第9話 復興都市と山賊の戦い

山賊が跳梁跋扈する街道の近くにマサロという都市がある。この都市はベルファリ国との国境にあるムヘテ山の中腹に位置し、両国をつなぐ唯一の街道がこの都市を通っている。この街道を通らない場合、猟師でさえ入りたがらないような猛獣ひしめく未開の山中を通過しなければならない。必然的にこの都市は戦略拠点として非常に大きな意味があり、戦前は、国境を防衛するための駐屯基地としての色合いが濃く、産業も軍に対する物資や食糧の提供などを主とする都市であった。


需要と供給がそれぞれあったので経済はそこそこ安定していたが、そこにヴェルナー大戦が発生する。軍の需要が一気に増え、マサロ市の提供可能な分量を一気に超えた。物資が不足したことにくわえ、ベルファリ国の頑強な反抗にミスティア国軍は侵攻の勢いを失い、時には逆に侵攻されるような有様だった。戦地になったマサロは物資や食糧の入手が困難になり、当然軍への供給も更に低下していった。さらに、軍が物資不足対策として市民からの徴収を行ったため、マサロ市民の生活は厳しいものとなっていく。国内外への人口流出もすすみ、マサロは都市としての機能を失っていった。


ヴェルナー大戦が終了したとき、マサロは廃墟と化していた。満足に屋根がついている民家は一つもなく、通りでは元人間は時々見かけるものの、動いている人間は軍人だけといった地獄絵図がひろがっていた。戦争の爪痕残る呪われたこの都市が地図から消滅するのは時間の問題と思われていた矢先、突如として転機が訪れる。


ウーレ王が戦争終了後この地を再重要復興都市と定めたのである。両国の関係が改善されたことによって軍事面だけでなく流通面でも重要な拠点となることを見越していたウーレによって、税の軽減、移住に対する補助などの様々な優遇措置がマサロに施された。この政策は、元の居住者のみならず、ミスティア国中の心を強く引きつけた。蜜にすい寄せられるかのように人口は急激に増加し、雇用の促進を招いた。


廃墟と化していたマサロは10年という短期間で一気にミスティア有数の大都市に躍り出る。復興に伴う優遇が10年を区切りに解除されたものの、ベルファリ国との流通拠点としてなくてはならない都市となったマサロの発展を妨げるものにはならなかった。マサロの発展はウーレ王による戦争集結の最大の成果というべきものであり、平和の象徴でもあった。


そんなマサロを通るベルファリ国への街道沿いに山賊が現れたのは3ヶ月ほど前のことだ。山賊は両国をまたぎ神出鬼没に現れては商人の輸送隊を襲い、少なくない被害を出していた。山賊という輩自体は時々現れるもので珍しいものではない。新しい山賊団ができては軍によってつぶされる、モグラ叩きのような状態が続いている。しかし、このモグラは易々とはたたかれてくれなかった。ミスティア、ベルファリ両国の軍が衝突しないように牽制しあっている地域を見抜いて強奪を働くと、両軍が連携とれずにごたごたしている間にすぐさま引き上げ、軍が到達する頃には現場には姿形もみえず、ついでに金品もいなくなっているという鮮やかな手口を披露するのである。犯行の周期や場所などを巧みに変更し、まともに動けない両国の軍をあざ笑うかのような活躍ぶりであった。


この所業には、両軍も手をこまねいてみているわけにはいかず、犬猿の仲である両軍が協力して事態の解決に当たることを約束した。両軍で連携し、偽商人の囮と荷台の伏兵によるおびき出しや、人海戦術による本拠地探しの山狩り等が実施され、事態の収拾が期待された。が、芳しい成果は上がらず、山賊団の団員一人も捕まえることができなかった。


軍の無能ぶりがマサロ市民の間でささやかれるようになった頃、一人の騎士がその評価を覆した。現在マサロ駐屯軍隊長である騎士バンガローである。ヴェルナー大戦でも常に戦場にいたこの男は、同僚から完全に武官型と思われている剣の腕で騎士になった男である。その男が、過去の襲撃地点から山賊団の行動を解析、緻密な計算と読みによって山賊の予測出現地点を三カ所にまで絞り込んだ迎撃案を提案した。周囲は半信半疑ながらもその読みを元に各地点に兵を伏せ待ち伏せをかけたところ、一地点で山賊を発見したのである。すぐさま奇襲をかけて撃退、山賊グループの幹部を討ち取る成果をあげた。初めての勝利らしい勝利を収めたことになる。


市民に対して面目躍如したバンガローはその後も防衛計画を立案、効率的なシフトとベルファリ国との連携プランを打ちたて、マサロ基地の隊長となり治安の維持だけでなく山賊討伐のスペシャリストとしてミスティア国内に広く知られる存在となっていた。


カイ・ヴェルナーが手柄を立てたムヘテ山賊撃退は、バンガローが進めていた山賊討伐計画の際にあげたものである。


当時ルイ・カーベスと名乗っていたカイは、当時バンガローの指揮下におり国境警備にあたっていた。ある日バンガローの指示でムヘテ山の麓にある集落を訪れていた。そこに、山賊の襲撃があったのである。


見回りは数名で行なっており、山賊の人数が20人前後と多勢に無勢の状況だったが、カイは、物陰から背後への急襲、屋根上からの投石、ワイヤーや落とし穴といったトラップなど、およそ騎士らしからぬ振る舞いによって山賊と一進一退の攻防を繰り広げ、集落を防衛、やがてかけつけたマサロ駐屯軍によって撃退に成功した。バンガローはすぐさまヴェルナーの功績を国王につたえ、結果、近衛騎士となり国際式典の警備を担うまでになっていたのである。


カイが首都に戻ったのち、バンガローは引き続き山賊討伐に当たっている。当初ほど大きな成果は出ていないものの、被害は抑えられており、マサロ駐屯軍は一定の成果を挙げていると言える状態だった。対して、ベルファリ国の国境軍はめぼしい成果を上げられておらず、国境付近においてマサロ駐屯軍の存在感は日に日に大きくなっていた。このことは、国境で均衡していたパワーバランスを少し崩すことになった。少し前であれば、ミスティア国の精鋭がマサロにくる、という事態だけで一触即発しかねなかったが、ミスティア国が主導をとり、ベルファリ国が支援するという形で連携することが少しずつ機能するようになっており、今回の遠征が実現した次第である。


今回の遠征は大きな成果が期待されており、それを実現するために大きな戦力、資材を投入していることが遠征軍自身も、周りの人間もわかっていた。マサロ駐屯軍も大量の物資と近衛騎士という後詰めを得たことになり、親征発表後からバンガローを中心に殲滅計画を立案中である。この山賊討伐は武官にとっての手柄が挙げられる数少ない場所であり、配属になったものたちの士気は極めて高い。


また、出発一週間前に、山賊退治のために王子親征するということが公示された。

同時に首都ダベルトスで壮行パレードを行うことが告知され、国民を大いに喜ばせ、軽いお祭り騒ぎとなっている。何しろ王子の人気は国内で非常に高い。


国民のテンションが上がる中、憂鬱な気持ちになっていたのが遠征に参加しない騎士たちだった。王族のパレードとなると問題になるのが警備だ。当然、パレードに参加しない側が中心に行うことになる。


カイを含めた留守番騎士たちは、下がる気持ちを奮い立てつつ、警備計画、準備に向けて激務にあたる一週間が始まった。

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