第62話 聖剣士、聖剣士―― 綺麗事の人生。本当は血塗られた人生だった。


 われだな……

 ダークリヴァイアだな?


「あなたの焦る気持ちが。本当は殺したくないんでしょう。ギルガメッシュ……この私を」

 両手でかざす手の平には、大きな赤黒い光の玉。

 終局魔法メテオレミーラの光で、魔賊奴ギルガメッシュの顔が不気味に照らされる。

 その顔で発した言葉は、自分を本当は殺したくないのでは……という戦闘で向かい合っている同士の二人には、とても似つかわしくない逆説のメッセージだった。


「なっ!?」

 また……こいつは何を言い出すかと思えば、戯言のたぐいか。

 だが、もうギルガメッシュの言葉は聞き飽きた。

 迷うことなく、さっさと切り殺してやる!

 刹那、聖剣士リヴァイアは聖剣――元聖剣エクスカリバーの剣先をぶらせた。が、それも一瞬で済ませて殺意を決するのだった。

「図星ですか?」

「違うわ! さっさとケリをつけるぞ! いいな!!」

「違いましたか。修練仲間として励んだ私達だったから、ホーリーアルティメイトの魂を素直に渡してもらえれば見逃してやる……とかなんとか思っては」

「アホか! そんなことは――」

 カチーン。

 またしてもリヴァイアの頭に、マグマだまりを突かれた火山が大噴火を起こす如く、怒りの感情が昇ってくる。



『いいえ。あるんだよね……。だって、私はダークなあなたなんだからさ』


 やはり、ダークリヴァイアだったか。

 厄介な“敵”がもう一人、それも自分の内に現れてきたものだ。


『そうだよね。聖剣士リヴァイアさま……』


 黙れ!

 お前に聖剣士と言われると、なんだか虫唾が走る!


『さんざん敵兵を殺してきて、魔物も魔獣もなにもかも……。敵を殺してきた聖剣士さま』


『そして、味方の兵も見殺しにして、戦況を変えようとした第4騎士団長さま』


『ほんと! 一塊の女騎士が後の聖剣士になっちゃうなんて、なんてさ……。ちゃんちゃらおかしい!』


『あははっ! 傑作だよね』


 うるさい……

 うるさいんだ。


 ダークリヴァイアに教えられなくても、そんなことは……、はじめから……。


 リヴァイアは気づく。

 世界が闇に閉ざされている――

 ギルガメッシュとの戦闘は対決は、どこに行った?

 死者の村―― ダンテマ村の大雨も消えている。


 闇しかないな……。

 闇しか、ここには……。


 我の闇しか見えないのだ。


『ねえ?』


 幽霊が現れてきた……いや幽霊ではなくて自分だ。

 目の前に現れたのは自分の闇の心。


 ダークリヴァイア――


『どうして、そんなに敵を殺したいの?』


 殺したくて、殺したいのではない……。


『でも、殺してきたよね? かたっぱしからさ!』


 うるさい――

 我は剣を振り続けることで生きてきた。


『……そうそう。そうやってさ、いつもいつも自分は女騎士だからと、そう自分を慰めて、でも殺す』


 殺したな……。

 否、殺すしかない騎士の道だった。

 1000年前に古代魔法の図書館で出会った預言書、『究極魔法レイスマ』に書かれている通りに我は生きてきただけだ。


『そういう……。1000年間を生きて、生きて、生きるしかなかったよね? 血塗られた永遠の呪いに生きている聖剣士リヴァイアさま』


 だから、うるさいぞ!

 うるさいんだ……よ。


『預言書のせいにしたいの? してきたのかな? 命を奪う行為をどこかの誰かが書き残した文言のせいにして、だからと自分を正当化したいの? ねえ……血塗られた聖剣士さま』


 それを言うな、

 ダークリヴァイアよ。


 本当の気持ちを――




       *




「……どうしました? 聖剣士さま、手が止まりましたよ」

「……」

 場面は死者の村――

 目の前に立つ敵は、魔賊奴ギルガメッシュ。

 正真正銘の対峙するべき自分の相手だった。

「……聖剣士リヴァイアさま?」

 ギルガメッシュが息を切らすリヴァイアに気がつき、相手ながら塩を送る言葉を発してみる。


「……あ、ああ」


 自分でも気がつかなかった。

 こんなに息を切らしたのは何年ぶりなのか?

