたの。
~ 2001年12月25日、火曜日 ~
いつものようにパッとしない気分のまま宏之の所へと向かっていた。
普段ならどの時間に行っても宏之と顔を合わすことなんってなかったのに今日は彼とご対面できた。だけど・・・、それはとても喜べるようなものじゃなかったわ。
彼のその変容してしまった姿、私の知っている宏之はそこには居なかったの。それはなぜ?・・・、・・・、・・・。
どうせ居ないだろうと思って確認もせずにドアの鍵を開け中に入っていくとリヴィング、その場所の隅っこの方で宏之が膝を抱え蹲っていた。
暗がりの中でうずくまる宏之、その姿を目の中に入れてしまった瞬間、私は言いようの知れない不安に駆られ、しばらくの間、凍ってしまっていた。
凍っていた自身を溶かすように無理やり、声を出し、それを彼に向ける。でも、私のその声はただ驚きを示す物でしかなかったの。
「えっ!?宏之なの?」
それなりの声量で口を動かしていた。
宏之の耳に届いていると思っていた。だけど、何の反応も彼は示さなかったわ。示してくれなかったの。
「ネェ、宏之どうしちゃったの?ネェ、応えてよ、宏之!宏之ってばぁ!!」
彼のその無反応さに余計に不安になった私は何度も彼を呼びかけるように話しかけていた。だけど、やっぱり、ヤッパリ、彼は何の反応も示してくれなかったわ。
宏之のそばに駆け寄り彼を抱きしめ何度も彼の名前を呼んだ・・・・・・・。
それでも、駄目だった。
彼の顔を覗いてみると、彼の目を確認すると、彼の瞳は完全に曇っていて私の事など眼中にない、そんな印象を受けたわ。
宏之の抱く力を強めようとした時、彼が私を押しのけ言葉を出した。
「かえれ・・・」
「どうしちゃったの?前よりずっとおかしくなっちゃってるじゃない」
「かえれっ!!!」
「どうしたっていうのよっ!」
「お前には関係ない、出て行け!とっと出て行ってくれ・・・・・・、出て行ってくれよ、俺を独りにしておいてくれ」
宏之は澱んだ目で私を追い返すように罵声をあげていた。
「・・・分かった、ウン、わかった、今日は帰るけど、また来るからね、早く元気出してよね」
それだけ言い残すと渋々、彼の場所から離れて行った。
せっかく・・・、せっかく宏之の顔を見られたのにこれじゃ・・・、あんまりだわ。
帰宅途中の道端で、何度も泣きそうになった。でも、それを堪えて何とか家まで到着できた。
部屋にこもってからは押しとどめていた涙をいっぱい流し嗚咽していた。
宏之があんなふうになってしまったのが私の所為だってわかっているから、どうしようもなく辛くて、あんな彼を見ると心が痛くて、春香が目覚めてくれないのが悲しくて、寂しくて、涙が止らなかった。
去年の12月25日以来、宏之は手がつけられないくらい落ち込んでしまった。
それでも、めげずに彼の所へ通い続けた。
もちろん、私が足を運んでいる場所は何も彼の所だけじゃなかった。
これだけの日が流れ続けるのに一行に目を覚ましてくれない春香の病室へ、見舞いにも行っていた。でも、どんなに呼びかけてもその二人が私に答えを返してくれる事はなかった。こんな状況下でも、唯一良い方向に向かっている二人が居た。
それだけが、今の私にとって今の私で居られる、平静で居られる心の手綱。
その二人とは私の大事な幼馴染たち。
この頃になってヤット詩織と貴斗の二人の関係が落ち着きを取り戻してきたのを知っていた。だから、私もそろそろ詩織に自分の想いを打ち明けようと思っていた。
~ 2002年、1月5日、土曜日 ~
小さな近所の公園に私は詩織を呼び出していたわ。
