第15話 影の者

カイが王城に戻ろうとした時、巡回中の兵と遭遇した。近衛騎士も巡回はしているが、当然近衛騎士だけでは治安を守ることができず、メインの警備は兵が行い、近衛騎士の巡回は兵達の動きを確認したり、警備の穴がないかを確認するという目的である。当然、警備兵とも面識ができてくる。遭遇した警備兵はパレードの時にカイの指揮下にあった部隊で、警備兵はカイに対して敬礼してきた。


「警備は順調か?」

「は、問題ありません!」

「そうか、それならいい。」


本当に問題に気付けるのか、と心の中で思ったカイは前回この警備兵とした不快なやりとりを思いだしていた。パレードで不審人物を見かけた際、問答している間にチェックし損ねた件である。あの時にちゃんと動いていれば何かしら情報が得られたかもしれないのに、とそこまで思ったところでカイは突然叫んだ。


「あの女だ!」


訝しがる警備兵を置いて、来た道を逆走してバレットの酒場に向けて走り出した。明るい雰囲気で話していて、あまりにも印象が違ったため気づかなかったが、パレードの時に観客の後ろで冷静にあたりを眺めていた二人組のうちの一人と顔形が似ていることに気づいたのである。警備兵に対して苛立ちをおぼえていた自分も人のことを言えないじゃないか、自分に対して叱りつけつつ、バレッドの酒場にむけて走る。もし、バレッドになんらかの危害を加えようとしている場合、という可能性に気づいたところで思わず呟いた。


「俺の生姜焼き!」


呟いた後に、人の心配よりも料理の心配と不謹慎かと思ったが、生姜焼きに対する絶大な評価がさせた発言である。バレッドも料理人として本望だろうと勝手に結論づけてカイは走る速度を上げた。


生姜焼きを守るため、バレッドの酒場に駆けつけると、すでに酒場は本日の営業を終了していた。

カイが食事をしていた時にすでに閉店作業をしていたので、よく考えれば当たり前のことである。また明日来るか、と思ったその時、店の陰から目的の女性が歩いて来て、全く異なった雰囲気で声をかけてきた。


「カイ・ヴェルナー様。こちらへ来ていただけませんか。」

「何の用だ。」

「危害を加えることはいたしません。剣もお持ちで結構です。」

「ここで話せばいいだろう。」

「こちらでお話するのはちょっと。ハイル様の仇うちについてのお話です。」


予想だにしていなかった展開ではあったが、カイはうなづいて先に歩き出した女性について歩く。無論怪しいことは百も承知ではあるが、仇討ちの件を出されてはこのまま引き返すことはできなかった。虎穴に入らずんば虎子を得ず、の心持ちである。


「父上について何を知っている。」

「私はハイル将軍の部下でした。他にも数名います。」

「俺はお前を知らないぞ。」

「ハイル将軍は軍を指揮する上で、情報を重視しておりました。我々のような影の者を使っておられたのです。詳しくは後ほど。」


女性はそのまま歩いて行くと、入り組んだ路地に入っていき、民家の勝手口を開けると中にカイを招き入れた。

カイが警戒しながら部屋に入って行くと、そこにはパレードの時に見かけたもう一人の男性が座っていた。カイの入室を確認して、立ち上がって声をかける。


「カイ様。大きくなられましたな。」

「俺はあんたのことを知らないんだが。」

「当然です。カイ様はもちろん、ミスティア国の中でも我々の存在を知っているのはごくわずかでした。今現在でいうとセフィード様くらいでしょう。」

「師匠を知っているのか。」

「はい、ヴェルナー大戦の折は、軍議とは別にハイル様のお部屋において良くお話をさせていただきました。しかし、カイ様がセフィード様の元で修行されていた頃は我々がまだ組織だった活動をしていることはご存知ありませんでした。」

「なぜ?」

「我々はハイル様が処刑された後、国外に逃亡したことになっていたからです。」


ここで、カイは直感的に嘘をついていないと感じていた。しかし、理性的にはどう考えても怪しい。信じて良いものか、疑ってかかるべきなのか、迷っているところに、先ほどの女性が飲み物を持ってきた。


「どうぞお飲みください。」

「ああ、っと。」


反射的に口をつけようとして、毒の可能性に気づき、止まったカイにたいして女性は補足する。


「信じてください、というのは無理があるかもしれませんが、体に悪いものは入っておりません。ただ、今のカイ様のお口に合うかどうかが少し自信がありません。」


発言の意味がわからず、もう一度コップの中身をのぞいてみると、黄色い液体に甘い香がする飲み物であった。


「レモネード?」

「はい、幼少の頃はお好きだったので。いまもお口に合うかどうかはわからなかったのですが。」

「いや、いまも好きだ。ただ、久しぶりだな。」


甘酸っぱいレモネードを口に含んだところで、その味がカイの脳の隅っこを刺激した。


「どこかで、この味。。。」

「覚えていらっしゃいますか。もう10年前、サヤカ様と一緒にたくさん飲まれていました。」

「!レモネードの人か。どうりで見たことがあったわけだ。」


ハイルがカイを伴ってセフィードの館を訪れていた際、急に軍議をしなければならなくなり、カイとサヤカに構う余裕がなくなった二人が、遊び相手としてあてがわれた女性がいたことを思い出していた。通常、使用人なりが相手をさせるのだが、カイとサヤカは良く言えば活発で、当時から抑えるのが難しい子供達であった。そんな時に相手をしてくれた女性がいたことを思い出していたのである。その際の抑えるための最終奥義がこのレモネードであり、二人の心にクリティカルヒットした。口の中が、レモンと蜂蜜漬けになってしまったのかと疑うくらい、大量にお代わりした記憶が蘇る。


昔を思い出し、少し懐かしい気持ちに浸っていると、もう一人の男性が喋り出した。

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