第十一話 ウォータ・ワールド

 そろそろ、春香があんな状態になって三年が経とうとするのよね。

 仕事、忙しいのを別とすれば宏之と一緒に楽しい生活を送っていると思うわ。今まで一度たりとも春香のことを忘れた事はなかった。

 慎治が私に要求した言葉も忘れたことなかった。

 でも、これだけの月日が経ってしまうと、もう彼の言葉にしていた事を約束出来そうになない。

 眠ったままの春香に心の中で言った宏之を返しても良いってことばすらも、もう一度、言えそうにない。

 春香が目覚めたら、目覚めたで色々と大変な事が有りそうだけど・・・、私なんかより詩織の方が大変そう。それは彼女の選んだ道、どんな結果が起こっても。

 それは彼女が以前私に口にしたことだし。っていうかねぇ、詩織、あんな事を他の人には言うくせに貴斗の事となると・・・。だから、最近、思うのよね、あんまり貴斗と詩織の関係が上手くいってないんじゃないかって。

 せっかく、詩織の想いが通じて貴斗とくっ付いたのになんだか可哀想になってきた。

 でも、今の私に彼女を助けるすべはないわ。だって貴斗が私の事を嫌いじゃ、どうして良いのか判らないから。ただ、詩織を励ます事ぐらいなら出来るかもね。


~ 2004年7月19日、月曜日 ~

 ちょうど宏之のマンションから帰って来た時、詩織から電話があった。

「ありゃりゃ?しおりンこんな時間に電話を掛けて来て、どうったの?」

「こんばんは香澄、ねぇ、今、私の所へ来て貰えるかしら?」

「どうしても今じゃなきゃ駄目?」

「はい、出来れば早く、貴女にお渡ししたい物がありますから」

「じゃあ、今からそっち行くからチョッチ待っててねぇ」

 答えを返してから電話を切ると着替えないで直接彼女の所へ向かった。

「いらっしゃい香澄・・・・・・、アッ、若しかして柏木君の所からお帰りになったばかりなのですか?」

「まぁ、そんな所ね」

「ごめんなさい、私ッたら急かせてしまったみたいですね」

「別にいいわよ、そんな事。でぇ用事ってなぁ~に?」

「家に上がってお話しましょう。どうぞお上がりください」

 幼馴染みに丁寧な物腰でそう言われて、彼女の家へと上がらせてもらった。

 久しぶりに彼女の部屋に入ったような気がする・・・。

 ハァ~~~、彼女の趣味は変わりないようだ。

 所狭しに色んなぬいぐるみが並べてある。

 窓際には以前来た時とは違うハーブの鉢植えが並んでいたわ。

 見るからに純情乙女の部屋って感じ、詩織の外面しか知らない男連中がこれを見たらどう思うんだろうかね?

 詩織の部屋を目で物色していると彼女がお盆に麦茶・・・、茶色かったから勝手にそう思っただけ。それとお菓子を乗せて戻ってきたわ。

「お粗末なものしか出せませんけど、どうぞお召しあがりくださいませ」

「アリガトね、しおりン」

 彼女はテーブルにお盆を置き私に麦茶が入っているグラスを手渡してくれた・・・。

 飲んでみたら麦茶じゃなく、アイス・ティーだった。しかもハーブ入り。

 ちょっと飲んだだけでなんだか胸がスゥーっとして清々しくなってくる。

 こんなくそ暑い日本の夏にはぴったりかも。

 それを飲んでいる私の様子を詩織はどんな生物だか分からない大型のぬいぐるみを抱きながら覗いていた。

「アンタ、そんなのだいていて暑くないの?」

「えっ、この子ですか?この子、冷え冷え君、っていいまして抱っこしていますと冷たくてとっても気持ちいのですよ」

「どれどれ、アタシにも貸してみんしゃいっ!」

 そう言ってあげると詩織からそれを奪い取り抱いてみる・・・。

 彼女の言う通り、ヒンヤリしていて気持ちよかった。

 見た目のけむくじゃらから想像もつかなかったわ。

「わぁ~~~ン、私の冷え冷え君をお返し下さい」

「少しくらい良いじゃない。それより、アタシになんか渡したい物があるって言っていたわね?なんかくれるの?」

「アッ、そうでしたわね、ちょっとお待ちになってくださいませ」

 幼馴染みはそう言うと勉強机の引き出しから何かのチケットを取り出して、見せてくれた。それは近年、完成したばかりのウォーター・ワールドって名前のテーマ・パークのフリーパスだった。

