第 二 章 誰かを忘れた日々
第五話 てきぱきワーキング!?
~ 2002年3月25日、月曜日 ~
今日から社会人。
着慣れないスーツを身にまとい両親とお婆ちゃんに挨拶してから勤め先である修文出版に向かった。
家を出てから一番初めに翔子お姉さんに今日が初出勤であることを挨拶しにいった。
彼女が学校に出向く前だったのですれ違いになる事はなかったわ。
「香澄チャンとてもスーツ姿、お似合いしておりますよ」
「翔子おネぇ、有難う。あたしドジらないように頑張るからね」
「ハイ、頑張ってください。でも無理は禁物ですよ」
メーカや車の名前なんか私にはわからないけど、彼女は迎えの高級そうな車に乗りその窓から私に手を振りここから去って行った。
詩織にも私の晴れ姿を見せたかったけど今日は彼女、貴斗の所に泊まっている筈だから今すぐ見せるのは叶わなかった。
国塚駅に向かい三戸方面の電車に乗り三戸駅で下車した。
私の働く出版社は駅から出て東に向かって一〇分ほどした所にある15階建ての貸しビルの中にある。
そのオフィスはそのビルの6階から9階を借りている結構大きな会社だった。
翔子お姉さんの言われた部署を探してその部屋に入室して行った。
そこに入ってから初めに目に入った人物を見て驚き、すぐに言葉を出せなかった。
「綾よね?何でアンタがここにいんのよ!」
「クスクスクスッ、香澄様、驚いてくださいましたの。ワタクシもここで働かせて頂く事になりましたの」
「ぇえぇっ~~~、またアンタとつるむ事になるの?腐れ縁も良いとこだわ」
「香澄様は綾と一緒なのがお嫌ですの?」
「別に嫌って訳じゃないわ、唯ホントにビックリしただけ」
「それでは香澄様、これからもよろしくお願いいたしますの」
「うん頑張ろうね、綾!」
高校三年間同じクラスだったのに就職先まで一緒とはなんだかなぁ。
これで綾が卒業式の時、言っていた〝嫌でもわかる〟ってこの事だったとは・・・、本当は大きな声を出して笑って驚きたいけど何とかそれを抑えてなるべく小声で綾と話していた。
ちょうど午前9時を時計の針が指した頃、私達の上司と思われる男の人が現れ挨拶をしてきた。
今ここに新入社員と思われる人が綾と私を含めて六人いた。
「ハイッ、皆さんおはよう御座います」
「おはよう御座います〈ですの〉」
「元気いいですね。それと皆さん入社おめでとう御座います」
有難う御座います〈の〉」
〈ニャハハハッ、なんか上手い具合にアタシ達の声がハモってるけど、なんか綾だけ変な語尾が付いてるわ〉
「まず私の自己紹介からします。私は貴方達の編集担当をさせて頂く事になりました氷室陣と申します。皆さん、余り堅くならず気楽にやりましょう」
私と綾の上司は柔和な表情と明るい口調で私達に挨拶してくれていた。
それから、一番右にいた男から順に自己紹介が始まり私、そして綾が最後でそれを締めくくったわ。
それが終わると氷室上司から私達それぞれの仕事担当を言い渡された。
それからオリエンテーションで社内を見回り最後にまた元の部署に帰ってくる。
ここに戻ると直ぐに仕事に取り掛かる事になった。
私が普段担当する仕事は旅行雑誌の記事を集めるため各地に行ってネタ集めをする事だった・・・。
しかも綾と組んで。彼女とはある意味詩織以上に長い付き合いになりそうな予感。
取材先は地元から他県と幅広く、遠出して泊まりこみの取材は月一で、残りは大抵日帰りで行ける所だと氷室上司は言っていた。
取材先がない場合は私が綾と持ってきたネタの編集。
それすらない時は他の部署の文章の添削をしてくれって命令された?ッて言うより頼まれたって言った方がいいのかな?
