第5話 執務室の王と王子
先代ミスティア王の時代までは、ミスティアにおいて王という職業は国の最高権力保持者を意味すると同時に形式的な承認者の意味合いが強かった。王自身が王の意志で取り組むものを除き、文官によって持ち込まれた書類に機械的に王家の印を押す程度であり、一日の大半を狩猟や宴で過ごすのが業務であり、責務だったのである。
しかしウーレはこのやり方は文官の不正を助長していると考えていた。先代王病没によってミスティア国の王となったウーレ王は、破綻しかかっていたミスティア国の財政の改善が必要不可欠と考え、短期的に結果を出す方法として、形骸化していた王の確認を実質的で意味のあるものに変える事を決断した。この決断により王の日々の戦いは、華々しい社交の舞台から静粛な書類との格闘に主戦場を移すことになる。殺人的な激務となったが、ウーレ王は精力的に業務に当たり財政の健全化に注力した。
効果はめざましい物があり、横領を主とする不正が、次から次へと発覚し、不正を試みた物には俸禄の一時停止から投獄まで厳然とした判断が下された。急に精度をあげた最終承認の前に、やましいところがある者たちは内心で悲鳴を上げ、新たな私的行為の実施を断念せざるを得なくなりった。最終的に国家予算支出の1割近くが不必要となり、国庫を大いに助ける結果となったが、この劇的すぎる効果はウーレ王を大きくあきれ、落胆させた。ここまでの効果が出てしまった以上、短期策として実施始めた高精度の最終承認を継続せざるを得なかったからである。
以来、ウーレ王は執務室で大半の時間を過ごす親政をかれこれ10年近くつづけている。その業務量は膨大で、書類の処理と謁見だけで一日の大半を過ごすことになり、ウーレ王の処理能力を持ってしても片手間にすませる訳にはいかなかった。
次から次へとくる大半の謁見者が王の業務をふやし、王の機嫌にマイナス方向のエネルギーを付与していく。王の舌打ちの回数が増え、護衛騎士の胃に多大なダメージを与え始めた頃、王の機嫌の救世主が現れた。
「お疲れですね、父上。」
優しい笑顔とともに入室してきたのは、金髪碧眼の美顔に長身、柔らかい物腰に豊富な知識、剣を持たせればミスティア最大の道場で免許皆伝。完全無欠にしてミスティア王国第一王位継承者という肩書きを持つ、ウーレの自慢の息子レグルである。レグルは王の好物である城下一の甘味処の箱を携え、王に差し入れた。
「おお、ボンティボンのプリンか。」
「父上用にカラメルを二倍にして注文しました。」
「でかした。さすがはミスティア一の息子だな。」
半ば冗談だが、半ば本気の王である。この王子の優秀具合は、プリンの件はおいておいたとしても、何人たりとも否定することができない能力なので親馬鹿というのは酷であろう。レグルは侍従に二人分の紅茶を要求しつつ、話を続けた。
「ついでではありますが、城門修理の業者選定の件はガルトの意見もとりいれ複数業者の共同落札とさせましたが問題ありませんか?」
「主導業者はどこにした?」
「キリングの店にいたしました。式典の際にも尽力してくれたので。」
「うむ、問題ない。」
王はレグルに王としての業務を少しずつ任せ、後継者としての教育を始めていた。王子はウーレの期待以上にその優秀さを発揮し、いまでは業務を一部代行して王の負荷軽減を果たすにまで至っていたのである。王の息子は一人であるが、それに関わらず、高い資質を持ったレグルは第9代ミスティア王の資格を十二分と言うのが世論である。
ウーレとレグルは、紅茶と甘味を堪能しつつ、国政について語り合っていたが、式典の話になったときにレグルは珍しく苦い顔をした。
「父上、あれはやりすぎです。」
「何のことだ。」
とぼけた王に対して王子は顔から表情を消して言った。
「理解されている内容をごまかそうとするのは王として、いさぎ悪く思われますが。」
「・・・どこで覚えた、その言い回し。」
「私には優秀な教育係がついておりますから。ガルトならそう言うと思いませんか?」
笑いながら答えた王子に王はにがにがしく答える。
「先ほど、ガルトにこってりとしぼられたところだ。その話題はもうしてくれるな。」
「それは災難でしたね。といいたいところなのですが、今回に関してはガルトと同じ意見です。お命を大事になさってください。」
「命を大事にしてないわけではないぞ。私も死にたくはない。」
「そうは思えないから言っているのですよ。ガルトからも言われたと思いますが、ルイがやけになったらどうするおつもりだったんですか。」
「カイはそこまで空気の読めない男ではないであろう。万一事がなったとしてもお前がいる。国は問題なかろう。」
「なにをおっしゃいますか、父上。いずれ負わねばならぬ責任だという事は百も承知しておりますが、私はまだまだ未熟者です。ミスティアには父上の力が必要ですよ。」
「ふむ。お前に国政を任せて隠居する事はまだできぬか。」
「考えてもいないことをおっしゃられるのはおやめください。それに私は父とルイ・カーベスという友人の二人を失うことにはなってほしくないのですよ。」
「まだカイと友人づきあいをしておるのか。」
「ええ、本名が何であれ、私の立場に頓着しない友人は貴重なので。もっとも、このような事情があるのであれば前もって打ちあけておいて欲しかったと思いますが、それも無理でしょう。ミスティアのためにも私のためにも彼の悲願を達成させるわけにはいかないのですよ。」
王子はそういうと紅茶に口を付け、友人との過去を思い出しつつ、窓の外を眺めていた。
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