CRoSs☤MiND ~ 過ぎ去りし時間(とき)の中で ~ 第 二 部 隼瀬 香澄 編 ♀ 理想と現実 ♂
DAN
第 一 章 混迷する心
第一話 凶 兆
それを知った時、私がした行動がどれだけとんでもなかった事なのか、どんなに愚行だったのかを思い知らされる。そして、それの本の一端を今日、知る事になる。
~ 2001年8月28日、火曜日 ~
自室で猫ガラの丸いクッションを抱きながら床にうつ伏せになっていた。
そのままの姿勢で左腕を前に伸ばしながら薬指に嵌められている物を眺めていたわ。
シルバーのリング。これは二日前、私の誕生日に片思いの人から貰った大切な物。
冗談で言ってみた積もりなんだけど本当に片思いのその人からプレゼントされる何って思っても見なかった。だから、その時とても嬉しく、それと同時に淋しくも思ったわ。でも、今は嬉しさの方が勝って、リングをとてもうっとりとした表情で眺めていた。
『ジィリィリィンッ×3♭』
『トゥルルルッ×4♯』
廊下の方から旧式の黒電話と自室の今式の電話の音が私のその惚けを邪魔するようにうるさくなり始めたわ。
「あぁっー、うるっさいわねぇ~~~。今出るわよっ!」
今、この家には私以外みんな出掛けていて私が出るしかなかった。
自分に浸っていた事を邪魔され、この部屋の電話の受話器に手を伸ばしながら少しだけ罵った口調でそう呟いていた。しかし、そんな気分も直ぐに急転させられてしまう。
「ハイっ、隼瀬です。どちら様でしょうか?」
「アッ、その声は香澄先輩!?」
「何、翠なの?どうしたのよ、そんなに慌てた声だして」
「ぁあっ、あのね、あのですねぇ」
「本当にどうしたって言うのよ?少し落ち着きなさい」
翠にそう言ってあげると彼女は一間置いてから喋るのを再開して来たわ。
「おっ、お姉ちゃんが、春香おねえちゃんが事故にあって入院しました」
「まぁっ、マジ?春香が入院したってホント?」
彼女の慌てようから私はそれが戯言じゃないのが分かった。
その衝撃的な事実を耳にして動揺させられてしまう。
その動揺も私の言葉からか隠れず出ていたようだわ。
「ねっ!翠、春香はいったい、今何所にいるの?何所に入院しているの?」
「えっとそれは・・・」
翠から事と次第を確認してから用件を聞き終わった受話器を嫌な気分になりながら下ろしていた。
不安な気持ちを抑え、急いでラフな格好から他所行き用の服に着替え家を飛び出していた。
今、遠出していて居るか、居ないか分からない幼馴染み、詩織の家の前に向かったわ。
着替えを終わってから、そこに着く事、約七分・・・。
チョッチここら辺で知っている人にも知らない人にも私と私の友達を紹介しておくわ。
隼瀬香澄、私の事よ。
二日前に十八歳になったばかりの麗しき乙女よ・・・。
ニャハハッ、自分で『乙女』って言っててなんか馬鹿みたいだわ。
スポーツ大好き、遊び大好きな活発な子、それが私。
趣味はカラオケェ~~~、歌うのが大好きっ!
次にさっき、私の所に電話を掛けてきた涼崎翠って子はスイミングスクール時代の後輩で、小学校くらいからの付き合い。
アッケラカンとした性格で言いたい事は何でも言うわ。でも、可愛く活発な子だから中学ではかなりの人気者のようね。
翠の言葉にしていた春香。その女の子は翠の姉で私の親友でも有るわ。
春香とは高校に入ってからの友達だけど翠の事もあって随分前から面識はあったわ。
妹とは対照的で大人しい・・・、のは男性に対してだけ。
同性同士ではよく笑うしよくお喋りをする。
内の学校ではお姫様タイプとして隠れファンが結構多かな?