 心臓がドクドクと鼓動しているのが聞こえる。

「1000年を戦ってきた聖剣士リヴァイアさまも、もう御年で?」

「……う、うるさいぞ。……つまらぬ揶揄やゆを言うな」

 相変わらず、あいつのもののいい様は癇に障るな……。

 リヴァイアは大きく息を吸っては吐いて、吸っては吐いてを繰り返す。

 深呼吸を数回すれば、この心臓の高まりも抑えることができるだろうと考えた。


 その時、

 場面が再び暗転した――


『殺すことが怖くなったんでしょ?』


 またか?

 だから、うるさいぞ!


 ダークリヴァイア、いなくなってくれないか……


『もう、数えきれないくらい殺しまくって、まくって』


『だから、もういやだって』


『自分の人生は、こんな殺戮の上になんか立ちたくなって』



「どうしました?」

 大雨の中に立つギルガメッシュが、またもリヴァイアの違和感に気がつく。

 再び呼吸が荒くなっている様子のリヴァイアだった。

 しかも、対峙しているはずの自分と視線の焦点が、なんだか合っていないようにも見える。


 それも、そのはずである。

 リヴァイアは心の中でもうひとりの“敵“、自分の闇の部分、ダークリヴァイアと言い争っているのだから。

 自分の闇の中で――


「……来ないのですか? 面白くないですね。では……私から行きますよ」

 ギルガメッシュが手の平をリヴァイアへと向ける。

「終局魔法を、ぶっぱなしますよ」


 終局魔法?


 闇の中にいるリヴァイアに、微かに聞こえたギルガメッシュの言葉――

 終局魔法メテオレミーラ――

「ま……待て」


 暗転が終わる――

 場面は再び、濁流の如く大雨に包み込まれている死者の村である。

「そんなことをすれば、ダンテマ村が甚大な被害を受けるではないか!」

 息を切らしながらリヴァイアが叫んだ!

 自分よりも、自分の後ろの家々にいるダンテマ村の住人のことを、住人達の命のことを心配したのだ。

「弱気になりました?」

「バカか! 終局魔法を使っても我は死なぬのだと、何度教えたら理解できる?」

「……それ? 説得ですよね。やはりそうでしたか……私を殺したくないのは正解でしたか」

「そ……それは違うぞ!」

 思わず足を踏み出してしまう。

「殺そうと思っているのはそうだ……。だが、お前が終局魔法を発動する前にやってやろうと……」



『やっちゃいなよ。今まで通りに』


 今度は、ダークリヴァイアの声だけが大雨の中に聞こえてくる――


 ダークリヴァイア、我はそのつもりだぞ。

 だが、終局魔法を発動する前に、あやつを切り殺そうと我は思って。


『1000年もずっと、殺してきた人生じゃない?』


 否、それだけの人生では……


『それが、あなたの人生。殺すだけの人生。女騎士、聖剣士として生きてきた、称されてきた人生の根本が、実は殺すだけの人生だったんだよね?』


 が人生にだって、楽しいことも……

 仲間と励まし合ったこともあったんだ。


『その仲間を見殺しにしてきた。あ~あ……、とてもじゃないけれど聖剣士なんてただの綺麗事だよね?』


 わかっている。

 否、違うぞ!


『どっちでもいいからさ、さっさとさ……ギルガメッシュを殺して』


 それは、わかっている。

 我が目的だから……。

 否、違うぞ。

 ホーリーアルティメイトの魂を返してもらうことだ!


