第63話 ……魂だな。


 ギルガメッシュが両足を開いて踏ん張る。

 膝に腰に力をこめる。

 赤黒い光は、すでに彼の姿をとうに隠しているのだけれど、それでも更に大きさを体積を増やしていく。

 渾身の終局魔法メテオレミーラを、攻撃魔法としての最大MP消費のそれのようやくの御披露目だ!


「出てこい!」


 しかし、ギルガメッシュ。なぜかこの状況で天を見上げた。

 大雨の向こう、黒い雲がどんよりと死者の村――ダンテマ村を覆いつくしている。

 

「さあ! 私の力、源泉よ!」


「源泉と?」

 リヴァイアのギルガメッシュへの憎悪に満ち満ちた殺気が……突如止まった。

 その彼の叫びを聞くなり、エクスカリバーを握る両手の力をもう少し強めることにした。

 何か……嫌な予感がしたからだ。

 リヴァイアの直感、女騎士として彼女は数々の戦を経験してきた。

 魔物を相手にして、敵兵を相手にして、リヴァイアは戦闘経験が豊富だった。

 そりゃそうだ。

 1000年も生きてきたのだから、豊富でないことはあり得ないだろう。


「……」

 リヴァイアが刹那に両目を閉じる――


 そんな師匠のことをお構いなく、

「さあ、出てこい! 私の終局魔法を生み出すおぞましい限りのエネルギーの源よ! 他ならぬ、聖剣士さまの御前に姿を出して、御挨拶するがいい。そして……」

 ギルガメッシュが両手の平を、リヴァイアへと向けながら、

「この世界……サロニアム大陸最強、グルガガム大陸最強、それから異国の軍事国家のあるゴールドミッドル大陸最強の……」

 口元を大きく開けて、なぜかを見せるギルガメッシュである。

 先に書いておくが、あんたは最強じゃないぞ。

 最強なのは――

「ギルガメッシュよ……。お前が言わんとすることは理解できている。けどな……」

 エクスカリバーの剣先をまっすぐに、苦虫をむような目つきを見せる。

 数メートル先に立っているだろうギルガメッシュの眉間に向けて、エクスカリバーを突き刺しながらリヴァイアが、

「サロニアムとグルガガムは……そうだろうけれど」

 目つきを緩める……。

 何故だか……かなり頬を赤らめてハニカんでいる。嬉しい?

 とにかく……敵への謙遜だな。

 これ……。

「いくら我でも、まだ行ったことのない未開の大陸ゴールドミッドルの名をあげるのは……恥ずかしい」

「否……。私はゴールドミッドル大陸でも最強じゃないかと思っています」

「いや……お前が思っていても、その……総意というか。なんていくか……皆の意見をなぁ」


 何の話だ……?


「まあ、それはいいとして!」

「ええ、それはいいとしてです!」


 リヴァイアとギルガメッシュが同時に叫ぶ。

 仕切り直しだ。

「ギルガメッシュよ……。我は理解したぞ。お前が“源泉”と言い放った、その正体を」

「正体? ……御名答でしょうね」

 ギルガメッシュがくくっと鼻でわらった。


「相変わらず……小賢しい魔法使いの盗人めが」


「クリスタミディア牢獄塔をぶっ壊して、脱獄したとは聞いていたが。そうか……」

 リヴァイアは嘆息をつく。

「そういうことだったのか……。そりゃそうだな」

 もうひとつ、はあ……と息を吐く。

 相当あきれた様子である――


「いくら上級クラスの魔法使いだとはいえ……。牢獄塔をぶっ壊すくらいの魔力はないとは思っていた。それにクリスタミディアはお前のような魔法を使って脱獄するやからに対しても、対策を講じていて対魔法バリアも張っていたと聞く」

