第14話 食堂と生姜焼き

警護明けでクタクタのカイは市内で最も繁盛していると言われるバレットの酒場を訪れていた。

この酒場は大戦前に貴族の元で料理人をしていたオーナーシェフが貴族が没落して無職になったのをきっかけに構えた店である。食材のレベルは落としたが値段も落とした、味は腕でカバーするから結局うまい、と言ってはばからないオーナーが提供する料理は、市民からするとご馳走感覚、騎士や下級貴族からするとリーズナブルに料理が味わえると言った風に幅広い層から愛される店となっていた。


カイからするとちょっと高いが美味い店というジャッジで、気合いをつけたい時や疲れている時など、よく訪れる店であった。20人も入ればいっぱい、という店内に入ってカウンター席に座ると、店員が水を置きながらオーダーを聞いてくる。


「いらっしゃいませ!ご注文は何になさいますか?」

「いつもの。」


いつもの、と言えるくらいには常連のカイである。ガルトの表情が頭から離れずにちょっと考え事をしていたせいで、いつもと声が違うことに気づいていなかった。一瞬の沈黙でカイは異変に気付く。


「あの、いつもの、ですか?すみません。私新入りなんで。」


いつもは女将がオーダーを取りに来ており、カイがここに来始めてから他の店員がいたことはない。その発言を受けて、初めて店員が新しくなっていることに気づいた。カイよりも少し年上の女性で、困った表情を浮かべている。カイは慌ててオーダーを伝えた。


「生姜焼き定食の肉と米大盛りで。」

「はい、かしこまりました!生姜肉米大一丁!」


オーダーを通して、数分後、店のオーナーであるバレットが直接料理を運んできた。客の入れ替わりがひと段落したらしく、飲み物片手に休憩がてらの構えである。


「待たせたな、いつものだ。新入りがすまんな。」

「いや、こちらこそすまない。それにしても、女将さんはどうしたんだ。」

「それがな、王子様見物にマサロに行っちまった。パレードの時も見送ったっていうのにな。」

「レグルが来ないなら店にいる必要はないってことか。相変わらず徹底してるな。」


この店はレグルが市内道場に出張った時によく訪れる店でもある。女将はもともとレグル王子のファンであったが、店に来るようになってさらにファンとしての度合いが上がり、今ではストーカーとならないか心配されるくらいのレベルまで到達している。


「困ったもんだ。まぁ、新入りもよく動くからな、今の所はなんとかなってるよ。」

「女将さんを捕まえるような羽目にはなりたくないぞ。」

「その時は、なんとか頼む。」

「俺にそんな権限ないよ。レグルに頼んでおいたほうがいいな。」

「そうだな、今度いらっしゃったときにはサービスしておくか」


そんな話をしていると、新入りの女性が会話に参加してきた。


「マサロまで追っかけで行っちゃった女将さんの話ですか?すごいですね。」

「まあな、1週間くらいは帰ってこないだろう。」

「私、女将さんもどってきたらお役御免ですか?賄いも美味しいし、もっと働きたいんですけど。」

「同じようなことが起きたら大変だしな、相談するがもうちょっと働いてもらうつもりだ。」

「やたっ」


会話の主体が移った隙にカイは食事を進めていた。ポークステーキのように厚く、柔らかい豚肉に、生姜ベースの甘辛いタレがたまらない一品である。店長と店員の会話風景を眺めながら黙々と食事をしていると、ふと女性をどこかで見たような気がして来た。しかし、どこで見たのか思い出せず、首を傾げながら食事していると、話しかけられる。


「私がどうかしましたか?」

「どこかで見たような記憶があるんだ。気を悪くしたならすまない。」

「いえ、大丈夫ですよ。ただ、最近田舎から出て来たばかりですし、気のせいだと思いますけど。」

「うーん。」

「そんなことより早く食べちゃってください。あったかいうちの方が絶対美味しいですよ。」

「そうだな、そうする。」


店員の発言が全面的に正しいと知っているカイは会話を切り上げて食事に戻る。生姜焼きはご飯一回のお代わり込みでものの10分と持たずにカイの胃に消えて行った。食後のお茶を流し込んで、合掌。代金を机に置いて立ち上がった。


「ごちそうさま。」

「はい、ありがとうございました!またお越しください!」


そう言って見送る店員の顔がなんとなく引っかかったまま、カイはそのまま王城の居室に引き上げていった。

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