『殺す人生。それがリヴァイアの人生だもんね。ふふっ……。私は知っていたよ』


 ダークリヴァイア……

 やめてくれ。


 我をオメガオーディンと同じに見ないでくれ。

 自分で自分を、憎き宿敵――オメガオーディンと本質は同じ殺戮の歴史だと、どうか一緒にしないでくれ。


 頼む……。



「リヴァイアさま? 来ないんでしたら、私から終局魔法を……」

「ああ……。じゃあ来い! ぶっぱなしてみろ!!」

「そうですか……。本当にやっちゃいますよ。いいのですね……」

 ギルガメッシュが念を押す。

 自分が終局魔法メテオレミーラを発動すればどうなるかぐらい、彼も知っている。


「た……ただし! ぶっぱなすなら我を狙えよ」


 我が終局魔法のエネルギーを、このエクスカリバーで天へと弾けば問題無いと信じよう――

 リヴァイアは瞬間的に、もしも……本当にギルガメッシュが終局魔法メテオレミーラを発動して、その後の展開を読んだのだった。そして、なんとかなる……だろう。

 ……と、聖剣士としての剣技に賭けてみることに、己の覚悟を決する。



『聖剣士リヴァイア? レイスやルン達と笑顔で再開したいならさ、ギルガメッシュを殺すしかないんじゃない?』


『聖剣士、聖剣士―― 綺麗事の人生。本当は血塗られた人生だった』


『それでいいんじゃないのかな?』


『この世界で誰も気がつかなかった自分の正体を、ダークな私が教えてあげたよ。お互い“自分”の仲じゃないの! 私達って、どこまでも一緒だからね』


 わかっていた……。

 だけれど、我は……。


 我は、ダークな自分に説得される筋合いは、これっぽっちも断らせてもらおうぞ!



「そうですか……。だったら……ぶっぱなすまでですよ」

 なにやら小声で呪文を唱えるギルガメッシュ……。

 すると、両手に光っている赤黒い終局魔法メテオレミーラのエネルギーが、巨大なエネルギーの球体へと変化へんげしていくのだった!

「だったら……殺されようぞな。ギルガメッシュよ……」

 リヴァイアがエクスカリバーを胸の前に構えなおした。

 

 これで、受け流せばいいだけだ……


 エクスカリバーで、あいつの終局魔法を……。

 所詮は魔法使い上がりの大盗賊ギルガメッシュ。

 MPが尽きれば、ただの盗人にすぎん。

 リヴァイアは、内心では計算高くこんな戦略を巡らせていた。



『殺しちゃうんでしょ。だったらダークリヴァイアとして、アドバイスを教えちゃうね』


 バトルモード中に……こいつも何度も何度も喋ってきやがる……。

 

『聖剣士なんて冠。今、この瞬間は忘れちゃいなさい』


 なぬ?

 忘れ……と。


『ええ……。あなたは、だたの女騎士……。殺しに殺してきた人生だったと認めちゃいなって』


 み……認めて、どうする?


『だってさ、そのほうが楽になれるでしょ……。ただの女騎士なら、綺麗事なんて必要ないんじゃないかな』


 ……ああ、そうだな。

 闇の我、知恵達者だぞ。


 今この瞬間、そう……思ってしまうか。


「終局魔法メテオレミーラを受けてみろ! リヴァイア!」

 巨大な赤黒い光の玉の向こうから、魔賊奴ギルガメッシュの大きな声が、それも聖剣士という敬称も忘れたただの呼び捨てでリヴァイアに突っかかる。

「ギルガメッシュよ、何度も言わせるな! だからさ……『聖剣士』も『さま』が抜けてるだろう……がぁ!!」

 冥途の土産に言ってやる……。

 お前の言葉は癇に障る。癇に障る……癇に障るんだぞ。

 聖剣士リヴァイアは光の玉の向こうにいるだろう敵を想像し、両目を細めて表情を剣幕に変えて、それからバトルモードもアクティブに変える。

 選択コマンドは――


 アタック!


「あ、そうでしたね……。リヴァイア」

「……ギルガメッシュ。やはり小賢しいぞ。……やはり我はお前だけは、絶対に命を奪うしかないのかもな」



『だからさ、さっさと殺しちゃいなって!』


 お前も小賢しいぞ、

 もうひとりの闇の我――ダークリヴァイア!





 続く


 この物語は、フィクションです。

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