「その通りです。リヴァイアさま……。私でも、あの牢獄塔を破壊する魔力なんて、どれだけあなたと修練を重ねてきたとしても、破壊するだけの才能も力もありませんからね」

 ギルガメッシュは肩を揺らし、己の力を客観視して思い出す。

 と同時に、こんな自分でも脱獄できたのだという変な自信と重なって、また嗤えたのだった。


「源泉――魂だな」


「たましい……ですよ。リヴァイアさま」


 はあ……。

 リヴァイア三度の落胆である。

「やはり小賢しい盗人だぞ。ギルガメッシュよ!」

 リヴァイアの呆れ果ててからの、カンシャクが炸裂したような叱咤な大声。

「まあ……盗人ですからね。ずる賢くなければ務まりませんよ」

 どしゃぶり大雨にもかかわらず、しっかりとギルガメッシュに届いた。

「真逆だぞ。小賢しいと我は言っているのだ」

「どう違うのですか?」


「知るか……自分で考えろ!」


 リヴァイアはギルガメッシュが口にした言葉“源泉”を『魂』だと見破った。

 クリスタミディア牢獄塔を脱獄することができたのは、その魂のおかげなのだと気がついた。

 では、彼女はこの2つのキーワードから、どのような結論を導き出したのか?

「では……と。考える前にネタバレしましょうか?」

 ギルガメッシュは自信たっぷりに大声を出す。

 目前には赤黒い光の玉――終局魔法メテオレミーラがヴォンヴォンと鼓動を打っている。

「否――我が言ってやる! そう、呼び出すんだな? いや……呼び出さなければ終局魔法のは完成しないのだろう」


「そうですよ……。だから、今から呼び出すのです。聖剣士リヴァイアさま♡」

 ギルガメッシュがくくっと嗤いながら、さながら奇術師がマントから鳩を飛ばすように、5色の趣味の悪いマントをひらりと後ろに払う。


「さあ! ささあ! さあさあ!」

 黒い雲を再び見上げ、ギルガメッシュが大声を天に放つ。

「さあ! 出でよ。私の前に! その名は――」



「ダークバハムート……」



 しかし、ギルガメッシュがネタバレ発言するその前に、リヴァイアが先にボソッと呟いてやったぞ。

 ついでに舌を出してアッカンベー。

 積年の恨み……1000年の我が苦しみをこれで少しは晴れようか?

(ざま~みんしゃい……)




       *




 雲。黒い雲が……。


 赤く―― 黒く――


 赤黒く――


 不気味な色の雲と雲の隙間から、鮮明な血液のような赤い光が舞い降りてくる。


「ダークバハムート! 来い!!」


 ゆっくりと……両羽を羽ばたかせるのは、首長竜? それとも死骨竜の生き写しか?

 魔獣?

 ……いや、逆に魔獣よりも崇高な存在。

 悪なのか? 善なる存在なのか?

 もしかすれば、それすらも超越している神獣か?

 ドラゴンが最も適切な容姿を表現していることは確かだ。

 

 ゆっくりとダークバハムートが降臨してくる――

 なんたる余裕か?

 聖者――大天使が降臨するとしたら、もしかしたらこのような姿なのかもしれない。

 しかし、この場合は堕天使という言葉が相応しい。

 どこをどう見ても、危ない存在。


 かつて、聖剣士リヴァイアが召喚したときのダークバハムートとは違い、恐怖感を漂わせている最強モンスターだった。

 魔賊奴が召喚すると……雰囲気がこうも変わってしまうか?


 羽ばたかせていた両羽を制止させる――

 だが、ダークバハムートはギルガメッシュの上空数メートルの位置で、空中に浮遊している。

 どういう原理か?

 理解すらも超越する存在のダークバハムート――

 牙の尖った口を、ゆっくりと開く。 



 の願いはなんぞ――



 リヴァイアもサロニアム城で呼び出したダークバハムート。

 その時は、サロニアム王の王冠、レイスの印、聖剣エクスカリバーの3つを揃えて召喚することに成功した。

 今リヴァイアが両手に持っているそれはエクスカリバー。

 聖剣ではなくなった蛇の抜け殻。でも、リヴァイアが振ると聖剣と同じく攻撃力は同等だ。

 聖剣たらしめている剣は、現在ルンが腰に下げているだろう……。

 もしかしたら、飛空艇の物置に大切が故にしまっているかもしれないが、混血の聖剣ブラッドソードである。

 ここで不思議に思うかもしれない。

 どうやってギルガメッシュはダークバハムートを召喚できたのか……?


