第3話 幼馴染の女騎士

日が傾いた頃、カイは騎士団の詰め所に戻っていた。重い鎧を脱ぎつつ大きくため息をつく。


「あの狸め」


王に対する発言としては、不敬罪間違いない不穏な台詞をつぶやきつつ、カイは慣れしたしんだ下級士官食堂に向かった。近衛騎士であるカイは高級士官用の食堂を使うことができるが、品がよく適量に抑えられた食事では食べた気がしないという理由でもっぱら兵士が使う下級士官食堂を使っているのだった。


時間が時間だけに閑散としている食堂に着くと、同僚の近衛騎士であり、カイの幼なじみでもあるサヤカ・セフィードが遅すぎる昼食を食べているところだった。


カイとサヤカは同じ剣術道場で釜の飯を食べてきた仲である。十年前、カイが行方をくらました直後、元々母を亡くしていたカイは帰ってくる人のいなくなった家を飛び出してミスティアの辺境に位置するメニ村の剣術道場を訪ねた。道場の主は、ハイル・ヴェルナーの親友であり、英雄に請われて最後の介錯をつとめたことで知られるベルン・セフィードである。ベルン・セフィードはミスティア一の剣豪として知られており、大戦においては常に冷静沈着な戦いぶりでハイル・ヴェルナーの右腕と呼ばれる戦いぶりを見せた名将だ。大戦後、国王はハイルの後を継ぐようベルンに要請したが、ベルンは親友の死を悼み、現役を退いた。軍を離れたベルンは首都から離れた田舎町に住居を移し、小さな剣術道場を開いて子供達に剣を教える日々を送っていた。カイはそんな父の親友を頼ねたのだ。


「ベルンおじさん、僕を強くしてください」

「・・・なぜだ。」


カイは隠さずに王からもらった証書をベルンに見せた。ベルンはそれを見せられると、目を通すなり、カイを奥の書斎に連れてき、問いただした。


「カイ、お前は父が守ったこの国を、仇と同時に混乱させようとしている。それはわかっているのか。」


カイは一寸の迷いも見せずに答えた。


「はい、わかっているつもりです。父が守ったミスティアという国の平和は乱したくはありません。ですが、僕は父が死ななければならなかったことに納得できません。王からは仇を討ってもいいという権利をいただきました。国のことはよくわからないですが、とにかく父の仇を討ちたいのです。」


ベルンはそれを聞き、頷いていった。


「わかった。カイ、お前を強くしよう。ただし条件がある。私が許可を出すまでその権利のことは忘れることだ。そして、お前の本名を語ることもゆるさん。」

「なぜですか」

「理由は二つある。一つは、国王陛下のおっしゃるとおりだ。お前には力が足りなさすぎる。鍛えなければその権利の実行はできん。」

「・・・」

「そしてもう一つだ。私はハイルが守った平和を守りたいのだ。残念ながら、皇太子殿下はまだ若く、国王陛下の跡継ぎとはなりえん。国王陛下の死はそのまま戦乱の幕開けとなりかねんのだ。そのようなことになれば、ハイルは犬死にだ。絶対にそんなことにしてはならんのだ。わかってくれるか。」


ベルンはカイの目を見て訥々と話をし、その態度にはごまかしの要素はなかった。カイは話を最後まで聞いた後、頷いていった。


「ベルンおじさん、よろしくお願いします。」

「わかった。ではお前のことはしばしの間ハイルの息子として扱わん。お前も、私のことは師匠とよべ。」

「はい、師匠。」

「それと、お前の名前はルイ・カーベスだ。」

「わかりました。」


ベルンは頷くと部屋の外に興味深げに待っていた娘を部屋に呼び入れ、話しかけた。少女は踊るように歩いてカイの前に立ち、まじまじとカイを見つめた。


「サヤカ、この少年を覚えているか」

「あーやっぱりカイ君だ。」


ベルンの問いかけに答えるというより、久しぶりの友達にあうのが余程嬉しいのか、カイがたじろぐほどの勢いで少女はカイに向かって話しかけてきた。


「久しぶりだね!燃えてるみたいな真っ赤な髪だからすぐわかったよ。私のこと覚えてる?」

「サヤカだよね。昔うちにベル、じゃなかった師匠と一緒にきたのを覚えてるよ。」


それを聞いて怪訝そうな顔をしてサヤカは父に問いかける。


「師匠・・・ってことは入門するの?」

「そうだ。それと彼の名前は、ルイ・カーベスだ。」


それを聞いたサヤカは喜びと疑問の入り交じった複雑な表情を浮かべたが、一瞬後には納得した表情となり、カイ改めてルイに話しかけた。


「よろしくね。サヤカ・セフィードです。」

「こちらこそよろしく。ルイ・カーベスです。」


それからルイ・カーベスとサヤカセフィードは国内一と謡われる剣豪の元で研鑽を積み、セフィード道場の二枚看板として国内に知らぬ物はいないほどの存在となった。彼らは騎士団に入団しその腕前を遺憾なく発揮することによって活躍し、今や二人そろって近衛騎士に叙勲されるという快挙を成し遂げたのである。二人は同僚であり、ライバルであり、幼い頃から慣れしたしんだ親友であった。