今、正面にしている家の子、藤宮詩織。
私が産まれた時からずっと一緒、いわゆる幼馴染みって奴ね。
勿論、生まれた病院、幼稚園から高校まで一緒よ。
私だけが唯一、彼女を『しおりン』って呼ぶ事を許されているわ。
詩織の外面は才色兼備な驕らないお嬢様、って感じなんだけど、ある人の前ではもう目も当てられない程の甘えっぷり。
見ているこっちが恥ずかしくなっちゃうわ。彼女は私と同じ水泳部に所属している。そして、最後に気の置ける男友達、三人を紹介するわ。
柏木宏之、学校の問題児の様でそうじゃないちょっと変わった奴でよく人を笑わすわね。
明るく、誰にでも優しくムード・メーカー的な存在。
それと、片思いの人であり、現在、春香の恋人でもあるわ。
本人は知らないだろうけど、結構な数の女子が彼に好意を持っている。
八神慎治、一見ギャグ・メーカーのように見えるけど・・・、実際そうなんだけど、人の意見をまとめたり、何かを決定したりする時の決断の早さは優れもの。
クラスのみんなから信頼されリーダー的存在でもあるわ。
藤原貴斗、三年になって急に転校してきた誰とも言葉を交えない陰のあるヤツだったけど・・・、実は記憶喪失になって、海外から帰国した私と詩織の幼馴染みだった。
今はとある経緯で昔ではありえなかった詩織と恋仲の関係にあるわ。
ちなみに私達全員、聖陵学園という私立の高校に通っている。
そんな事を考えて、気分を落ち着けてから詩織の家のインターフォンを鳴らし駆け込んで行った積りだったけど全然そうじゃなかったみたい。
「あっ、しおりン帰ってきていたのね、それより、大変ヨ、大変」
「今、私も香澄の所へ行こうとしていたのですけど、如何したのかしら?」
「えっ、そうなの?」
驚きと困惑した表情を同居させながらそんな風に言葉を出してきた詩織にそう聞き返していたけど、急ぎだったから言葉を続けていた。
「それより大変、さっき翠から連絡があったんだけど・・・」
さっき、翠から連絡を受けたのを詩織にも教えてあげたけど、意味無かったみたいだわ。
「あらぁ~っ、しおりンあんまし驚かないわね?」
「私も先ほど貴斗君からご連絡をいただいたところなのです」
「ぇエッ、貴斗からだって?何でまた?」
どういう関係で彼が春香の事故を知ったのか不思議でしょうがなかった。だから、彼女が口にした人物に私の方が余計に驚いてしまったわ。
「貴斗君がどういう経緯でそれをお知りになったのかお教えしては貰えませんでしたけど・・・」
詩織はそう言葉にすると不安な表情を作り私に向けてきたわ。
その後、彼女からいつ春香が事故ッたのかを教えられて春香と宏之のデート予定で行く場所だった詩織の両親のコンサートに来なかったのを告げてきた。
それを聞いてある種の感覚が私の身を包み、不安になり私自身を強く抱きしめ玄関に膝を着いて座りこんでしまっていたわ。
「香澄ぃーっ、どうしてしまわれたのですか?そんなにお振るえになって?」
「えっ、あぁあ・・・、何でもないは・・・、何でも」
詩織の言葉で我に返って、彼女にそう告げた。
そう言って返したけど彼女の私を心配している瞳は変わらなかった。
そんな顔のまま詩織は今からお見舞いに行く事にすると言ってきたわ。そして、私もそれに同意した。
それから、彼女の着替えを待つこと二〇分。
「ハァ~、おっそいわねぇ~~~、しおりン、いったい何やってんのかしら」
そんな風にぼやいていると嬉しそうな顔で詩織がヤット現れた。
「お待ちどうさまぁ~」
「〝お待ちどうさまぁ~〟じゃないわよ、まったくぅ。支度に何でそんなに時間掛かるかなぁ~」
呆れた感じの言い草で幼馴染みを軽く皮肉ってみたけど、彼女は私のその言い様に堪える事も無く普通の表情のままで返してくれたわ。
「お洋服を択ぶのに手間取ってしまって」
