第7話 山賊討伐の発令

和平成立10周年記念式典から一週間が過ぎた頃、ムヘテ山賊討伐遠征についての発表のため、ミスティア王城の広場に騎士が召集された。先日執務室で話のあった山賊の討伐について正式な招集、王令である。近衛騎士、首都ダベルトスを守護するミスティア騎士団の隊長クラス、地方拠点の治安と国防を担う各地の駐屯軍の隊長クラスなど錚々たる顔触れが集まっていた。戦乱が終わってのち、このような招集が行われたことは儀礼祭典を除きない。山賊討伐とはいえ、騎士団を招集しての遠征発表ということで、騎士たちの間には緊張感が漂い、針を落とせば響くような沈黙となっていた。緊張する騎士を前にウーレ王、レグル王子が壇上にあがり、用意された豪奢ないすに悠然と腰掛ける。その横からガルトが一歩前にでて発言を始めた。


「ただいまよりムヘテ山賊討伐について発する。国王陛下はこの山賊団の跳梁を許すことは臣民だけでなくベルファリ国との国交をも脅かすと考えておられ、心を痛めてらっしゃる。国王陛下よりお言葉をいただけるので心して聴くように。」


ガルトが一歩下がりウーレ王がゆっくりと立ち上がった。直立不動で整列している騎士たちが一斉に敬礼する。ウーレ王は手振りで敬礼をやめさせると、話始めた。


「マサロ近郊のベルファリ国への街道上にて、山賊団が商人を襲う件が発生していることは皆も聞きおよんでおるだろう。マサロ駐屯軍のものたちが頑張ってくれているが、未だに決定的な打撃を加えることができず、後手を踏んでしまっているのが現状である。臣民の生活を脅かし、ベルファリ国との交易を妨げるこの山賊団をのさばらせておくことは断じてできぬ。ミスティア国王の名において予の忠実な騎士達に命ずる。この山賊団を討伐し、速やかに治安を回復せよ。」


再び騎士達が敬礼する。それを手振りでやめさせると、ウーレ王は再び椅子に腰を下ろし、代わりにガルトが一歩前に出て遠征について説明を始めた。


「遠征の陣容を発する。ムヘテ山賊討伐軍大将。レグル皇太子殿下。」


騎士達に動揺が走った。レグル王子を含め、ヴェルナー大戦後に王族が出征したことはなく、大戦後初の王族による親征ということになるためである。また、レグル王子の剣技は世に知られているものとはいえ、軍の指揮を取ったことはない。軍指揮官としての実力が未知数であることに加え、皇太子の初陣が山賊討伐となることは極めて異例である。言葉には出さないものの、騎士たちの間に若干の不安を孕んだ空気が漂った。その空気を生み出す言葉を投げたガルトが一歩下がると、レグル王子が立ち上がって前に出る。レグル王子はその空気を気にする様子もなく、朗々と話し始めた。


「今回、私が指揮をとる。このことから此度の遠征がただの山賊討伐ではなく、国家の威信をかけた戦いであることは理解してもらえたと思う。遠征の陣容についても、近衛騎士、マサロ駐屯軍の中からこの遠征で力を発揮できる者を選抜したつもりだ。必ずや山賊を山から引っ張り出し、ミスティアの平和を取り戻すのだ。」


王子の発言を受けて騎士たちが敬礼する。王子が着席したのち、再びガルトが前に出て陣容を発表した。

大将としてレグル王子をおき、副将としてマサロ駐屯軍隊長であるバンガロー。中心となる部隊はあくまでも現地で戦うマサロ駐屯軍を中心として、近衛騎士を中心とした援軍を後詰めに備える陣容であった。


ミスティア国の近衛騎士は一般的な近衛騎士団と異なり、特殊な構成となっている。一部隊50名程度で構成される小隊が2小隊、合計100名程度で構成されており、小隊ごとに特性が全く異なるのだ。一つは貴族出身の騎士を中心とした宮廷内の儀礼作法を収めつつ、戦闘力をもつ宮廷騎士小隊。もう一つは実戦を重視しし、有事の際に中心となって戦うことが期待される精鋭騎士小隊だ。大戦前、近衛騎士といえば宮廷騎士小隊であり、150名程度の在籍があった。ミスティア国の王城が脅かされることは想定されておらず、近衛騎士という役職が名誉職の位置付けになっていたためである。


大戦終了後、国王の命を奪える証を持った人間が国王認可のもと生まれてしまった。このことから近辺警護を手厚くすることが必要となり、宮廷騎士小隊を名誉職から本来の役割である国王の近辺警護という意味での騎士団に再編することになったのである。戦闘力の審査ハードルが比べ物にならないほどあがり、メンバーの大半が入れ替わった。加えて、家柄と宮廷内の儀礼作法を収めるという二点を兼ね備えた人間は数すくなく、隊としての実態は伴うようになったものの、1小隊のみとなり、人数不足が問題になっていった。


人数不足を補う手段として、戦闘力を重視した精鋭騎士小隊の発足を提案したのはレグル王子である。自らも町の道場に出入りしていたレグル王子は在野にて時に近衛騎士を上回る戦闘力をもった人材がいることに気づいていた。宮廷騎士の防衛範囲をより狭め、王族近辺を宮廷騎士で護衛しつつ、王城の守護を目的の中心とした第二の近衛騎士小隊を設置することを国王に進言したのである。ウーレ国王はこのことを受け入れ、二つ目の近衛騎士小隊が生まれることとなった。


精鋭騎士小隊は戦場での実績や剣技に優れたものなどを家柄問わず集めているが、レグルがメンバー選定も含めておこなっているため隊の格としては宮廷騎士と同格の位置付けにあり、戦闘力だけみれば宮廷騎士を凌ぐとも言われている。宮廷騎士と精鋭騎士はお互い別の部隊として必要性を認識し合う間柄であった。


カイ・サヤカが所属するのは精鋭騎士小隊である。共に山賊討伐や剣技の競技会などで結果を残し、レグルのコネでなく近衛騎士の一員に名を連ねられるまでになった。レグルは任務の場では二人を部下として公平に扱っており、そのことは二人に好感を持って受け入れられ、任務外の場でより親密さを増している。


今回の遠征に同行するのは精鋭騎士小隊と、王子の護衛に徹底する数名の宮廷騎士である。

精鋭騎士小隊からはサヤカを含めた半数程度が遠征に同行することになった。サヤカ含め、実戦派の騎士が揃っており、山賊討伐でも十分戦力になることが期待される面子だった。また、部隊の中心となるマサロ駐屯軍はムヘテ山賊討伐に長年携わっており、形よりも実を取っているといえる陣容で、レグル王子が大将であること以外は極めて合理的な陣容であった。懸念点であるレグル王子が初陣である点についても、柔軟な思考の持ち主であり、落ち着いた発言もあいまって、遠征を成功させられるという予感を騎士たちに与え、一瞬流れた動揺はあっという間に押し流し、内心首を傾げている2名の騎士を除いて納得をもって受け入れられた。

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