今は綾と辞書を片手にその文章添削をしていた。
「よく読んで見ると結構変な言いまわしや誤字脱字ってあるもんだね」
「そのようですの。でも致し方ない事ですの」
「何で仕様がないのよ?」
「簡単なことですの、これを書かれたご本人様、自分は正しく書いていると思い込んでしまうと脳に強くその記録が刻まれてしまいますの。ご本人の眼に間違った文章や文字が映っていてもそれは正しい物であると変換され脳内に送られてしまいますの。ですから、間違いを見分けることが出来なくなってしまいますの」
「へぇ~~~、なるほど・・・って全然、綾が言っている事わかんないわ」
「クスッ、そうでしたの?申し訳御座いませんでしたの。綾の意はご本人ではお間違いを見つけるのはご容易ではないと言う事ですの。ですから、私たちがいまこうしているように添削を専門の職とする方々がいるのですの」
「だったら始めからそう言いなさい!綾の意地悪」
綾と午後5時の就業時間までその添削を行っていた。
彼女って妙な喋り方するけど上手に与えられた仕事をこなしているみたいだったわ。だから私も負けないように頑張っていた。
作業としては二人して異なる文章を読んで添削編集し、それを交換し変化させた場所と他の場所をよく読み返しながらまた編集添削し、また交換。
そんな単純作業を延々と繰り返していた。
新しい企画は来月からと言う事になっているので三月いっぱいは今やっていることが続くって氷室上司が教えてくれたわ。
* * *
仕事が終わると綾と別れて宏之の所へ向かった。途中、館那珂駅前のスーパーによって夕食に必要な材料を買い揃えていた。
「今晩ハァーーーっ、宏之、今日も来たわよぉ~~~」
「隼瀬か・・・、いつも悪い」
卒業式以降、最近少しだけ宏之も私に話しかけてくれるようになった。
彼の精神も段々と良い方向に向かってきていると言う兆しだと思う。
宏之の前で春香と貴斗の話をしない事にしていた、理由はそれを話せば彼いい顔しないから。
せっかく癒え始めた宏之の心を駄目にしたくないもん。
夕食の支度をしながら彼に今日から始まった仕事の事と綾が同じ場所で働く事になったのを聞かせていた。
「ねぇ~~~、聞いてよ、宏之。今日から仕事始まったんだけどさぁ、吃驚した事に綾、瀬能綾、あんたも同じクラスだったから知っているでしょ?彼女もアタシと同じ所に就職していたのよ。卒業前には教えてくれなかったから社内であった時は心底驚いたわ」
「ふぅ~~~ん、瀬能、就職したんだ。頭良いからてっきり進学かと思った」
「アタシもね、最初そう思ったけど彼女も色々と事情があって大変みたいよ」
「そう、余り瀬能とは親しかったわけじゃない・・・、俺には関係ない」
「・・・・・・・・・」
「あっ、えっと、その・・・・・・、あれらは、慎治や貴斗はどうしてる?それと藤宮さんは?」
数ヶ月ぶりに始めて宏之の方から私に質問して来てくれた。
しかも彼と最も親しい友達の名前を口にしていた。
嬉しくて胸が熱くなってきちゃった。
余りにも嬉しくてちょっぴり目尻から涙がこぼれていた。
「しおりンも貴斗も慎治も三人そろって大学合格したわよ。しおりン、来月からまた貴斗と一緒の学校だってスッごく喜んでいたわ。慎治は合格したからって遊びまくっているみたいね」
「ソッカ、よかった・・・、それと貴斗と藤宮さん上手くいってんのか?・・・、心配なんだ」
「前に卒業式のハプニング話たでしょ、覚えてる?あれの日からしおりンもう貴斗にべったり。彼も満更じゃないみたいね。ハァ~~~、見てるこっちは呆れてきちゃうわよ。まったく」
「よかったそれを聞いて安心した」
「エッ、今なんか言った?」
「なんでもない」
その会話から少しも経たないうちに料理を作り終えて二人してダイニング・テーブルで食事をした。
箸を動かしながら宏之がちゃんと食べてくれているか彼の手を眼でおっていたわ。
「・・・・・・隼瀬いつも有難う」
脆弱な声だったけど彼が礼を言葉にしてくれていた。
本当に今日の宏之は今までと違っていた。若しかしたら近い内に彼、正常に戻るかもしれない。そんな風に思えた。
「いいのよ、アタシが好きでやっていることだから・・・、でも本当にアタシに感謝してくれるなら早く元気になってね」