「あのネェ、高々、見舞いに行くだけなのにオメカシ何てしてもしょうがないでしょうよ。まったく、この子は」
ここらへんは詩織の天然な行動なんだけど、更に呆れてしまったからそう応えていた。
「でもぉ~~~」
返した言葉に不満を感じたらしく、顔を軽く膨らましてそんな事を口にしてきたわ。
なんとなくからかってみたくなって、貴斗の事をダシに使うことにした。
「でも、も、ヘッタクリもない。オメカシするのは貴斗に逢う時だけにしておきなさい」
「・・・・・・、ポッ」
「何、しおりン顔紅くしているのよ、さっさと行くわよ、このエセ純情乙女」
貴斗の事を口に出したのが詩織にとってそんなに嬉しかったのか表情を紅くしてしまったわ。
このままではこの場に長くとどまっていそうな気がしたから、小馬鹿にしながら彼女の手を引いて玄関の外へ連れ出した。
その時ちょうど詩織の三つ下の弟の響ちゃんが帰ってきたようだった。
「アッ、響!これから少々、香澄とお出かけしてきますからお留守番宜しくお願いしますね」
「響ちゃん、これ少し借りてくから」
「分かったよ。香澄さん、姉ちゃんをよろしく」
彼は簡単に言葉を返してくると眠そうに欠伸をしながら家の中に入って行った。
急いで詩織の所に来ていたので誰もいない家の戸締りをすっかり忘れていた。
詩織にそれを告げると一旦、自分の家に戻りそれをして、再び彼女と合流して病院へ向かうバスが出ている国塚駅へ向かったわ。
今は病院へ向かうバスの中だった。
「ゴメンなさい、香澄、今、思い出したのですけど」
「エッ、何?しおりンっ!」
バスの中で詩織と話していると彼女は急に何かを思い出したように私に謝ってきたわ。
何の事だか分からなかったから首を傾げながら彼女にそう聞き返していた。
詩織は私の誕生日の事、確り覚えていてくれたようだった。
付き合いが長いとこういう事って結構忘れがちだけど彼女は律儀に『おめでとう』って言ってくれた。
それに詩織『何もしてあげられなくて御免なさい』なんて言って謝っても来たけど、私には彼女のその気持ちだけで十分嬉しかったわ。それに今年はいい事あったしね。
そんな思いに耽ながら一瞬、左手に嵌めてある指輪に目をやっていた。
それを見たら嬉しく思えるはずだったのに・・・、辛い気持ちがこみ上げてしまった。
好きな人からのプレゼントで嬉しいはずなのに悲しい気分に心が支配されてしまった。
それはその日に春香が事故にあってしまった所為。
私があの日、春香の恋人の宏之の時間を狂わしてしまった所為。
多分、それを考えていた時の表情は暗かったと思う。だけど、詩織はそれを突っつくことをしないで話を続けていたわ。
彼女は分別のいい子だから私の聞いてもらいたい事と聞いて欲しくない事の境を心得ている。
「そう言えば、小学生の時はよくみんなでお誕生会を開きましたね」
「そうね、楽しかったわよね、貴斗の場合は楽しいって言うか笑える方の思い出が多いけど」
どうして笑える事のほうが多かったのかは・・・、それは詩織が作って持ってきた料理とそれに怯えて逃げ回る貴斗の表情がすっごく面白かったからよ。
「って、そう言えば再来週、しおりンも誕生日じゃない?」
「ウン」
「なんだか嬉しそうね」
「だって、来月は貴斗君の誕生日でもあるもの」
「ハハァ~~~ン、なるほどね」
「香澄、変な想像しないでヨォ~」
「さぁ~~~って、何の事でしょうかネェ、オッホッホ」
「もぉ、香澄のバカァ」
詩織の誕生日の話題を振ると彼女はとても嬉しそうな表情を浮かべた。
それは私がそれを覚えていた事が嬉しかったのと他にも理由があったみたいね。
彼女の恋人、貴斗も同じ月にそれを迎えられるのが嬉しかったみたいだわ。
なんだか、それ以外にもありそうだったので勘ぐって、からかう笑みで彼女に応えていた。