「しおりン、本当にこれ貰っていいの?ここのフリーパスってかなり高いって聞いているわよ」

 確か記憶が正しければチケット一枚・一万五千円。

 しかも高い割には人気度が高く予約してもなかなか手に入らないって雑誌に書いてあったような気がするわ。

「そうだったのですか?」

 私はその幼馴染の言いに、何て答を返してみようかと、一瞬考えてしまった。

 何となくからかって見たくて、演技で呆れた風な顔を作り、

「そうだったのって、ハァ~、分かった有難く戴いておくわね」

 言って見ると予想通りの反応を見せてくれる詩織だった。

「何です、その言い方、そうでしたら差し上げません」

 私の返答が不満だったのか軽く機嫌を損ねるような感じで私にそう言い返してきたわ。

「アハッ、ゴメン、ゴメン冗談よ」

「そのくらい私も分かっています」

〈・・・、どうだか、ハハッ〉

「それよりしおりン、貴斗とは上手くいっている?」

 私にくれたこのチケット、詩織も貴斗と行くだろうと思ったから彼の話題を振ってみた。

「うん、でも最近どうしてか不安なのです」

「若しかして春香の事?」

「それもあるのですけど、違うのです」

「違うって何が?」

「貴斗の記憶の事です」

「貴斗の記憶・・・?ハッ!?若しかしてしおりン、貴斗が記憶を取り戻したらどうなるかって考えていたの?」

「はい、最近、その事がたまらなく不安になるのです。若し貴斗が記憶をお取り戻しになったら私を、その・・・、私を今のようにはみてくれませんのではと思えて」

 幼馴染みは最近、私も考えるようになった同じ事を思っているみたいだった。

 若し、彼が記憶喪失じゃなかったら・・・、詩織と貴斗の今の関係はありえないんじゃないかなって。どうし、てそう思うのかって?

 三人で一緒に遊んでた頃、ちゃんと彼は私や詩織を異性としてみていてくれたけど、私達を恋人みたいな個別に特別な感情を持ってくれる事はなかった。

 だから、私が彼に告白した時も詩織が告白した時も曖昧な返事しか出来なかったんだと思う。

 それとも何か他に理由があったのかもしれないけど・・・?

