第6話 王命狙う者と王子の誓い
レグルとルイ・カーベスの最初の出会いはある御前試合となった剣術大会でのことだった。王の前で王子を叩きのめすことができる人間は少なく、またレグルが王子故に手加減されていることを悟れないほど鈍くなかったのが災いし、レグルは消化不良のまま勝ち進んでいた。
そんな中対戦相手として現れたのがルイ・カーベスである。セフィード道場の教えには王子に対しては手加減せよというものはないのでルイは開始と同時に猛烈に打ち込み、レグルになにもさせないまま圧勝した。会場は騒然となったが、レグルは気にすることなく、試合終了後に勝者の元を訪れ、剣の指南をこうた。ルイは自分も未熟である旨を伝えた上で一言だけ彼に言い残し、立ち去った。
「殺気がない」
レグルは言葉を失い、立ち尽くした。手加減された戦いを数こなすうちに、なにより大切な相手を倒すという意志さえも失っていたことに気づかされ、実戦不足を痛感したのだった。
以来、レグルは髪を染め、身分を隠してセフィード道場を含めた色々な道場に出入りするようになり、剣の実力を高めていった。元々ひいきでなくても高い身体能力を誇るレグルはめきめきと腕を上げ、3本に1本くらいはルイからも勝利を収められるようになっていた。精鋭ぞろいの近衛騎士ですら一本もとれない人間がいることを考えるとかなりの腕前と言える。また、剣の腕が高まるにつれ、セフィード道場の面々と親交が深まっていった。
特にルイとサヤカは物怖じしない性格もあり、レグルと友誼を深め、親友と呼べる程度には仲良くなっていた。王族と一介の騎士が友誼を結ぶなど、他国はもちろんミスティアにおいてもウーレ王の治世になるまではありえることではなかった。だが、国民や国のために働く騎士達を知らずして治世はできないというウーレ王の考え、教育により、レグル王子は幼少の頃より色々な階層の臣民と接してきていた。王子の身分に対する考え方は柔らかく、またルイもサヤカも相手の身分に物怖じしなかったので、彼らの関係を妨げるものとはならなかったのである。
そんな王子にとって満足できる穏やかな友人関係が突如として修正を迫られたのは、ルイ・カーベス近衛騎士叙勲の儀だった。レグルも友人を祝福しようと公私混同ながら駆けつけた叙勲の場において、ルイ・カーベスはレグルにとって想定外の告白をしたのであった。
彼の本名はカイ・ヴェルナーであるというのである。王子の高性能な頭の中には唯一王の命を奪うことが許されている存在の名称であり、忌むべき存在として記憶されていた。動揺するレグルが思わずウーレ王の方を見やると、そこには衝撃の告白をされたはずの王の苦笑いがあった。レグルは、王がすべて承知の上で彼を近衛騎士にしようとしており、知らなかったのは自分だけだったことを理解しないわけにはいかなかった。
やりきれぬ怒りをため込むだけため込んでいたレグルは、叙勲の儀の後それを爆発させた。王城の廊下にて偽名の友人を発見して駆け寄ると、有無をいわさず物陰に連行して詰問した。
「ルイ!何かの冗談だろう?」
「さすがに冗談であんなこと言えるほど俺はいかれてないぞ。」
「おまえが、父上の命を奪うことを許されたハイル・ヴェルナーの息子だっていうのか。信じられるか!」
「悪かったな。レグルにはもっと早く言いたかったんだが、父親の命をねらってるとはさすがに言い辛くてな」
「考え直してくれないか、ルイ。私は、父上が友の手にかかるところなどみたくないんだ。謝罪が必要なら父上に頼んでみる。頼む。」
「レグル。お前はとても良い奴だ。王子様だってのに王の命を奪おうっていってる奴を未だに友と言い続けてくれるんなんてな。」
「皮肉を言ってる場合か!まじめに話をしてるんだぞ!」
「皮肉じゃないさ。本気だ。」
「余計にたちが悪い!」
普段穏健な仮面を完璧に使いこなしているレグルだが、そうは言ってもまだ若者である。本音の付き合いができる友人にはこのような感情的な姿を見せることもままあった。
言い切ってから荒く息を乱しながらうなだれる苦悩の王子に対して、王の命をねらう若者は告げた。
「レグル。いや、ミスティア国第一王位継承者レグル殿下。お前の父上、ウーレ王はミスティアにとってよき王でありレグルにとっては良い父だと思う。だが、俺にとっては、国のために命を賭した父を犠牲にして、人命と引き替えに国の安泰を買った裏切り者なんだよ。」
「父上は国のためを思って良かれとしてやったのだ。悪くないとは言わないが、そこを考えてはくれないか。」
「ウーレ王は良い王様かもしれん。だが、俺にとって良いミスティアとは父のいるミスティアで、父親といることができればこの国はどうなっても良かったんだよ。他人の幸せと引き替えに俺の家族の幸せを奪った奴を俺は許すことはできない。」