そこに彼女を呼び出したのに暫くの間、三十分以上は何の会話もなく、時間だけが無駄に過ぎていた。
無駄に使う時間なんて無いはずなのに。
『キィー、キィー、キィーッ』
詩織の座っているブランコを軽く揺らすとそんな風にチェーンとチェーンの軋み合う音が聞こえてくる。
詩織の裏でそのチェーンを掴みながら私は立っていた。
何もしゃべらないで唯、そうしていると詩織の方から声を掛けてきてくれたわ。
「香澄・・・、一体どうしてしまったのかしら?さっきから一言も私にお話してくれませんけど」
「うっ、うん、しおりンは大学行ってからも水泳続けるの?」
「えぇ?勿論ですよ、香澄、貴女が続ける限り私も続けていく積りでいます。私はいい成績が欲しいのでもなく、皆様が応援してくださるからでもなく、ましてや、名声が欲しい訳でもありません。ただ、香澄、貴女が一緒だから・・・」
「しおりん」
申し訳なくて、そんな気分で小さく彼女の名前を告げただけで、その先の言葉を直ぐには口に出来なかった。でも、その言葉の先を続けないことには先に進めないから、口を動かす。
「アンガト、しおりンあんた嬉しい事、言ってくれるじゃないの」
でもね、・・・、でも、
本当は就職なんかしないで、詩織達とエスカレーター式の聖稜大学に行ってもよかった。
聖稜なら学業の成績が悪くたって部活成績がよかったから、私が進級する為の枠が用意されているからね。だから、私の本当の将来の夢の為に進級しても良かった。私の本当の将来の夢の為に。それで、大学ではもう大会の記録なんて気にせずに詩織と一緒に泳ぐ事だけを楽しめばいいじゃないかと思った。
でも、大学に上がる事、大学内で詩織と一緒に居る事はアイツ、貴斗とも一緒ってこと。これから先、私が宏之と一緒に居続けようとする事はきっと男幼馴染を傷つけ、詩織との関係を崩してしまいそう。それが怖いから、私は二人が進む先とは別の場所に居る事、就職を選んだの。
それに貴斗が私へどんな気持ちで接するかを知るのが怖かったから・・・。
今さら、聖稜大学以外の学校へ受験、しかも医学部だなんて難関学部受かる自信も、それの為の勉強へ力を注ぐ余裕もないから。
私のこれから歩もうとする道は彼女の好きな事の一つを奪ってしまいかねない事だった。
だけど、自分の気持ちにこれ以上、もうこれ以上は嘘を、嘘を吐く事なんて出来ない。
「・・・・・・・・・・・・」
女幼馴染は何かを考えるように言葉を詰めていた。
そんな彼女に私の本当の気持ちを出来るだけ冷静に伝える。
「アタシ、普通に就職する事にしたわ」
「どうしていまさら、その様な事を申すのですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「私にもお聞かせ願えない事なのですか?」
「違う・・・、今日はそれを言いたくて、今すぐにでも貴斗と逢いたい筈のアンタに付き合ってもらったのよ」
「香澄ッ、お茶を濁さないでくださいっ!」
「ニャハッ、そんなに目くじら立てて怒んないでよ、しおりン」
そんな風に詩織に返してから春香の事故の原因に私が深く関係している事、宏之が以前より酷くに落ち込んでしまっている事、それと彼の支えになりたくて実業団に行くのをやめる事を彼女に伝えていた。
それだけ話し終わると詩織の場所から離れて彼女の言葉を待っていた。
「香澄、本当にそれでいいの?」
「もう決めたから・・・」
「そうですか・・・、分かりました。香澄がそう決めたのなら、私は何も言いません。香澄を邪魔する権利など無いですからワタクシには・・・・・・・・・、ないから」
詩織はどんな積りでそんな言葉を掛けてくれたんだろうか?