 詩織の表情とても不安な色を浮かべている。

 私は勇気付ける様に大きく笑いながら彼女に励ましの言葉を掛けてあげる。

 暑苦しいけど彼女を抱きしめながら。

「アッハっハハッ、大丈夫、大丈夫心配ないってしおりン。若し貴斗のヤツがしおりンを捨てるような真似したらぶん殴ってやるわよ」

「香澄ッたら、ソッ、そんな、怖い事を申さないでください。・・・、ウフフッ、アハッハッハ」

 私が彼女に向けた言葉に効果があった様ね。だから、彼女はいつもの可愛らしい笑顔で私にそう答えてきてくれた。

 その後しばらく、ファッション雑誌を眺めながらどれが似合う、似合わないって会話をしていた。

 そんな会話をしていたらすでに二時過ぎくらいになってしまっていた。

 明日の仕事に支障が出るといけないからそこで会話を切り上げて幼馴染みと別れる事にしたわ。

 帰りがけ玄関口でもう一度チケットのお礼を言って即行で自分の家に駆け込み、お風呂に入ってからさっさと床に就いた。


~ 2004年7月20日、火曜日 ~

 今日の仕事も終え、現在宏之の所にいて談話中だった。

「ねぇ、宏之、アンタ今週何曜日が休み?」

「今週は木曜日に休みいれてあるけど、何でそんな事聞くんだ?」

 詩織から貰ったチケットをぶらつかせながらその理由を彼に説明した。

「昨日さぁ、しおりンからこんなチケット貰ったんだけどぉ~~~、一緒に行けたら良いなぁ~って思ったの?」

「エッ、アッ、それってウォーワーのチケットじゃないか?しかもフリーパス。藤宮さんよくそんなの渡してくれたな」

「私もこれ渡された時は吃驚したわ。でもねぇ、よぉ~~~くチケット確認したらもう有効期限ぎりぎりなのよ。だから、二度吃驚」

「・・・・・・、ホントみたいだな」

 宏之は一枚、私の手から取ってそれを確認していた。

「俺も行ってみたいと思ってたんだ、だからここ一緒に行こうぜ、香澄。でも・・・、お前、木曜日休みだったか?」

「大丈夫よ、日曜出勤とか多いし結構有休休暇、貯まっているしね」

「わかった、じゃぁ、その日は朝一でそこに向かおうぜ」

 私達はその後、宏之がなぜか持っていたそのテーマ・パークのガイドブックを見ながらあれこれ、何所から回ってどうしようかと算段していた。

 翌日、休暇を取らせてもらう事を氷室上司に報告していた。

「氷室さん、今週の木曜日、休暇を取らせてもらっても良い?」

「勿論、構わないが隼瀬君、貴女の方から言ってくる何って珍しいですね」

「えっとですね、親友からウォーター・ワールドのフリーパスを貰ったんですけど、その有効期限が来週までなんです」

「ホォーーー、あのテーマ・パークですか?いいですねぇ~~~。行って楽しんで来なさい。それと帰って来たら感想などを聞かせてもらいたいものです。良い場所であれば『遊びに行こう・テーマ・パーク編』の候補に入れると思いますから」