「だが、いまのこの平和こそハイル将軍が命がけで作ったものだろう。それを台無しにしてもいいのか?」
「そこについては死ぬほど考えたさ。だが、今王に不幸があったとしてもお前がいるだろう?」
「・・・なんだって?」
「ミスティア国第一王位継承者、レグル。お前が王になっても問題ない器かどうか、王家でもない俺が判断することはできない。しかし、文武両道で能力に問題なく、一人息子で、後継者争いもおこらない。そしてなにより」
「なにより?」
「気持ちいい奴だからな。ウーレ王にかなうかどうかはわからんが、良い王様になれると思った。師匠も同意してくれた。」
「私が王となれると思ったから、名を打ち明け、父を殺そうというのか!」
「レグルのせいだなんて言う気はないさ。果たすべき誓いを果たす時がきただけのことだ。」
「同じ事じゃないか!私みたいな未熟者に国をつげと。お前のひどい発言には慣れてたつもりだけど、今度のは飛びきりだ。」
普段の王族然とした振る舞いからは想像もできないほど気を落とした姿に、カイは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。王子であり父の敵の息子であるレグルはそんな背景を気にさせないほど馬が合い、親友としての日々をカイにもたらしていた。それはとても幸せな光景で、復讐に人生をかけた男とは思えないほど充実した人生に変えてくれたものだった。かけがえのない友を傷つけたことに幾ばくかの後悔を覚えつつ、カイは続けた。
「・・・悪いな、レグル。お前と一緒にずっと馬鹿やっていたかったんだが。こういう事情があったんだ。今後は会わない方がいいぞ。」
そういったカイに対してレグルは憤然と顔を上げて言い放った。
「さりげなくお前が馬鹿やったのを私のせいにするな!それに、私の立場に気遣いもできない馬鹿はなかなかいないんだぞ。貴重種一人失ってハイそうですか、と言えるか。」
「ほめられてはいないみたいだな。」
「ほめられてると思えるなら医者を紹介してやろう。だが、友人を失いたくないのは本音なんだ。」
「それは、お互いに。だけどな。」
お互いの視線を合わせ、探るような一瞬の沈黙がおとずれた後、レグルはおもむろに言った。
「私も一つ誓いをたてよう」
意表を突かれて怪訝な顔をするカイに対し、レグルは先ほどまで気落ちしていたのを微塵も感じさせない凛とした佇まいを取り戻して宣言を続けた。
「私は全身全霊を持ってお前の誓いを妨害する。父を守り、お前との友誼を守る。お前の誓いが達成するまでは、ルイ・カーベスがカイ・ヴェルナーになるだけで、今までと何ら代わりがあるわけではないからな。私は私の最善と思う道を往く。お前があきらめてくれるその日まで、私は父を守り、国を守り、友誼を守り、自分を守るさ。じゃあな。」
一方的に宣言した後、呆気にとられているカイを尻目に、颯爽とレグルは去っていった。王室に戻っていくレグルを呆気にとられながら宣言を聞いていたカイだったが、肩をすくめ、反対の方向に去っていった。
その後、レグルとルイ改めカイは友誼を継続している。カイは何度か誓いの元にことをなそうとしているのだが、敵の息子から善意かつ鉄壁の妨害を受けており、すべて実行に移せないほどの完全な未遂に終わっていた。だが、カイにあきらめる気はなく、レグルもカイの性格を含めて諦めないことを理解していたのでこの奇妙な関係は当分続きそうであった。
執務室でレグルが遠くを眺めていた時間はせいぜい数秒程度だったが、ウーレ王は複雑な思いでその様を見ていた。最愛の息子と自分の命を脅かすものが友人というのでは、複雑な気持ちになるのも仕方ないことであろう。王は皮肉の一つもいってやろうと思い、息子に同意を求めた。
「しかし、父の命を狙うものとその最愛の息子が友人とはな。世も末よのう。」
「自分の命を奪うことを認める父親がいるからこんなややこしいことになるんですよ。」
あっさり正論で言い返され絶句した父親の業務を手伝うべく、王子は執務室の空いていた席に座り、申し分ない処理能力で王の負担の削減に取りかかった。王はその姿に高い処理能力にたいする頼もしさと、自分の扱いに対する不満が五分五分で入り混じった複雑な視線を注ぎつつ、自分の席に着いた。執務室の戦況は援軍のみに任せておけるほど悠長な状況ではなかったので戦線に戻らざるを得ないのである。
この日、王と王子は各の実力を遺憾なく発揮し戦果は上々のものになったようである。
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