第4話 賢王と老臣

一方そのころ城の最深部に位置する執務室ではウーレ王が書類の山と忠実な側近を前に苦戦を強いられていた。


「国王陛下」


げんなりした表情のウーレに対し、国務尚書ガルトが慇懃に呼びかける。ガルトは先代ミスティア国がベルファリ国に侵攻を決めたとき、真っ向から批判し、先代王の怒りをかって長い間投獄されていたという過去の持ち主だ。牢獄にあって、10年以上の間、主張を翻すことなく王に侵攻をやめるよう訴え続けた鉄の意志は、先代ミスティア国王が病没後に認められることとなる。ウーレ王に識見と国に対する忠誠心を高く評価され、牢屋から解放すると同時に側近として実力を発揮することになった。今や王の懐刀と呼ばれ、治世から策謀まで幅広い分野で活躍するミスティアを支える老臣だ。ガルトは国王の表情を無視して話を続けた。


「こたびの仕儀、いかなお考えを持ってのことでしょうか。」

「無茶をしたのはわかっておる。もうよいであろう。」

「良くはございませぬ。ことが起きてからでは遅いのですぞ。」

「しかし、効果的であろう。それががわからぬわけではあるまい。」

「おっしゃるとおりでございます。カイ・ヴェルナーが本名を名乗った以上、彼に与えられた権限を行使しようとしている可能性は極めて高い。と考えます。彼に対する抑止として効果は大きいでしょう。」

「では、よいではないか。」

「結果については間違いございません。しかし、前もって仰っていただければ不測の事態に備えることもできます。」

「危険を犯さずして利を得ることはできまい。」

「犯さずにすむ無用な危険は回避してくださいと申しあげております。内容を理解されている上で会話をそらすのは王として、いさぎ悪く思われますが。」


王が言葉に詰まる。老臣は声をうわずることもテンポが乱れることもなく、一定の音階、リズムで言葉を続けた。


「今度の件、カイ・ヴェルナーを世に広めることで臣民へ英雄の後継者を要することで国力が揺るぎないことのアピール、ベルファリ国に対しての牽制、カイ・ヴェルナーの行動抑止、どれをとっても申し分ない策でございました。しかしながらその場のお考えで実施されるには危険が大きすぎる策でございます。王の行動によって、つつがなく進行していた式典の流れが変わり、式典担当の進行調整及び警備についていた近衛騎士の配置変更など多くの混乱が発しております。恐れながらカイ・ヴェルナーがなりふり構わず事をなそうとしていた場合、防ぐ手段はございませんでした。よき方に事が流れたとはいえ、かかっているのは王の御命であり、強いては国をかけての賭をされたことをご考慮いただき」


淡々と、延々と続きそうな老臣の波状攻撃を前に、王は降参の白旗を揚げた。


「もうよい、わかった。私が悪かった。今後はもう少し気をつける事にしよう。下がってよいぞ。」


ガルトは何事もなかったように深々と一礼し、整然と執務室から退室していった。執務室にはウーレ王と、近衛騎士二人、そして書類の山が残される。王は護衛の騎士に気づかれぬよう小さく舌打ちした。


「頑固爺」


王自身、50歳を超えている。活力あふれるその振る舞いから相当若くみられてはいるが、いささか大人げない。しかしその舌打ちをしたことで王は別の用件があったことを思い出した。そばの近影騎士にガルトを呼ぶように伝えると、10秒とおかずにガルトが再来室して王を驚かせた。


「ずいぶん早いのう」

「本題をご報告しておりませんでしたので。お呼びになられると思い戸の外で待機しておりました」


退室すると同時に戸の前でこの老臣は立っていたことになる。独り言が聞かれなかったかと冷や汗をかきながら、内心でいたたまれない思いをしたであろうドア横の護衛騎士に謝りつつ、ウーレはガルトに本題の報告を促した。


「報告いたします。先日よりベルファリ国との国境付近を荒らしているムヘテ山の山賊団ですが、未だに本拠地を突き止めてはおりません。ベルファリ国とミスティアの両国を行き来し、本拠地をあえて定めていない節もあります。両国の軍が連携して事に当たれないことをうまく狙われていますな。」