 氷室上司が今、言葉にしたのは通年企画で遊びにいける場所をジャンル別にして記事を作ろうと言うものであった。

「了解しましたぁ」

 それを言い終えると今日の仕事に取り掛かった。

 あと綾にもその日休むって事を報告しておかないとね。なんたって彼女は今私の仕事の相棒だからね。

「綾、アタシ今週の木曜日お休み貰ったからその日の仕事、悪いけどうまくスケジュール調整してね」

「香澄様、どこかへお出かけになられますの?」

 彼女には隠さずにその日何所に行くか教えてあげたわ。

「羨ましいですの、綾もその場所に行ってみたいと思っていましたのよ」

「アリャッ、アンタ確か金槌だったわよね。アタシの記憶違いだったかな?」

「シクシク、それは言わない約束のはずでしたのにぃ。それにその場所は泳げなくとも水族館など見て回るところもありますの」

「そうだったわね、ごめん綾。でもまぁ、そう言う事だからその日は休ませて貰うからね」

「ハイ、楽しんできてくださいな」

「アンがとねぇ綾ぁ」

 それから私と綾は『星々が瞬く場所』と言う企画の編集をしていた。

 その内容はいたって簡単、日本の各都道府県別に夜空の星が綺麗に見える場所を探しそれを記事にするってヤツ。

 多分、来月もこの企画の為他の県に出張も多くなるはずだから休みを入れるには丁度いい機会かもしれないわね。


~ 2004年7月22日、木曜日 ~

 宏之との約束どおり今日、私達はテーマ・パークの開園時間9時少し前に到着するように朝早く彼のバイクで出発していた。

 私達がそこに着いた頃はすでに来ている人達がチケット売り場やゲート前に列を作って並んでいた。

 それを見てホントに凄く人気があるのを実感で来た。

 宏之はここを〝ウォーター・ワールド〟じゃなくて〝人工の楽園〟って別名があるのを教えてくれた。

 これだけ人だかりが多ければそうも思いたくなるわ。

「宏之ぃ、もうあんなに並んでいるわよ。アタシたちも早く並びましょ」

「おう、そうだな」

 私達が列の後ろに並ぶと丁度ゲートが開き、入園が開始された。

 昨日、夜遅くまでここに居られる訳じゃないから泳いで疲れる前に見て楽しむ方から足を運ぼうって宏之が提案して来た。

 私も彼のそれに賛成していた。

 私達が始めに訪れたのは海の動物のエリアだった。

「フゥニャァ~~~、イルカちゃん頭よくてとっても可愛いぃ」

「アッハッハッハハァ、そこら辺はお前も女の子らしいな」

「ナニヨォ~~~、失礼しちゃうわねぇ、宏之、アンタどう言う目でアタシを見てたわけ?」

「ハッハッハ、わるいな、別に悪気があって言ったンじゃないぜ。香澄が女らしいってとこは誰よりも俺が知っている」

「笑いながらそんなこと言われたってちっとも嬉しくないわよ。プイッだ」

「マジで悪かっただからそんな顔スンナよ。ほら次のショー始まるぜ」

 ハハッ、このくらいで機嫌を損ねる様じゃ私も詩織を馬鹿に出来ないかも知んないわ。

 彼の言うとおり直ぐに気持ちを取り直して次に始まるショーを好奇心の目で観察していた。

 私達が見たショーはシャチから始まり、オットセイ、ペンギン、イルカ、白熊、最後にラッコで締めをくくった。

 その後、午前中いっぱいは水族館を回り昼食を取って少し休憩してからアトラクションプールの方に移動していた。

「ねぇ、宏之、どう似合っている、私のこれ?」

 そう言葉に出して彼に水着姿を見せてあげた。

「うぅ~~~ン、なんとも言えン程ばっちり似合ってるぜ」

「なんか、宏之の目がエッチぽっいぞ」

「ハハハッそれは香澄がそんな色っぽい水着で俺を悩殺しようとするからだ」

「なんだか変な褒め方だけど嬉しいから許してあげるわ」

「でもそんなのいつ買ったんだ?」

「これ、ほら今月の頭、私、しおりンと買い物に出掛けていたじゃない。そん時に二人して今年の流行の水着を覗いていたのよ」

「・・・・・・、フゥ~~~ンそうなんだ?」

「何その間は?まさかアンタ勝手にしおりンの水着姿なんか想像してない」

「アッハハッ・・・、そんな事ないぞ!それよりさっそく泳ごうじゃないか隼瀬君っ!」

「なんかアンタ声が変よ。しかも何が隼瀬くんよっ」

 私がそう口にすると彼は苦笑しながら走って逃げて行く。

「ヒロユキっこら、待ちなぁーーーっ!」

 そんな風に声に出すと私も彼の後を追いかけた。


*   *   *


 ヒロユキと一緒に流水プールで優雅に泳いでいた。

 夏は特に仕事が忙しくこんな風にして宏之と二人っきりで泳ぐ事は全然なかった。

 そういえば、夏の企画で海とかを取材しに行く事もあったけど海の中に入るって事はなかったわね。

 長いブランクがあったけど私のフォームは崩れていないように感じた。

 宏之と一緒に泳いでいる時、彼は私の泳ぎを見て何度も褒めてくれていた。

 プールサイドに座り足だけを水の中に浸し宏之が売店から戻ってくるのを待っていた。

「ほらッ、香澄、飲みもんかって来たぞ!」

「お帰り、それとアリガトね」

 宏之は私の隣に座り話を掛けてくる。

「しっかし、お前の泳ぎってホント凄いなぁ、惚れ惚れするぜ。今からまた水泳、始めれば良いとこ行けるんじゃないのか?」

「宏之が思っているほど水泳の世界って甘くないのよ。いまさら始めたって無駄、無駄」

「そんなもんなのか?」

「そんなものなの」

「でも、何で香澄、お前水泳辞めたんだ?」

「ずっと前に言わなかったっけ?」

〈ハァ~、確かそれを話した時、宏之まともじゃなかったから覚えていないのも仕方がないか?〉

「そうだったかな?聞いた様な、聞かなかった様な?」

「目標がなくなったから辞めただけ、それだけよ」

「ソッカ、まぁそれならしゃぁ~~~ねぇな」

 宏之は余り話に深入りする性質じゃなかったから余計な事を聞かれずにすんだ。

 今でも宏之に〝アンタの為に水泳を辞めた〟って言ってない。

 それを聞けばたぶん、宏之は何らかの形のショックを受けると思った。だから、彼にはその事を言っていないわ。

 他のも理由はあった。それはさっき言葉にした〝目標がなくなった〟

 これは私のもう一つの本心だった。

 私が水泳を始めた理由、それは貴斗にあった。

 私は彼に喜んでもらいたくて頑張っていたけど、今の彼に私がいくら頑張ったところを見せても昔の様に優しい笑みを向けくれる事はないわ。それだから、辞めたの。でも、私がやめた所為で詩織も泳ぐ事をやめてしまった。