そんなサヤカも同じく護衛任務をこなした後であり、カイと同じ理由でこの食堂を愛用している同士だった。茶色がかった長い髪を後ろの高い位置に束ね邪魔にならないようにしつつ、黙々と食事をしていたが、カイの存在に気づくと左手をあげて挨拶してきた。カイは厨房から食事を受け取り、サヤカの向かいに座る。


「若き英雄の後継者殿、お披露目されちゃいましたな。」


サヤカは笑いながらカイに話しかけた。彼女はカイに与えられた権利を含め、いろいろな背景を知っており、カイにとって数少ない心許せる存在である。カイはサヤカに答えた。


「国王陛下にやられたよ。あんな風にさらされるとは思ってもみなかった。」

「さすがは国王陛下、といったところじゃない。」

「まあ、そういうことだろうな。」

「でも、これからはカイで呼んでいいんでしょ?」

「ああ、そう言うことになるのか。」

「絶対カイの方がいいよ。ルイってなんか女の子みたいでしょ。ずっと本名で呼びたかったんだよね。」

「それはちょっと思ったけどな。師匠からいただいた名前だから。あまり考えないようにしてた。」

「でも父上も気にしてたみたいだよ。ルイって書いてある門下生の名札見て、眉ひそめて、女みたいだったか。ってつぶやいてたもの」


二人は顔を見合わせて笑うと、食事を再開した。

大鍋でとことん煮込まれた豚のバラ肉は、フォークで切れるほど柔らかい食堂の名物料理だ。スパイスの香りが辺り一面に充満し、朝から飲まず食わずで護衛をしていた二人の食欲を刺激し、食い意地を抑えるのが困難になってきたのである。当人たちに言わせると騎士の心得として食べれるときに食べるのは当然とのことだが、猛然と皿に向かうその姿は、がっつくという言葉がまさにぴったりの情景だった。


カイが三皿目、サヤカが二皿目を食べていると、城内巡回から帰ってきた兵士たちが食堂に入ってきた。つい先ほどまでルイ・カーベスだった男に気づくと好奇の視線を向ける。カイは視線を無視して食事を進めていたがサヤカがおもむろに声を発した。


「私にみとれる気持ちは分からないでもないけど、食事中にじろじろみられるのは気分悪いね」


独り言のように言っているが、よく通る声は食堂中に響きわたった。視線を向けていた野次馬たちは慌てて視線を逸らす。近衛騎士に喧嘩を売れるほどの度胸の持ち主はなかなかいない。カイは目で感謝の意を示し、サヤカはフォークを軽くふってそれに答える。カイは目立つのを好まないし、サヤカは彼の理解者であった。視線がはずれるのを確認した後、サヤカが尋ねる。


「で、いつのつもり?」

「まだ決めてない。さすがに警備が堅くてな。」

「ことがことだけにねぇ。当然だね」

「まぁ次の遠征あたりが狙い目になるんじゃないか」

「遠征なんてあるのかな。国境で山賊が暴れてるって聞いたけど、国境警備の騎士団が対応するだろうし。」

「そうだな。まぁそんなわけで、計画も予定もたてられずじまいだ。」

「簡単にいくわけはないよね。因果な商売だ。」


サヤカは無理矢理まとめ、深くため息をついた。そしてパンで皿に残っていたソースをきれいに拭い口に運んで食事を終える。胸前で合掌するミスティア国ならではの食事を終えた際の儀礼を行ってサヤカは立ち上がりつつ、冗談めかして言った。


「カイ、気をつけてね。セフィード道場から犯罪者出すわけにはいかないんだから。」

「ああ、へまは打たないように気をつける。」

「本当にね。この件に関しては手助けしてあげられないんだから。」


サヤカはそういい残すと、片手をあげながら食堂を後にした。それを見送ったカイは最後の一切れになっていた肉を口に運びつつ、食後の行動に思いを馳せる。式典の護衛が本日の最後の任務だったため、明朝までは自由時間だ。当初カイは下町を散歩し、買い食いしながらだらだらとした休息時間を過ごすつもりだった。とはいえ、国王陛下にお披露目されてしまった後だ。外を出歩いたら先ほどのような不愉快な視線にさらされることになることは容易に想像がつく。カイは真剣に検討を重ね、合掌し、食事を終えた。


「寝よう」


次世代を担う英雄後継者はきわめて後ろ向きな台詞をつぶやき、彼の部屋への戦略的撤退を開始した。

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