第16話 敵討ちの同志

落ち着いたところで改めて男は喋り出した。


「そういえば、自己紹介がまだでしたな。私はグースと申します。この娘はスアリです。二人ともハイル将軍に拾っていただき、助けていただいた身です。ハイル将軍にはそれは良くしていただきました。」

「そうか、父上のことを知っている人と話をできるのはとても嬉しい。だが、今日になって声をかけてきた理由は何だ。」


その言葉をきっかけに二人の視線が厳しいものとなる。和やかで暖かい空気が険しいものへと変わり、何かを抑えるような雰囲気で二人は喋り出した。


「我々はハイル将軍の最期を許すことができません。あのお方が力を尽くしてなんとか和平までこぎつけたというのに。平和の生贄としてハイル将軍の命を奪うなど到底許されることではないのです。」

「ハイル将軍は私のような娘にも優しくしていただきました。人として扱っていただきました。その他大勢の国民はどうでもよかったのです。ハイル将軍にこそ幸せになっていただくことが我々の望みでした。」

「ハイル様の処刑後、我々は存在意義とともに目的を見失いました。支えるべき主君を失い、達成すべき目的を失い、抜け殻同然となった我々はミスティア国の首都を離れ、ムヘテ山奥に籠ったのです。」


堰を切ったように熱く語り出した二人に圧倒されつつも、カイは、この思いを共感できるものの存在が現れたことに軽い感動を覚えていた。セフィードですら、ここまでストレートに共感できる言葉を発したことはない。


「そのまま、時間だけが過ぎていく日々でした。ただ、習性というのは恐ろしいものです。その間も周囲の情報収集を続けておりました。行商人の会話、都市での情報収集などを行なっていました。そんな中、スアリが気になる情報を手に入れてきました。先月のことです。」

「ハイル様のご子息、カイ様が近衛騎士に叙勲されたというお話でした。」

「我々は一言で言うと混乱しました。ハイル将軍のご子息がこの若さで叙勲されたという喜び、何故ハイル将軍の仇であるミスティア国に尽くすのかという憤り、カイ様の元に駆けつけて使っていただくべきなのかという迷い。これらの思いが入り混じった状況で我々は一つの決断を下しました。」

「それはどのような。」

「カイ様に関わらせていただこうということです。事情を知り、思いを伺いたいと考えました。まず我々がとった行動は、セフィード様にお会いすることでした。」

「師匠にあったのか?」

「はい、お会いしていただきました。ただ、いろいろ教えていただくまでにはかなり時間がかかりました。」

「師匠が話したのか?そんなわけはないだろう。」

「そこは、セフィード様のお人柄です。隠し事ができない方なので、カマをかけにかけた結果、ほとんど教えていただけました。」

「師匠。。」


世間ではセフィードは無口で口が硬いように思われているが、実は喋り出してしまうと脆い性質をカイは知っていた。カマをかけられていろいろなことを喋ってしまうシーンがまざまざと頭に浮かぶ。怒るというより頭を抱えたい気持ちになってこっそりため息をついてしまった。複雑な表情でスアリがフォローする。


「カイ様、セフィード様を責めないでください。本当に必死に隠そうとされていたんですが。喋れば喋るほどいろいろなことがわかってしまいまして。最後はうなだれて、可哀相なほどでした。」

「セフィード様は、王命討伐証のことと、カイ様の現状について教えていただきました。その後、『ハイルではなく、カイのことを考えてやってほしい。それがハイルの願いでもある。』とおっしゃいました。」


そこまで話すとグースは飲み物を口にして一息入れた。少し熱をさまして落ち着けて話を続ける。


「それからの我々には再び目標ができました。ハイル様の仇打ちを行うにしても、行わないにしても、我々がカイ様にお役に立ち、ハイル様のご恩に報いることです。まずはミスティア国内の情報収集のレベルをあげ、マサロ要塞からダベルトスの王城まで調査の範囲を広げました。そこで、レグル王子とサヤカ様の遠征の件を知り、カイ様が何かしら動くのではないかと思った次第です。」

「なるほど。ただ、嘘はついていないだろうと感じてはいるが、あんたたちのことを全面的に信用するのは難しい。」

「もちろんです。いきなり出てきた我々の話を聞いていただけただけでも感謝しております。本日は夜も更けております。一度おかえりいただき、我々が必要でしたらスアリの働いている食堂で声をかけてください。」

「わかった。」

「また、もしよければですが我々で新しくお耳に入れたい情報が見つかった際、カイ様のお部屋にこのような石を入れさせていただいてもよろしいでしょうか。」


見せられたのは青みがかった石である。


「この石は?」

「ハイル将軍と連絡がある時に使っていた石です。お部屋にこれがあった時は我々からお話がある時だと思ってください。」

「それはわかった。だが、王城内の居室に入れるのか?」

「我々の仲間が王城内で既に働いております。下働きや兵など、王城内には騎士以外にも多数のものが働いているのです。」

「もちろん、王室に忍び込むのは困難です。ただ、カイ様のお部屋であればやろうと思えば私が直接赴くこともできると思いますよ。」

「なるほど、あんたたちの能力が高いというべきなのか、王城の警備に問題があるというべきなのか、悩むところだがわかった。」


席を立ち、カイはグースに向かって手を差し出した。グースはその行為を見て、ひどく懐かしいものを見る目をしながら言った。


「我々のような胡散臭い輩に手を差し出されるのですか?」

「胡散臭いのは確かだけどな。父上の最期に対して、同じ思いをしている人と会ったことがなかったもんでな。素直に嬉しかった。」


一瞬、言葉に詰まったグースだが、何かを堪えるようにしながら手を取った。


「カイ様、ありがとうございます。」

「よろしく。」

「カイ様、私のような影のものに手を差し出していただいたのは3人目なのです。ハイル様、セフィード様のお二人だけでした。生きているのが無駄だと思っていた日もありましたが、生きていてよかった。」

「まて、そんな大層なことじゃない。たかが握手で生き死にを語らないでくれ。」

「はい、確かにそうですな。ただ、私も嬉しかったことをお伝えしたかった次第です。これからよろしくお願いいたします。」


その後、見送りを断って部屋を出たカイは入り組んだ路地を縫うように歩き、王城の居室へと帰っていった。彼らを信用するか、信用するとして能力はどの程度のものなのか。戻る道すがら、いろいろなと考えながら歩く。一人ではどう考えても無理だった計画に可能性を感じてきたことは自然にテンションを上げ、足取りを軽いものへとしていた。

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王命頂戴 花里 悠太 @hanasato-yuta

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