軽く頭を横に振りそう宏之に優しい口調で応えた。
「あぁ」
宏之の返答の声は大きくなかったけど私の気持ちが伝わってくれたのが何よりだった。
「ねぇ、宏之、アタシのこの料理、美味しい?」
「あ・・・、うっ、うん」
「そっ、アリガト」
小さく頷いて呉れる宏之に、優しい笑みを向けそう言葉を返していた。
夕食が終わると彼との話はそれ程長く続かなかった。だから、引き際を見分けて彼の元から離れ自分の家に帰る事にしたわ。
~ 2002年5月22日、水曜日 ~
今日は綾と、それと専属のカメラマンと共に今月の企画『地方の社巡り』の為、地方の社を歩き回り取材をしていた。
この日まで巡った神社は大黒様が祀られる三言主神社、建葉鎚命を祀っている静瓜神社、大国主神のご神体があると噂される磯前神社ッと言った風な具合に日本書紀や旧事本記なんかに書かれている日本神話に基づいた建てられた神社を巡っていた。
〝この企画は他の県も回る事になりますよ。頑張ってくださいね〟って氷室上司に聞かされていた。
その時これを聞いていた綾はとっても嬉しそうだった。
綾、日本神話なんかが好きみたいで神社を前にすれば、私は唯々彼女の説明を聞いているだけで・・・、今もそうしている所だった。
「写真屋さまぁ~、あちらの方を綺麗にお写しくださいな。今ワタクシ達がいますのは鏡島神社とお呼ばれされている所ですわ。こちらに奉られていますのは天孫降臨の際の英雄と呼ばれています武甕槌神ですの。この神様は・・・」
そこから綾は延々とそれに関連する事を私と芦屋カメラマンに聞かせて境内を歩き回った。
彼女の語りを片手で扱える小さな録音機のマイクでそれを私は記録していた。
どの神社を回っても大抵こんな感じで仕事を進めていた。
今は圏内の仕事で日帰りだったから宏之の所に夜遅く訪れる事はなかったわ。
* * *
「たっだいまぁ~~~」
「あぁ、来たのか隼瀬」
いつの頃からかな?宏之の家に仕事の帰りに寄って上がるときの挨拶が〝お邪魔します〟からね〝ただいま〟に変わっていたのは。
宏之はそれに対して〝おかえり〟って言葉を返してくれないけど否定した言葉を返してこないから嫌ではないみたい。
「ハイッ、これお土産よぉ」
「お土産?何でまたそんなもん買って来たんだ?」
「あのね、今企画で神社めぐりをやっててね、今日は大きな神社で近場にお土産屋さんがあったから買ってきちゃった。確か宏之って甘いもの好きでしょ?」
彼は私の買って来た物の包みを開き中身を確認していた。
それを見た宏之は訝しげな表情をして、私に尋ねてきたわ。
「なんじゃこりゃ?タケミちゃん饅頭?隼瀬、一体お前何所に行ってたんだ?」
「ニャハッハッ、可愛いでしょ?」
そんな彼の表情を苦笑しながらそう答えていた。
「エッとそれはね今日行ってきた神社のタケなんとかって言う神様の顔をプリントしたお饅頭よ」
「なんて名前の神社にいってきたんだ?」
「エッとね、鏡島神社」
「ああ、鏡島神社、武の神様の武甕槌神ね」
「何で宏之アンがそんなにはっきりと言えるのよ?」
簡単に答えを返してきた彼に驚きそう聞き返していた。
「ああ、俺は昔剣道、ってのをやっててな、その神社の神様を讃える奉納試合で何度か少年の部で優勝したときがあるんだ」
「へぇ~、そうだったんだ。でもアンタ高校の時部活に入っていなかったじゃないの」
「ふぅ~~~、まぁ色々あってな、中学を卒業したとき辞めたんだ」
彼は私の問いに軽い溜息を吐き、昔を懐かしむように哀愁な瞳を漂わせていた。
タケミちゃん饅頭を美味しそうにかじりながら言葉を続けていた。
「それに俺って結構、日本神話好きでそう言う事も知っていたりするんだぜ」
「何だ、そうだったの、だったら宏之って綾と話し合うんじゃない?」
「綾って・・・、瀬能さんの事か?でも、どうして?」
「あのね、綾もそう言うのすきでね、今なんか神社を巡ればこっちか止めないとずっとウンチク語るんだもん」
「そうか、でも俺なんか瀬能さん、って苦手なんだよ。だから話し合いそうもなぜ」
「エッ?苦手?なんでまた」
「笑うなよ・・・、瀬能さんの瞳ってなんか普通と違うように見えるから怖くてその近寄りがたいって言うか何というか」
