王命頂戴

花里 悠太

第1話 現王討伐許可証

雨降る中、一人の男の首が飛んだ。

香院暦126年、薊の月のことである。


7代ミスティア国王のベルファリ国に対する侵攻は両国の消耗が激しく、両国の疲弊、弱体化を招いていた。7代ミスティア王が病死し、8代ミスティア国王になるとどちらからともなく和平という形で終演を望むようになっていた。

しかし侵攻した側はそれでよくとも、侵攻された側はただ和平を認めるわけにはいかなかった。ベルファリ国は和平の条件として侵攻を指揮していたハイル・ヴェルナー将軍の命を要求したのである。


当初8代ミスティア国王ウーレ・ミスティア・イグナルは戦争の責任を個人に押しつける要求を良しとはしなかった。賢人王と呼ばれ人格、見識ともに評判の高かったウーレにはとうてい飲める要求ではないが、侵略されたベルファリ国は国民感情を抑えるために何らかの形がどうしても必要だったのである。


事態がまとまらず、再び泥沼化しようとしていたその時、ヴェルナー将軍がみずから断頭台におもむき首を差し出したことで、状況は一変した。


雨降りしきる中、英雄が処刑台にひざまずく。介錯が刀を振りあげ、彼の命の灯火を今まさに断ち切らんとしている現場に、ウーレ王が駆けつけた。制止しようとする国王に対しハイルは言った。


「我が信愛する国王陛下。そしてミスティアの民よ。我の身を糧に平和を育み給え。」


潔い言葉とは裏腹にハイルはふるえていた。彼は生粋の武人であり、戦場での死は幾度となく覚悟したもののこのような屈辱的な形で彼の華々しい戦歴を終えるとは、夢にも思わなかったのである。ウーレ王はその痛々しい姿を見てさらに制止しようとしたが、思いとどまった。介錯の刀はもう降りおらされるだけの状態になっており、これ以上の時間は功績ある将軍の苦しむ時間を長くするだけだと悟ったのである。ウーレ王は未だ震えるハイルに問いかけた。


「ハイル・ヴェルナー。お主の忠誠は末代まで語り継がれるであろう。ほかに何か望むことはないか。」


ハイルは一瞬考えた後、震える声で告げた。


「我が最愛の息子に、彼が望むものを。」

「王の名の下に承知した。願いは必ずや叶えよう。」


ハイルはうなづき、介錯に合図を送った。次の瞬間鋭い太刀がハイルの首を襲い、首の皮一枚を残して彼の頭と胴体は別の物となった。


ウーレ王は大いに嘆くも、彼の国を思う尊い心に深く感謝し、ベルファリ国に彼の首を送った。ベルファリ国もことの顛末をしって将軍の潔さを称え、その首を丁重に彼の故郷に送った。結果、将軍の首は故郷への凱旋、死に別れた胴体と再会を果たし、ともに埋葬されることになった。


血で血を洗う戦いが終演し、つかの間の平和が両国間に生まれることになった。両国は、平和が訪れたことを心より喜び、戦争の何倍もよいことをかみしめると同時に一人の英雄に感謝した。ウーレ王は英雄を国葬することを宣言し、ベルファリ国もそれを認め、英雄は盛大に送られた。この話はヴェルナー大戦記として語り継がれ、香院暦最高の美談として多くの吟遊詩人達の糊口をしのがせることに貢献した。


しかし、この話には後日談があることを多くの臣民は知らない。


葬儀の場で、王はハイルの息子であるカイと出会った。燃えるような赤い髪を引き継いだまだ幼い少年に対して、王は英雄との約束を果たすため、望むものを問いかけた。少年は王の目を見つめ、つぶやくように言った。


「僕の手で、父の仇を討ちたいです」


少年の望みを聞くと、王はしばし口を閉ざし、考え込んだ後、うなづきながら言った。


「お主の願いを私は叶える義務がある。しかし、今は叶えるわけにはいかん。お主には力がなく、敵を討てまい。まずは力を付けよ、英雄の魂を継ぐものよ。さすればお主の願いを叶えるべく助力する事を王の名の下に約束しよう。」


少年はその言葉を聞きながら、王の目をじっと見続けていた。王はその視線を真っ向から見つめ返し、そらすことはしなかった。数秒見合った後、少年は口を開いた。


「ありがとうございます、王様。僕は力を付けます。力を付けて、仇を討たせてください。」

「承知した。成長するのを楽しみに待っているぞ」


少年はぎこちなく一礼し、親戚たちにつれられて葬儀の列へ戻っていった。王はこの後ハイル・ヴェルナーに丁重な弔辞を贈り、彼を悼んだ。


国葬が終わった後、国王は少年の願いを叶えるため勢力的に動いた。側近たちが引き留めるのも聞かず王の名の下に条例を整備し、ハイルの息子に一通の証書を送った。その証書の衝撃的な内容には戒厳令が敷かれ、王自身と王の側近のみが知るにとどまった。


後生の歴史家が限王討伐許可証と呼んだその内容を要約すると、下記3点であげられる。


一つ。カイ・ヴェルナーに、8代ミスティア国王ウーレに限り、命を奪うことを許可し、罪に問わないことを約する。


二つ。カイ・ヴェルナーのみに権限を認めるものとする。委譲は認めず、助力したものの無罪を保証するものではない。


三つ。人的、物的問わず防衛しないことを約するものではなく、防衛した人、物に対する傷害罪や損害罪を無にする物ではない。


カイ・ヴェルナーには賢王ウーレの命を奪う権利を与えられたわけである。当然、この証書を作成しようとしたとき、側近達は反対した。ウーレ王は、最後までハイルの身を守ろうとしていたではないかと。ハイルとの約束を守ろうと言う気持ちは分かるが、ハイルは自分で死を選んだわけであり、敵はいないはずであると。様々な意見で王を止めようとする中、王は言った。


「結局、ハイルの身を犠牲にして、我は国を救ったのだ。ハイルの息子からすれば我はどう見えるのであろうな。短い間だったが、息子と話をしてみて良く伝わった。お前は父を殺しただろうと。父の首を他国に送り、解決を図ろうとする我は浅ましく、まさしく仇であろうとな。」


それでも当然ながら周りは必死に止めようとしたが、王は思いを変えず先だっての証書を少年に送付することになる。その際に王はこうも言った。


「案ずるでない。我は死ぬつもりはない。我が護衛は子供一人防ぐこともできんのか。あの証書で認めたのは我の命を奪うことに成功した場合、無罪になるだけの証書だ。簡単に命をやるとはどこにも書いておらぬ。王の名の下に約束した以上、破るわけにいかぬが、王の命をそうですかと渡すわけにはいかぬからな。ここら辺が限界であろう。」


その言葉を聞いて納得した側近もいたが、かかっている物は王の命である。側近達はなおも思いとどまるよう、王を止めようとした。しかし、王の決断を妨げることができないのが王政の特徴である。止めることはできず、嘆きながらも万が一に備えて警備を厳重にするより他はなかった。


一方、証書を受け取ったハイルの息子、カイは証書を受け取ると、証書と父の形見である剣と日記を持ち、部屋にこもって一晩出てこなかったという。一晩あけた後、カイは旅に出ることを親戚や友人達に伝え、その日のうちに出奔し、行方をくらましてしまった。

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