第10話 壮行パレード

発表から一週間後、首都ダベルトスでは遠征軍による壮行パレードが催されていた。相手は山賊であり、敗北は考えられない遠征で市民の間には楽観的な空気が流れている。たかだか山賊相手の遠征でパレードをする必要はないのではないか、という意見が閣僚内でちらほらささやかれていたが、ウーレ王、レグル王子、宰相ガルトの三人がやると言った時に反対意見が成立するほどの大きさにはならなかった。パレードにかかる経費は少ないものではないが、経費は首都の業者に支払うことで、純粋に業者に対して特需を生むことができる。また、市民に対して、お祭り気分を持ってもらうと、財布の紐が緩んでくる。観光客も首都に集まることになる。結果、経費を上回る経済効果を産むという読みは三者に共有したものだった。


首脳陣の狙いは確実に実現できそうであったが、カイをはじめとした居残り近衛騎士達は警備計画の立案から実際の警備まで凄まじい激務が訪れていた。今回パレードの中心には王に次ぐポジションにいる王子がいる。警備は近衛騎士、警備兵で連携するが万に一つの誤りもおこすことはできず、騎士達の胃に大きな負担をかけていた。しかも、王子は比較的市民に近い位置にいることが多い王族であり、その上見目麗しいときており、女性を中心に絶大な人気を誇っている。単純な賊に対する警護であれば切って捨てればいいのだが、興奮して王子に突進した罪で一般市民を切り捨てるのは望ましくない。大盾でブロックする、抜けられた場合は誰が捕まえる、最後近衛騎士までたどり着かれた場合は刃を潰した刃物で対処する、などと言った対応手順を関係者に周知させ、警備兵を指揮し、とやらなければならないことは山積みの状態であった。


「くっそ、これだけでも十分嫌がらせだぞ。」


ひとりごちたカイの目にパレードで行列に参加しているサヤカの姿が目にとまる。

実はサヤカの人気は市民を中心にかなり高い。女性ながら、剣の腕はレグル王子といい勝負ができるほど。先日開催された剣技大会では紅一点で準優勝するほどである。また、名将セフィードの娘、平均以上の容姿と人気が出る条件は整っているが、それだけではない。準優勝した剣技大会の決勝戦が語り草となっているのである。


相手は、貴族の出身で剣技大会の常連。技術に秀でた試合巧者で、優勝候補の一角だった。試合序盤は相手が細かくポイントを稼ぎ、サヤカが逆転を狙って倒そうとする展開となっていた。一進一退の攻防ながらも中盤戦に差し掛かると体力面からサヤカ側にだんだんと有利な状況に傾いていったその時だった。相手が心持ち大きく踏み出した際、隙とみたサヤカが相手の股めがけて右足を蹴り上げたのである。その蹴りは極めて有効な一撃となり、相手を地に沈め、相手は立ち上がることができず、試合は終了となった。サヤカの反則負けである。


大会終了後、表彰式では優勝者が出てこなかったため、スピーチは準優勝であるサヤカがすることになった。


「優勝できると思っていたのですが、剣技大会というのを忘れて一番の得意技が出てしまいました。今度はルールに則った範囲で戦いたいと思います。反省します。」


と、清々しいほどに反省の態度が見えない態度で喋った。このスピーチ、金的による反則負けというインパクト、さらにそれが女性であったことに加えて、普段から気さくな性格で市民と接していることもあり一気に人気者となった。レグル、ガルトは近衛騎士が市民から支持されている状態を作りたかったこともあり、サヤカは近衛騎士に抜擢される。近衛騎士になってからも市内の巡回、剣技大会への参加は続け、良い成績を収めているため、概ねサヤカの評価は良いものであった。


サヤカにたいして市民からは男女問わずサヤカ個人に対して声援を送るものが多くいたが、近衛騎士の一角として行進しているため声援に応えるようなことはしない。対して、レグルは馬車に乗り、市民に対して優雅に手を振っていた。レグルが手を振るたびに沿道の女性から黄色い声が飛ぶ。一見、ほのぼのとした光景にみえるが、その警備の雰囲気は凄まじい緊張感に満ちていた。アリの子1匹たりとて通すわけにはいかない、もはや気配が壁として見えんばかりであった。迂闊に声をかけたらしょっ引かれかねない雰囲気に、周囲の観客もレグルしか目に入っていない女性陣を除き遠巻きに拍手するのみとなっている。それでも、周りが見えていない熱狂的な女性に対しては早めに警備兵がチェックに入り、負傷者となる前に自制を促すことを繰り返していた。


カイも警備にあたり、下手な突撃兵よりも力強いのではないかと疑わしい女性陣のブロックの指示に勤しんでいた。そんな中、カイは民衆の中に違和感を感じ、警備兵に指示を出した。


「おい、あいつら要注意だ。」

「は、どの人物でしょうか?」

「列の後ろ、茶色の服を着てるやつ、右側の白っぽいワンピース着てる女、その二人をマークしろ」

「?そんなに怪しそうな人物には見えませんが。」

「普通すぎる」

「意味がよくわかりませんが。」

「いいから、マークしろ」


そのやり取りをしている間に、その人物たちは立ち去っていった。舌打ちするカイに警備兵が問いかける。


「警備兵を割いて確認したほうがよかったのでしょうか。自分には怪しいというのがよくわからなかったのですが。」

「視線が鋭すぎる。それにこのお祭り騒ぎの中、浮かれていないだけで怪しいんだよ。」

「そういうものでしょうか。興味のない者もいると思いますが。」

「そんなやつはわざわざ見にこないんだろう。わざわざ来てるのに浮かれていないっていうのは怪しくないか。」

「そんなものですかね。」

「…いや、俺が悪かった。警備に戻ってくれ」


せめて近衛騎士なら通じたかもしれないが、一回の警備兵にこれ以上説明するのに力を割く余裕も気力もないカイはそのまま警備に戻った。警備の状況は次から次へと現れる突撃兵を前に、一進一退を繰り返しており、予断を許さない状態でその場ではいなくなってしまった不審人物にたいして追求する余裕はなかったのである。


その後、近衛騎士と警備兵たちの死に物狂いの警護により、パレードは無事に終わり、そのままレグル王子を含めた一団は出立した。

また本来であれば、ウーレ王が見送りとしてパレードの締めをするのだが、ウーレ王は体調不良を理由に壮行の場には参加しなかった。不参加の知らせが騎士たちに伝えられた時、これ以上の警護対象者が増えてほしくない騎士たちの中には、不謹慎ながら安堵の溜息を漏らした者もいた。


「そう簡単にはチャンスをくれないよな」


警備を終えて部屋に戻った後カイはベッドに大の字に横たわるとつぶやいた。

ウーレ王に迫る機会を伺うことをモチベーションに激務に当たっていたのに、肩透かしを食らった格好となった。レグルの朗らかな笑みとガルトの真顔が脳裏によぎり、再び舌打ちをした。不快な気分は昼間の警備兵とのやりとりを思い出させて余計に気分をささくれ出させた。


「ったく…それにしても、あいつら一体なんだったんだ?」


パレードの最中見かけた怪しげな人物たちのことを一瞬思い出したが、カイの疲れは頂点に達していた。考えるのが好きでない性格でもある。少し後にはカイの部屋に大きないびきが響き渡っていた様子である。

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