そんな訳で、なんて答えていいのか分からず私は言葉を詰めていた。
彼女は黙って何かを考えている様子だわ。
更に、私も黙ったまま彼女を見つめていた。
「私、香澄の気持ち分かっている積りですから。香澄が柏木君の事をお慕いしているなら、大事と思うのなら彼をお救いしてあげてください」
「えっ!」
〈一言もしおりンに宏之を好きだからそうするって事を口にしてないのに何で分かるのよ?〉
「何でそれを・・・」
「私、18年間も香澄の幼馴染みしているのですよ。それに、私は香澄と同じ、女の子ですもの、その位、ご察しできます」
「そうよね、しおりン、頭いいもんね」
「香澄、茶化さないでくださいっ!ホントにそう思っているのですから。それに・・・・・・・・・・・・、」
「それに、何?」
「香澄が私に貴斗君の事をお譲りしてくれたことを知っていますから」
「イッ!」
詩織のその 『お譲りする』って言い方にさっき以上に驚いてしまった。
まったくよくもそんな恥ずかしい言葉で言っちゃってくれるわ、この子は。
「しおりン、知ってたんだ」
〈アッハハッ、ハァ~~~、私の意図はしおりンにはバレバレだったのね〉
「ウン」
「何時から知っていたの?・・・、気付いたの?」
「中学2年生の終わり頃からです・・・・・・・・・。それでは、香澄は私の気持ち何時から知っていたのですか?」
「ヒ・ミ・ツ」
〈ホントォ~~~にしおりンてば私の前だと馬鹿正直ネェ。アンタの場合、誰が見たって分かるわよ。チッチャイ頃、貴斗が他の女の子に声を掛けようものならその相手を睨みつけていたじゃない。それに、しおりン、ごく稀にだけど私にもそんな目を向けていたもんね〉
「香澄、ずるいですよぉ~」
「そう言っても、教えてあげない。今のしおりンなら考えれば分かるわよ」
「ムゥ~~~」
彼女の膨れっ面を見たらなんだか可笑しくなっちゃって少し気分が楽になったような気がした。
「大分、気分がよくなってきたわ、アリガト、しおりン」
「幼馴染みですもの、当然よ!」
「それじゃ、今から私、宏之の所へ行くから、じゃぁ~ねぇ」
「ウン、バイ、バイ、頑張ってね」
「アッ、一つだけアタシからしおりン、アンタに忠告しておくわ。あんまし貴斗に負担かけんじゃないわよ。」
詩織は貴斗に対する想いが強すぎるが故に、彼にあらぬ迷惑を掛けてしまう事が少なからずあった。
そう簡単に人の性格は変わるもんじゃないって分かっていたけど、そんな風に忠告しておいてあげたわ。
「どいうことですか?」
「自分で考えなさい。もう、ほんとにあたし行くわね。・・・、・・・、・・・、あんたは自分の気持ちばっかりで、貴斗の事ちっともわかっていない様だからね。あんたが思っている程、あいつ、貴ボウは強くないんだからねっ、わかったぁ~~~」
走り去りながら、詩織にそんな言葉を掛けていた。だけど、最後までちゃんと彼女に聞こえたかどうかまでは分からなかった。
ただ、にっこりと微笑み、私に向けて手を振っている彼女だけは確認できたわ。
そう言えば詩織が凄く女に磨きを掛け始めるようになったのって確か貴斗が渡米した後だった。
彼女の言葉遣いだって中学ン時と比べると随分と変わった。
いつ帰ってくるかも分からない彼の為に彼女はそれに励んでいた。
私にはそんな詩織の気持ちに勝てない、そう思ったから貴斗の事を諦めたの。
~ 2002年1月6日、日曜日 ~
詩織にあった次の日、自分の意志を固めるため慎治に協力してくれるように頼んだ。
彼、すっごく嫌そうにしていたけど何だかんだ言って私に付いてきてくれた。そして、慎治と共に宏之の玄関前にいたの。
私が呼び鈴を押し、慎治が玄関のドアを叩いていたわ。