「レエぇ~~~、そんな事ないよ、綾って変わっているけどいい子なのに。宏之が彼女の眼怖いって言うのたぶんカラコンの所為だと思うわ」
「カラー・コンタクト?そうなのか、赤紫の瞳は?」
「そうなのっ!!」
綾がカラー・コンタクトをしているってのは嘘。本当に彼女は私達とは違う瞳の色をしている。でも、そうだからと言って差別をしてはいけないわ。
宏之が不理解だって言う感じの言葉で聞き返すから強めの口調で言い返してやった。そんな話をしていると宏之はパクパクと私が買ってきたお土産を一人で全部平らげていた。
「あぁーーーっ、宏之、一人で全部食べちゃうなんて酷いわっ!」
「なんだ、隼瀬も食べたかったのか?俺にお土産って言うから全部食っちまったよ」
「フぅンッ、もういいわよ」
「なんだ、イジケルなよ、俺が悪かったからさぁ」
「別にいじけてなんかいないわよ。ただ呆れているだけ。宏之って本当に甘いもの好きね」
「三度の飯より好きって事はないけど大好きだ。隼瀬は嫌いなのか?」
「アタシだって・・・、好きだけど・・・・・・」
〈女ってモノはね自分のプロポーション、ってのを気にするのだからカロリーが高い甘いもの食べたいけど我慢してんのよ。覚えて置きなさい宏之〉
って心の中で訴えても彼が気付くはずないかな。
幼馴染みの詩織、甘いお菓子を好んで食べるけど不思議なくらい体型を維持している。
確か春香もそうだったわ。なんかずるいわ。
「何黙ってんだ?若しかして甘いもの食ったら太るとか思っているのか?」
「ぐっ、悪い?・・・そうよ、アタシはそう言うの気にしてんの」
〈何だ、宏之わかってんじゃん〉
「だったらその分からだ動かせばいいだろ」
「そりゃぁ~~~、そうだけど人にはそれぞれ体質ってモノがあんの。わぁ~~~、もうこの話はこれで終わり夕食作るからまってて」
そう言ってこの話を切り上げ台所に駆け込んだ。
~ 2002年8月25日、日曜日 ~
今日、私はとんでもないニュースを耳にしてしまった。そのキーワードは綾と貴斗と、逢引・・・。
私はこのことを誰に話して良いのかと悩みながら、宏之のところへ向かっていた。
だれに、聞くべきなのだろうか・・・、そばに居る宏之か、それとも頼りになる慎治か、職場の上司・・・。
結局、私は今一番、傍に居る宏之に話してみることにしたの。
「わぁ~~~ン、大変よ、大変、宏之聞いてよぉ~~」
と慌てて彼の家に駆け込んでいた。
今日は私、日曜出勤で会社に出ていた。しかも綾の所為で残業する羽目になり宏之の所に着いたのは午後9時を過ぎてからだった。
「しおりンが東京に出掛けている時に限ってこんなことがあるなんてぇ~~~」
「おちつけ、どうしたんだ?」
宏之にそう言われたので心を落ち着けて何が大変なのか彼に教えてあげた。それは今日の仕事のときだった。
*
綾と今月取材して集めた記事の編集をしていたわ。
私が一生懸命やっている中、綾の手は動いているけど何か嬉しそうに〝にへぇ~~~〟っとニヤケ恍惚となっていたの。心ここにあらずって感じだった。
「綾ぁ~~~、ちゃんと仕事やってよぉ」
「アッ、香澄様、申し訳に御座いませんの」
そんな風に綾は謝り、記事を見ながら手を動かし始めるんだけど、また直ぐ恍惚状態になってしまっていた。
「もぉ、アンタ手動いてないわよ」
「お許し下さいな」
「何がそんなに嬉しくてそんなになってんのよ」
「お分かりになりますの?」
「あんたの間抜け面見てりゃ嫌でも判るわよ」
「香澄様そんな事おっしゃるなんて酷いですのぉ~~~」
「教えなさい、綾!」
「秘め事ですの」
「隠すと殴るわよっ」
その言葉と同時に彼女の頭にチョップを食らわしていた。
「シクシク、痛いですのぉ~~~~。言動と行動が一致していませんのぉ」と彼女は少し涙眼になりながら訴えてきた。
「言わないともっと酷いわよ」
「お話いたしますからお止めになってくださいな。明日、お仕事の後に貴斗様とお逢引ですの」
「ハッ???」
余りの驚きに素頓狂な声をあげてしまった。
余りにも馬鹿げた事を言うので私はまた綾をチョップしてしまっていた。
その真偽を確かめる為、綾に問い詰めてもそれ以上話してくれないし貴斗に連絡を入れても繋がらないし私はパニックに陥った。