「……魂だな。ホーリーアルティメイトの魂の源泉を、己の魔法能力に転移させて召喚したんだな」


「御名答です。素晴らしいですね。ずっと、さっきからずっと御名答の名回答続きです」




 つまり、こういうことだ――


 3つのアイテムを使用して召喚することに成功できたのは、サロニアムで聖剣士リヴァイアが持っていた『聖剣エクスカリバー』は、聖剣としての本来の力を削がれていた抜け殻だったからだ。

 どうして削がれていたのかというと、1000年前のオメガオーディンとの闘いで、召喚された大海獣リヴァイアサンが吐いた毒気を浴びたときに『聖剣エクスカリバー』――元名を『ホーリーアルティメイト』の魂を奪われてしまったからだ。

 その聖剣の聖剣たらしめる魂の大部分は大海獣リヴァイアサンに奪われたけれど、抜け殻となった『聖剣エクスカリバー』にもわずかに残っていたということである。

 現在、リヴァイアが持つ剣は『元聖剣エクスカリバー』である。


 ということは、ルンが所持している『聖剣エクスカリバー』から分裂させて誕生した『混血の聖剣ブラッドソード』も、聖剣本来の力は備わってはいないことになる。

 だから、なんとしてでも魔賊奴ギルガメッシュから『ホーリーアルティメイト』の魂を奪還することは聖剣士リヴァイアにとっても、レイスやルン達にとっても、必要命題。


 奪い取り、『元聖剣エクスカリバー』を本来の聖剣の姿に戻して『ホーリーアルティメイト』を完成させなければいけない。

 オメガオーディンを倒すために、完成させなければいけないのだ――




「当たり前だ! その魂、ホーリーアルティメイトは我が1000年前からずっと手にして、ふりなぎってきた聖剣だからな。自分が持っている剣のエネルギーがどれだけ凄まじいかなんて、とうに知っているぞ」

 ……だから、ずっと聖剣エクスカリバーと名を変えて隠し持ってきたのだから。

 騎士の道を歩んできた者ならば、誰でも憧れる伝説の剣――

 そのことを知ったのは、サロニアムの古代魔法の図書館で読み漁っていたときだった。


 クリスタリア家の先祖代々に伝わってきた家宝の剣。

 リヴァイアの脳裏に思い浮かぶは、密航の辛い思い出。

 パパンとママンから手渡された、クリスタリア家の家宝ホーリーアルティメイト。


「クリスタリア家の謎……か」

 小声で独り言を呟くリヴァイアである。



 の願いはなんぞ――



 天に制止するダークバハムートから、ギルガメッシュに問う。

「私の願いは……打倒、聖者! 聖剣士リヴァイアさまを倒すことなり!」

 ギルガメッシュが天を見上げて叫ぶ。



 ムリだ――



 ダークバハムートが即答……。

「……」

 ギルガメッシュが絶句する。

「……」

 同じくリヴァイアも沈黙した。

「……ですよね」

 先に口を開いたのはギルガメッシュである。

「1000年を生きてきた聖剣士さまなのですからね」

「だから、我は死にたくても死ねんのだと言っておるだろう……」

 何度も言わせるなって……。

 エクスカリバーの柄から左手を離したリヴァイア。

 呆れて頭を抱えてしまう……。

「……ま、はじめから分かっていました。この口上は建前のようなものですよ」

「おい? 建前だったのか?」

「はい。改めて……」

 ギルガメッシュはのどをうならしてから、改めてダークバハムートがいる天へ顔を上げる。

「私の願いは魔法使い上がりの大盗賊、そして大いなる冠――魔賊奴ギルガメッシュとして、終局魔法メテオレミーラを最大限に発動して、ダンテマ村もろとも木端微塵にして、この天災最悪の魔法能力を聖剣士リヴァイアさまに見せつけて……」


「だから、魔賊奴は蔑称だぞ……」


 何度言い聞かせても、自分の気持ちを優先してしまうギルガメッシュという男。

 亡き夫の名を与えたダンテマ村で、我にねちっこく対決を挑んできた……ストーカー魔法使いの盗賊。

「なんとやらは……死んでもらわなければ治らないとは。本当だったな」

 リヴァイア、今度は深く嘆息をつくのだった。





 続く


 この物語はフィクションです。

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