詩織には悪いけど本当にからかいやすい子。そして、その時の詩織の言葉の対応は敬語じゃなくなっているのを知っているのは多分、私だけね。
「ほらっ、顔を赤らめている場合じゃないでしょ、次ぎ降りるわよ」
詩織をからかっていると、ちょうど目的地に着きそうだった。
それでそう口にして膨れる彼女より先に席を発っていた。
* * *
病院到着後、病室の番号を翠から聞き忘れていたのを思い出す。でも、詩織がそれを知っていたから心配ないようだった。
その部屋の前に着くと詩織から声を掛けて中に入って行く。そして、それに続いた。
「藤宮です、参りました」
「香澄でぇ~スッ、右に同じ」
「あっ、先輩、お姉ちゃんのお見舞いに来てくれたんですね」
私達の挨拶に言葉を返してきたのは春香じゃなく翠だった。
その理由も直ぐ翠の話で理解してしまう事になった。
詩織と私は春香の容態を翠に尋ねていた。
春香、涼しそうな顔して寝ているけど二日たった今も目を覚まさないと聞かされたわ。
私の所為でこんな風になってしまった春香。
彼女の方を見ながらそれを聞かされた時、どうしようもなく辛かった、悲しかった、泣きたいくらいに。
彼女たいした怪我じゃなかったのがほんの少しだけ救いだった。だけど、ちょうど春香の手を握った時、我慢できず声を上げ涙していた。
「ゥうくっ、ひくっ、うううぅう、はるかぁ~~~」
「香澄センパァイ?どうして泣いてるんですか?・・・・・・、香澄先輩、変な事、聞いちゃいましたね。お姉ちゃんが心配だから泣いてくれているんですよね」
〈ごめん、翠、春香がこうなっちゃったのは・・・、こんな風になってしまったのはアタシの所為なの・・・・・・、ごめん・・・・・・・・・、ごめんね〉
確かに翠の口にした通り、春香の事を心配しているわ。でも、それだけじゃない。
春香のこの姿を見て、私のした行動の愚かさに悔やんで涙していたの。
しばらく、春香の方を見ながら詩織と翠の会話を聞いていたわ。
話の途中、詩織は貴斗から連絡があった事を翠に話していた。
なぜ彼がここに春香が入院していることを知っていたのか。
そのことを翠に尋ねていたようだった。
私もそれには興味があったけど翠がそれに答えてくる事はなかったわ。
翠、詩織や私に嘘、言う子じゃないけど何かを隠しているようだった。
貴斗自身も昔から良いにしろ悪いにしろ詩織や私に隠し事が多かった様な気がする。
それは記憶喪失の今でも変わらないようだった。
私達二人と違って貴斗は男だから異性の私達には言いにくい事が多いだろうから、そういう事を隠すのかもね。
翠とある程度会話した後、何か人手が必要なときは協力するからって言い残して詩織と共に帰る事にしたわ。
帰るバスの中で病院にいた春香の寝顔を思い出していた。それを思い出すとどうしても私の心の中の不安がどうしようもないくらいに増大して行ってしまう。
これから先、何か良くない事が起こってしまうのではないかと思わせるくらいに不安になってしまう。
自宅に着いて部屋に戻った頃、私はベッドの上でうずくまり再び涙を流していた。
人前で強がっていたから病院の中で長くは泣けなかった。
たとえ幼馴染みの詩織と二人きりでも涙を流すことはそんなに多くはなかった。でも、一人のときは違う。悲しい事や、辛い事があれば、簡単に涙してしまうそんな脆い人間が私だったの。
今、涙している理由。それは私が26日のあの日、悪戯心で宏之と春香のデートの時間を遅らせてしまった結果が彼女は事故に遭遇させてしまっていた。
それに対する自分の愚かさと後悔、彼女が傷ついてしまった事への悲しみで私はそうしている。
一体これからどう彼女に謝ればいいのか分からないくらい心の中は不安、悲しみ、そして、それらからくる辛さが私を支配していた。
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