 それだけはちょっとだけ後悔しているわ。

 彼女は私と違って本当に泳ぐことが好きだったから・・・。だけど、今は貴斗のそばに出来るだけ長い時間、一緒に居たい様だから詩織は泳ぐことが出来ないって不満を口にすることはない。

 飲み物を飲んでから少しだけ休み、再び彼と泳ぎ始める。

 結構長い時間泳いでいた。始めにばてたのは宏之の方だった。でも、私は全然疲れを感じていなかったのでそんな彼を引っ張りまわし泳ぎを続けている。

「ハァ、ハァ、ハァ、もう勘弁してくれぇ~~~、力尽きて溺れちまう」

「そん時は、ちゃぁ~~~んとアタシが助けてあげる。それにもし意識不明になったら直ぐに人工呼吸してあげるわ」

 そう言って私は〝ゼェ、ゼェ〟と息を切らしている彼にウィンクを投げた。

「マジで勘弁、俺はお前と違って体が水中仕様じゃないんだ!休ませろっ」

「ハァーーーっ、もっとアタシは泳ぎたいけど、宏之のこと心配だからこれくらいで上がりにしましょうか」

「ありがてぇ」

 宏之は簡単にそう言うとプールから体を出し体に付着している水滴を犬の様に全身を振って払いのけていた。

 私も水から上がり軽くて、足、それと頭を軽く振って似たような事をしていた。まだ陽は沈んでいないけど帰るには丁度良い時間だった。

 帰りも来た時と一緒で宏之のバイクに乗る事は明白だった。

 事故の心配をした私は彼に一時間だけ眠る事を勧めた。そして今彼は私の膝の上に頭を置き休んでいる。

 そんな彼の寝顔を見ながら私はこれからの事を少しだけ考えた。

 春香が事故をして来月の私の誕生日で丸三年。

 彼女は医学的には生きている筈なのに、現実の中に存在していない。

 私達の輪の中にいない。

 若し、彼女が目覚めた時ちゃんと今を理解してくれるのか?私や宏之の関係を認めてくれるのかとても心配だった。

 それだけじゃないわ。もし、春香が目を覚ました時、宏之は私から離れず、ずっと一緒にいてくれるかとても不安。

 現実が上手く行き過ぎているからとっても心配なの。

 他にも心配事が有るわ。

 それは貴斗の記憶喪失。彼が記憶喪失の状態で日本に帰ってきてもう三年経過しようとするのに彼のそれは一向に回復しない。

 若し、それが突然蘇ってしまったら詩織と彼の間に大きな溝が出来てしまうのではと余計な心配をしてしまう。

 これから先の私達の関係ってどうなってしまうのか?私には全然予想がつかなかった。

 だけど、今はあまり余計な事を考えないで日々をすごして行くしかないんだって、自分に言い聞かせたわ。

 彼の家に到着して、玄関口で、

「ねえ、宏之」

「なんだぁ?」

「もう、あれから三年たつんだよね・・・。今はあんたもしっかりと働いてるし、アタシ、出張とか多いけど・・・、その・・・」

 最後まで言い切れず、そこで言葉を詰めてしまった。でも、宏之は私の言いたかった事を分かってくれたのか、言葉を返してくれる。

「良いぜ、一緒に暮らしても。いつになっても親父たち帰ってこないし、この家、俺一人では広すぎるから・・・、一緒に暮らしてもいい、香澄となら」

「本当に?」

「ああ、本当だぜ」

「その言葉を聞けて、なんだか安心した。それじゃ、今日は帰るわね。ここに移ってくる荷物とかの整理しなくちゃなんないし、それに来月の出張の用意もあるしね」

「なんだよっ、俺ん所に泊まってくと思ったから、こっちに来たのに・・・なら、今から香澄の家まで送るぜ」

 宏之にそう言われ、彼のバイクに再び乗せてもらい自宅まで送ってもらうことになった。

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