第2話 十年後の和平式典

それから月日が流れ、香院暦136年、柊の月。


ミスティア王国首都、ダベルトスの王城では式典が催されていた。

和平成立10周年を記念したものである。

大半の民が望んでやまなかった平和はいまだ健在で、その間にミスティア王国は賢王ウーレの元、めざましい復興、発展を遂げていた。

式典にはミスティア王国だけではなくベルファリ国からも宰相ダンタクを筆頭とする一行が来場し、両国間の関係が良好であることを諸外国に強くアピールしている。国を問わない参加者たちはおいしい料理に舌鼓をうち、美酒に酔いしれ、この平和が維持されていることを実感して喜びを噛みしめていた。


式典は盛大に、つつがなく行われ、最後に閉典宣言を行うためウーレ王が壇上に姿を表すに至った。来場者は王に対して興奮の視線、歓声を惜しみなく浴びせる。


「臣民よ」


威厳と慈愛に満ちたその声色に会場が静まり返る。

会場を支配したのを確認し、ウーレ王は言葉を続けた。


「あの凄惨な戦争から10年という月日がたった。この10年は領土が増えるわけではなく、戦いに対する勝利の美酒に酔いしれることもできない退屈な10年だったという者もいる。しかし、戦争をやめ、戦いの場を経済に移すことで我がミスティア国は発展という戦果をえることができた。ベルファリ国という友人を得ることができた。戦争の何倍も良い結果を生むことができたのだ。」


そこかしこから賛同と感動の入り交じった小さい歓声が上がる。


「この結果をもたらしてくれた人物を紹介しよう。ベルファリ国宰相、ダンタク殿。」


ダンタクは細身の体をゆっくりと動かし壇上にあがった。短くきった灰色がかった髪が目立つが、体つきや顔つきなどは至って普通に見える。しかし、ベルファリの城と呼ばれ、剣にも策にも秀でており間違っても普通ではない。ダンタクが良しとしなければ和平は実現しなかったとも言われる人物であることを知らぬ者はこの会場にはいない。


ダンタクが壇上にのぼったのを確認するとウーレはその後ろにちらりと視線を走らせ、さらに言葉を続けた。


「そしてもう一人紹介したい人物がいる」


式典は賢王ウーレと宰相ダンタクの固い握手を迎える筋書きだった。王の予想外の言葉に来賓だけではなく、会場全体がどよめく。外交の場で感情を悟らせないことに長けているダンタクですら、一瞬ではあるが、驚きと警戒の入り交じった表情をうかべた。


「この戦争を語る上で欠かせない登場人物がいることを諸君は知っているはずだ。英雄ハイルヴェルナーである。」


ウーレ王が一息入れた。王の意図が読めず、会場が奇妙な沈黙に落ちる。王は続けた。


「本来、この式典は彼にこそふさわしいものである。だが諸君も知っているとおり彼はこの式典には参加することはできない。だが、彼は自分の名代をこの式典に遣わしてくれたのだ。紹介しよう、英雄の息子、カイ・ヴェルナーだ。」


会場がどよめく。

ウーレの側近など一部の視線が一斉にダンタクのちょうど後ろの位置に控えていた護衛騎士の一人に集まり、つられるようにして会場中の視線がそちらに集まる。


「カイ・ヴェルナー、兜を脱いで壇上へ」


今や会場の注目の主と化した騎士は、1、2秒の間微動だにしなかった。しかし、彼の動きを会場が待っており、動かないことには先に進まないことに気づかないほど、彼は空気の読めない男ではなかったのである。


騎士は兜を脱ぎ壇上へと向かった。その姿を見て会場中がさらにどよめいた。ハイル・ヴェルナーと同じ燃えるような赤い髪、まだ若いが、肖像画と面影がかぶる。しかし、参加者はそこに対してどよめいたのではなかった。


「我が国の民でこの者を知らぬ者はおるまいな。ムヘテ山賊団撃退をはじめとして数々の武勲を上げ、先日年若くして近衛騎士に配属されたルイ・カーベスだ。彼は本名を偽り、我が騎士団に名を連ねていた。このことは許しがたい。」


会場に緊張が走る。静まり返った会場の中壇上に向かうカイをよそ目に王は続けた。


「しかしである。彼は近衛騎士叙勲の儀において真の名を告げた後こういった。自分が父の名前を出したら不当に重んじられることになる。それは望んでいないと。父が守ったこの平和に自分の力で貢献したいと。私はハイル・ヴェルナーの魂がまだ生きていることを知り、感極まった。」


カイが壇上に姿を見せる。


「本来、この壇上はハイル・ヴェルナー将軍にこそふさわしいものだ。彼の魂を宿した若き騎士がいることを知った以上、この式典の壇上に彼を呼ばないわけにはいかなかった。」


会場から歓声があがる。その音量は少しずつ大きくなり、伝説の後継者を称える。


「ミスティアの王と、ベルファリ国の宰相殿、英雄の若き後継者のもとに、戦の終結より10年、ミスティア王国とベルファリ国がよき隣人であったこととを祝し、これからも両国の関係が平和ですばらしいものであることを、ここに宣言する。」


会場の雰囲気は最高潮に達した。主役となった3人が歩み寄る。王の意向で3人で手を重ねる。沸き上がる歓声はすさまじい勢いで大きくなり、城外にまで響きわたった。感激の坩堝と化した王城において大半の参加者は新たな第一歩を目にしたことに感激し、これから先平和が続いていくであろうと感じていた。


笑顔で、冷や汗まみれの手を重ねる3人とは裏腹に。

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