「やはり騎士かそれに準ずるものが関わっているか。」

「御意。両国間の軍事情勢を理解した上で相応の作戦指揮能力を有した存在がいると考えるのが妥当でしょう。ダンタク殿からもこの件に関して全面的な協力を約束していただいているものの、なかなか本拠地は突き止められない様子です。」


ミスティアとベルファリは国交正常に回復しており、人の行き来もあって現在は良好な関係といえる。しかし、10年前の戦争の遺恨を引きずっている人間も当然ながらいて、その最も根深い確執を持っているのが両国の騎士をはじめとする軍部であった。両国において多くの民は知らないことだが、両騎士団は国境付近で警備という名目でにらみ合っており、今でも一触即発な雰囲気なのである。


もっともウーレ、ダンタク共に戦闘行為を強く禁じている。その意向に背いて実際に暴発することは難しい。しかし鬱憤は見えないが確実にたまっているのであった。水面下の確執は両国の軍事的連携を妨げ、山賊団にその弱点を見事につかれていた。


「一介の山賊風情にできるものではないな。しかし、このままずるずるとやられるわけにもいくまい。何か策はあるかの。」

「御意。調査は調査として継続いたしますが、一度近衛騎士含めた一個師団を派遣するのはいかがでしょうか」

「重圧をかけ賊をあぶり出すわけだな。加えてミスティアの騎士団に私が本腰を入れていることを強く意識させ、士気高揚を狙うか。」

「御意。加えて、ベルファリ国に対してミスティア国が本気で取り組んでいることを示すことになるでしょう。」

「うむ。我にも異存はない。実施の日程や子細な点に関してはガルトに一任しよう。」

「御意。」


再び一礼して退室しようとするガルトを王が呼び止める。


「ガルト。今度の件、カイはどうする気だ。」

「カイ・ヴェルナーでございますか。今回は派遣しない方向で考えております。」

「良いのか。奴は戦場においた方がよいといつもいっておろう。」

「王のご意向であれば帯同いたしますが、ほかにも優秀な近衛騎士が多数おります。カイ・ヴェルナーでなければならない、といった作戦ではございません。」

「だが、はずす理由はあるまい。奴の剣の腕が立つことは誰もが知っておる。損害を少なくするためにも精鋭を派遣すべきではないのか。」


淡々とはなし続けたガルトはここで初めて言い澱んだ。一瞬の沈黙の後、再び口を開ける。


「手柄が集中し過ぎております。」

「公平の旗を心に掲げるガルトの言葉とはおもえんな」

「カイ・ヴェルナーに関しては何の含みもございませんが、ほかの騎士たちにも手柄を立てる場を公平に与えようとした結果です。」

「カイ本人をこれ以上出世させるわけにはいかんとは申さぬか。」


ガルトは表情をいっさい変えずに答える。


「もちろんそれもございます。カイ・ヴェルナーがこれ以上活躍した場合、近衛騎士の部隊長などの昇進の形で報いるしかございません。」

「それはそれで良いではないか」

「陛下、私はカイ・ヴェルナーにたいして公平に扱うよう仰られたお言葉を勅命として心に刻み、日々業務に当たっております。ルイ・カーベスであった頃から公平に扱った結果、彼は近衛騎士にまでなりました。優秀な騎士です。しかし、いかに優秀な騎士であろうともこれ以上の昇進は早すぎます。」

「奴をこれ以上出世させるのは危ないとは言わんのだな」

「それはもちろんございます。私は王国の安定のため全力を尽くさねばならない立場におります。一人の若者に栄光が集中し過ぎることの一点においてもは王政としてのあり方を考えて望ましい形ではございません。ですが、今回の派遣に同行させないのは、公平の観点から検討した結果の判断でございます。」

「カイを特別扱いしているわけではないのだな。」

「御意」

「ならば良い。詮無いことを聞いた。下がって良いぞ。」


ガルトはいつもの通り深々と一礼、整然と執務室から退室していき、ウーレ王が執務室に残される。王は数秒何事か考えていたが、すぐに山のようにある書類の攻略に取りかかった。

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