「宏之、どっか行ってんじゃないのか?」
「そんなことないわよ、あんな状態で出歩いていたら死んじゃうわ」
「しゃぁなぃなぁ~~~、あれ使うぞ」
そう慎治に言われてジーンズのポケットから財布を出し、カード・キーを取り出した。そして、それをドアのスロットに差し込む。
「隼瀬、準備はいいか?」
「何の準備よ?」
「ぅンなの言われないと判んないのか?こころ、心の準備だよ」
彼は親指で心臓の部分を指しながら、私にそんな言葉を掛けてくれた。
そんな心構え等に出来ていた。でも、そんな風に気に掛けてくれる慎治のお陰で、今の自分が冷静になれるから、
「あのねぇ~~~、慎治、アンタに言われなくたってとっくに出来てるわよ」っ何て事を言って返す私。
「はい、はいっ、そないでっか」
そう慎治に返してから二人して同時に宏之の家の中へは侵入していった。
「オイっ、宏之!何そんなに暗くなってんだっ!しっかりしろよ」
「宏之、一体どうしちゃったって言うのよ?」
ここへ来る度に、日に日に弱って行く宏之。
このままでは春香が目覚める前に死んじゃウンじゃないかって思えるほどにやつれていた。だから、そうなる前に彼を救いたい。
壊れてしまった彼の心と体を・・・。
「オイっ、どうすんだ隼瀬?こんな状態の宏之を説得しろ、って俺に言うのか?意味ねえぇって」
「お願い、慎治!」
体に科を付け媚びる様な姿勢と甘える様な言葉で慎治にお願いした。
「チッ、判ったよ、言うだけは言ってやる」
彼は〝納得いかねえぇけど〟って表情でそれに応えてくれたわ。
「・・・有難う」
「お前ら、何しに来た?騒がしい、帰れ」
「・・・・・・・」
宏之の私達を見るその双眼もその言葉も酷くこの場を凍りつかせるような感じだった。だけど、そんな彼を見ながらも慎治は言葉を出してくれたの。
「オイ、宏之!涼崎さんがあんな状態でお前が暗くなっちまうのは分けるけどよ、隼瀬がお前の事をスッごく心配してんだ。そんなお前を見て隼瀬、コイツは涼崎さんが目を覚ますまで・・・・・・、お前を支えてやりたいって言うんだ。テメェの傍に出来るだけ居たいって言うから態々、実業団行きを蹴って就職活動始めたんだぞっ!・・・、彼女にそこまでさせておいて、宏之っ!お前はなんとも思わないのか?彼女の気持ちの応えてやろうとは思わないのか?」
宏之は慎治の言葉になのも返してきてくれなかった。
黙ったままだったの。だけど、慎治はもう一言、言葉を付け加えるように口を動かす。でも、彼の表情は辛そうだった。どうして?
「・・・宏之なんか言ったらどうなんだ?」
それでも黙り続ける宏之、慎治もそれ以上言葉をなくしてしまったみたい。
「慎治、アリガト。そこから後は自分で言うわ。宏之、今のアタシがアンタに何が出来るのか何て漠然としてて分からないわ。でも、それでもアンタの支えになりたい、春香の代わりになんてあたしなんかじゃ務まらないだろうけど、それでも彼女が目を覚ましてくれるまではアタシが・・・、・・・、・・・。アタシは・・・・・・、アンタが好きだから。アタシは宏之が好きだからアンタを支えてあげたいのよっ」
だけど、そんな私の必死な告白の言葉も宏之に届いていない様だった。
彼は何も答えてくれず、ただ蹲っているだけだったわ。
リヴィングのテーブルに作ってきた料理の包みを置いて玄関から外へ出ていた。
「慎治、何で私を置いて先に外に出てんのよ」
「馬鹿、言ってな。あのな、俺だってそんなに出来た奴じゃねぇんだ。人が告白している所なんてマジマジと聞いてられっかよ」
「アッ、悪い、そこまで気、回らなかった」
「別にいいよ・・・、気にしちゃいないから。それより就職とか宏之の事これからどうすんだ?」