そんな理由で仕事が片付いたのは午後8時過ぎで買い物とかして結局宏之の家に着いたのは今の時間だった。
*
「って訳なのよ」
「それ、ほんとか?貴斗に限ってそんな事ないだろ?」
さすがに宏之も吃驚しているようだ。
「だって、だってあん時の綾の顔、マジで嬉しそうだったんだも心配だわ。ねぇ、宏之から貴斗に聞いてみてよぉ」
「アーっ、わかった今、ヤツに連絡するからちょっと待っていろ」
どうしてか宏之と一緒になるようになってから貴斗は私に冷たくなってきている。
私が直に彼に電話を入れても取り合ってくれないだろうと思ったから宏之に頼んだの。
今、宏之は貴斗と話しているようだった。
電話の向こうの相手の会話なんて聞こえるはずないのに気になって聞き耳を立ててしまった。
結局聞こえてくるのは宏之の〝フン、フンっ〟や〝そうだな〟って言う相槌だけだったわ。
それにしても貴斗には珍しく長電話だった。
「ちっ、まったく貴斗に『馬鹿げた事で電話、掛けてくるな』ってどやされちまったよ」
「結局、どういうことだったの?」
「あぁあ、瀬能さんに弟さんと妹さんの事で相談事を持ち掛けられたからそれを請けただけだって言ってたぞ」
「本当にそれだけ?」
「疑うのか?貴斗のヤツ、その事は藤宮さんにも連絡いれてあるって言ってたけど彼女に確認とって見たらどうだ?」
「今は良いや、しおりン両親の手伝いで忙しいはずだし。デモなんであそこまで嬉しそうな顔するかなぁ?」
「だったら隼瀬、お前はどうなんだ?もし瀬能さんと同じ立場だったら嬉しくないのか?」
「嬉しい・・・・・・、と思う」
よく考えたら私の立場と綾の立場って大差ないような気がする。
春香には悪いけど私は今まで片思いだった宏之と一緒にいることが出来る。
綾だって詩織と貴斗が恋人同士だっていうのを知っていて、それでもいまだに想い続けている。
仮に本当にそれが唯、相談に乗ってもらうために貴斗に逢うみたいだけど綾にとってはそれでも嬉しい事なんだと思うわ。
事実の真相を知ったけどちょっぴり不安だった。
「エッと、そのぉ・・・、おなかがすいたんですけど」
そんな風に思っていると宏之は照れながらそんな事を言って来てくれた。
「ハイ、ハイ、遅くなったけど今から準備しますから待っててね」
そう言ってからだいぶ遅くなった夕食の支度をした。今はもう宏之は完全に立ち直り、彼の言いたい事もちゃんと伝えてくれる。
今は宏之の事で心配する事は余りない。
私の心にゆとりが取れた所為なのか最近では今日みたいな宏之以外の心配をしてしまう。
そんな心配事があったけどそれ以上嬉しい事が私には起こった。
それは宏之が私を名前で呼んでくれるようになった事、それと今まで彼に何度も抱かれたけど愛情を感じるものじゃなかった。
思い出したくないけどヴァージンを奪われた時は散々だったわ。でも、今日は違った。宏之はいっぱい、いっぱい私を愛してくれた。
翌日、事の真相を確かめる為、綾に問い詰めたけどあっさりと肯定されてしまった。
貴斗のヤツ、宏之に嘘は言っていなかったみたい。でも、一つだけ貴斗に対して許せないことがあった。
幼馴染みとしてのエゴかもしれないけど彼の時間は詩織だけの為に使って欲しいのに綾の妹と弟の家庭教師をして欲しいって言われてそれを簡単に引き受けてしまい、しかも無償でだって。
綾の事を詩織が東京から帰ってきた28日の夜に会って教えてあげると、それはとんでもなく臭々なセリフを聞かされちゃったわ。
「って、訳なのさ。しおりンそんな事許しちゃっていいの?」
「その事は貴斗君からご連絡を受けております。本当のところ私の本心はそれを拒否しているのですけど最近お分かりしたのです。愛って奪うモノではなく与えるモノだって」
「なぁ~~~に独りで悟ったこと言ってんのよ。どう見たってしおりン、貴斗といる時ベッタリで独り占めじゃない」
「ソッ、そんな事ないもん」
「ハハッハッ、何そんなにむきになって怒ってるのよ。その態度こそ私の言ってることが正しいって証明じゃない」
「ムゥ~~~、香澄の意地悪ッ!」
「ニヒッ、膨れない、膨れない」
それから私は詩織と互いの恋人の現状報告をして別れる事にした。
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