「わからないけど色々と頑張ってみるわ。また、なんかあったら慎治よろしくね」
「嫌だね。隼瀬、自分で何とかしろよ」
「ンネェそんな事言わないでさぁ」
「ハァ~~~、わぁったよ、でも他の奴にあんま迷惑掛けんなよ」
「アリガト、慎治!」
それから一月も経たない内に万策尽きて宏之の事で慎治を頼ろうとしてしまっていた。
~ 2002年1月31日、木曜日 ~
放課後、机に座り宙を眺めながら慎治に声を掛けようかどうしようか迷っていた。
慎治が教室を出て行ってしまいそうになるとおもった瞬間、彼に声を掛けていたわ。
「ねぇ、慎治」
「どうした、何か用か?」
慎治に声を掛けたのは良いけど何を話して良いのかまで考えていなかった。だから、すぐに言葉に詰まってしまった。
「宏之の奴、今日も来なかったな。もう、一月も終わりだ。そろそろ出席日数の方、ヤバくないか?」
慎治はやっぱ凄いと思った。
私の事に気づかってくれて彼の方から話を進めてくれる。
「うん・・・、そうよね」
「隼瀬、もっとオマエから奴にガツンと言ってやってくれよ。アイツ、卒業出来んのか?それヨカ、以前より奴の精神状態もヤバくなってるし」
「・・・、うん」
慎治の言葉にするとおり宏之はまるで糸の切れた操り人形みたいな感じになっている。
話しかけてもほとんど動きを見せてくれない。
私が作った食事も食べてくれなくなった。一日中家にいない時だってあるわ。
「・・・慎治、今忙しい?」
「ハァ?なに言ってんだ。これからゼミに行くところだよ」
「一緒に行ってくれない・・・?」
〈私と一緒に来てほしい〉
「俺の言った事、聞こえたのか?隼瀬、俺はこれからゼミだ」
「慎治の顔久しぶりに見たら、アイツも少しは元気出るかな、って思ったの」
〈現実のどうしようもなさにアタシ、弱音を吐いている。だから、慎治に頼っているのかもしれない。それでも着いて来て!〉
「毎日毎日、オマエ大丈夫なのか?就職活動厳しいんだろ?」
確かに就職活動は厳しかった。
私みたいに今までスポーツ一点張りで頑張ってきた子がそれ以外に何が出来るのかって探すのなんて容易じゃなかった。だから就職先は難航していたわ。
慎治は歩きながら何かを考えているようだった。だけど、彼の長考に待ちきれず、結論を急かしてしまった。
「ねぇ、慎治聞いてる?行くの、行かないの?そうだ、今日も途中で買い物しなくちゃいけないわね」
「・・・・・・・・」
「私が昨日、作ったの、食べてくれたかな?」
「・・・・・・・・」
「モット強くガツンと説教したら彼、立ち直るかな?」
慎治は私の問いかけに相槌も打ってくれず、黙って聞いているだけだった。
「限界、臨界点突破、間近」
「そうよねぇ、やっぱ卒業危ないよね、アイツ」
「違う・・・、・・・・・・、オマエが、だ。隼瀬」
「エッ、何の事?」
「隼瀬、オマエ。宏之が本当のこと知ったらどうなるか考えた事あるか?」
「それは・・・・・・、言わないって約束してくれたでしょ?」
今頃になって慎治は私が春香の事故の原因の発端である事を宏之に言うといい始めたの。
「聞き入れただけで約束した積もりはない」
慎治の言葉に何も答えられずに俯いてしまった。それからも彼の言葉は続いていた。
「今一度、聞く。隼瀬、宏之を立ち直らせるためにやってるんだよな」
〈当たり前の事いまさら聞かないで〉
「If、ヤツが立ち直って涼崎さんの事を冷静に考えられる様になった時。奴はお前の言葉を完全に信じきれると思ってんのか?」
「・・・、それは慎治、アナタしだい・・・」
〈そんなの今はわからない。でも慎治がそれを黙ってくれれば・・・・・・・〉
「俺、本当のことを奴に話す・・・、本当の事を奴に言う。今、言っておけば時間が経ってから言うよりも、奴の心に受ける傷を最小限に抑えられるかもしれない」
「真治、話が違うじゃないのっ」
彼の言葉につい動揺してしまって言葉を荒立ててしまった。
「違う、何が?それは俺のセリフだ、隼瀬!宏之とオマエ、二人とも奈落の底まで突き進む気か?」
「ナッ!!」
「いつになったら、宏之は元通りになる?貴斗は何時になったらお前に対する心のわだかまりを解いてくれる?ヤツ等は何時になったらお前の気持ちに答えてやれるようになるんだ?」
慎治は理想と現実の差を言葉で突き刺してきた。
私は何も言い返せなくて、その場で涙を堪え震えるばかりだった。
「やっぱり、言うべきだ、奴ラに言うぞ、俺」
慎治の言い方は本気ぽかった。
彼その言葉で我慢していた涙がついに溢れだしてきてしまった。
弱々しい声で彼に自分の心を訴える。
「やめてッ、絶対言わないで!」
「みんな苦しんでんだ、テメエだけが苦しんでる、って勘違いするなって」
「ダメッ、言わないで御願いよ」
「アイツはお前の気持ちを理解しようとしていない」
〈あんな状態でそんなの理解できる訳ないじゃない〉
「だから俺は奴に言ってやる、本当の理由を!」
「慎治・・・、言ったら殺すわよ。アナタを殺すかもしれない」
今の私にそんな事を出来るはずもないのに虚勢を張ってそう口に出していた。到頭、私は本格的に嗚咽し始めた。
「ウッ、ウッ、うぁぁぁあぁぁあ」
「隼瀬、そんなに今のお前にとって宏之は大事なのか?貴斗の代わりとしてではなく、本心でそう思っているのか?」
〈その事はすでに決着をつけているわ。それに今の私に貴斗と詩織の間に入り込む隙なんて、もう、何処にもないもの〉
「言わなかった事、何時かきっとオマエを仇なすぞ」
〈今、何もしないよりはましよ!何もしないで後悔するよりはまし・・・、なの〉
「それでも、いいんだな、承知の上なんだな?」
「・・・、ウン」
「だったら、突き通せ、お前が言う嘘を」
「・・・、うん」
「そうか・・・、分かった俺はもう何も言わない、今までの事、総て聞かなかった事にする。黙認してやる・・・・・・。ただし一つだけ約束して欲しい事がある。これから先、隼瀬、お前が正式に宏之の彼女になって・・・・・・、いつ目覚めるか分からない涼崎さんが目覚めたとき。若しも、若しもだ。悪までも、若しかしてだからな。宏之と隼瀬の中を認めつつも彼女が・・・・・・、」
「その、あぁあぁっ、なんていったら良いんかなぁ?涼崎さんが宏之を好きなままで奴が彼女のところに戻っても後悔しないな?それが出来るんだったら黙認してやる。統べて、総てをだ」
慎治はそれだけ言うと背を向け、私の答えを聞かないまま、私をこの場に残して彼は行ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・、ウン、頑張ってみる」
彼にはそう返すけど、本当に守りきれるかどうかなんて、判るはずがないんだけど・・・、
それでも、慎治のすべて言った事を聞き入れられるわけじゃないけど、そんな彼の背中を見ながら私はそう頷いていた。
宏之の所に一緒に行ってくれなかったけど最後に慎治は私の気持ちを汲んでくれた。
それがとても私を励ましてくれた。
慎治が私に強く諭していたように就職活動しながら宏之の面倒を見るのは大変な事だと実感している。でも、自分の気持ちを曲げたくない。だから、今度こそ誰にも頼らず、頑張ってみようと宏之の住む場所に向かいながら決心した。
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